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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第56話:駄菓子屋の優等生と、計算高い会計

ドクン、と心臓が跳ねた。


それは、あの薄暗いスタッフルームで、彼女が俺に『口中香こうちゅうこう』を口移しで含ませようとした時の、二人だけの秘密のサイン。


脳裏に、あの時の『昭和の夜』とも言うべき甘く重たい香りと、のしかかってきた彼女の体温が蘇る。


「はーい、昭和ノスタルジー横丁にようこそ!

横丁の案内図と住人の紹介はこっちにありますよー!」


案内所が賑わってきた。

すぐ視線を外したつくばさんは、来場者に声掛けして応対し始めた。


俺は俺で、カッと顔が熱くなり、足早に案内所を通り過ぎた。


彼女はこの街に「大人の色気」という魔法をかけている。

……まさか、つくばさんはあの時の続きを考えているのだろうか?

トートバッグを持つ手が、少し汗ばんでいるのがわかった。


つくばさんの色香を振り払うように足を早めると、今度は子供たちの歓声が聞こえてきた。

駄菓子屋「おみやま」の前は、縁日のような大賑わいでごった返していた。


店先では、お種おばさんがベーゴマの実演をしていて、今の子供たちが目を丸くして見ている。


「いい、ボク、こうして紐を巻いて……そうそう。

で、投げるように紐を引っ張る!

あー、出来たあ!」


小学校低学年と思われる男の子が、お種おばさんに教えられて、見事にベーゴマを回して嬉しそうにしていた。

霞座のキャストさんたちは、地元の老人ホームなどに慰問したりする劇団だ。

訪問したときに一体感を出すために、お年寄りたちが昔遊んだものを習得している、と蘭堂座長が言っていたことを思い出した。


「なんか、意外とムズくね?」


悔しそうな子どもたちと、かつて子どもだった大人たちの声が聞こえる。


駄菓子屋の軒先には、俺が修理したドライビングゲームをはじめ、エレメカが稼働していて、順番待ちの列ができていた。


店の中も混雑している。


「いらっしゃいませ!

懐かしの駄菓子、大人買いも大歓迎ですよ!」


「くじ引き、残り少なくなってきました!

一等はまだ残ってますよ!」


割烹着姿の典子先輩と、前掛け姿の田辺先輩が、的確にお客さんをあおっている。


「あら、ペンキ屋のお兄ちゃん、お疲れさま。またなんか修理?」


手が空いたお種おばさんが、近づいてきた。

俺はトートバッグを見せて、


「ちょっと、柊珈琲店に持っていくものがありまして……」


「あらそう……

あ、お兄ちゃん」


お種おばさんが不思議そうな顔をして俺にたずねた。


「あたしゃ長年主婦やってるけど……

こんなに駄菓子って売れるもんかねぇ」


店先から出てくる客は、子供も大人もみんな、両手いっぱいに袋を抱えてホクホク顔だ。

よく見ると、ワイシャツにはっぴを着て、かろうじて街に紛れている格好の大船さんがレジ応援に入っていた。

手慣れた様子でレジ打ちしている大船さんをよそに、レジ待ちの列がどんどん長くなっていくのを見れば、売れ行きが普通じゃないのが直感でわかる。


「すごいな……小見山高校の購買部……」


噂には聞いていた。

あそこの購買部は、ただパンやジュースを売っているだけじゃないらしい。


なんでも、企業から講師を招いた独自の『実践ビジネス授業』なるものがあって、ビジネスの基礎を教えている。

そして各部員が校内の自販機一台を一年間担当し、売上管理から飲料の品揃えとプロモーションまで、全部自分たちで回しているらしい。


このプロジェクトに参加する前、稲毛先生がボヤいていたのを思い出す。


『いいか誉田。小見山からは購買部のエースが来る。

あそこの顧問の八重樫先生が育てた生徒は、そこらへんの社員よりよっぽど数字にシビアだぞ』と。


お種おばさんが不思議がるのは当然だ。

ここにいるのは、ただの「高校からきた研修生」じゃなくて、実績に裏打ちされた「プロフェッショナル」なんだ。

遠目から覗いたら、二人が『エース』である理由がなんとなくわかった。

エレメカ修理に行った時に見た、駄菓子のレイアウトが明らかに変わっている。


大人の目線には、赤い酢イカやシートのカツなどを集めた「晩酌おすすめセット」が並ぶ。

そして、子どもの目線には、スーパーボールや紐くじを並べた「ラッキーくじコーナー」だけでなく、「いっしょにたべるとおいしい!」というポップとともに、梅ジャムの隣にソースせんべいを配置するなど、子供と大人の財布を狙い撃ちにする品揃えに変わっていた。

きっと、田辺先輩主導で変えたのだ。


フィードバック会議で銀さんたちが保土ヶ谷さんをガン詰めしたから、田辺先輩の裁量がふえたのかもしれない。


目の前で、的確に客をさばくだけでなく、品揃えで子供心と大人心を鷲掴みにする典子先輩と田辺先輩。


なるほど、これが「エース」の実力か。


おばさんの常識を覆すほどの商才を見せる二人は、しかし、そんな忙しさの中でも「役」を忘れていなかった。


「あなた……慎一さん、お釣りの小銭はある?」


「ああ、金庫にあるよ、典子。……無理しないでな」


「ええ、ありがとう、あなた。

大船さんも手伝わないとね……

はい、お待たせしました」


蘭堂座長の指導を忠実に守り、二人は完全に「昭和の若夫婦」になりきっていた。

いや、その阿吽の呼吸と、お互いを気遣う視線の熱さは、半分以上「本気」だろう。


キャストさんたちの前で「仲睦まじい夫婦を演じる」と蘭堂座長から承認を取っているので、多少イチャイチャしても、キャストさんが冷やかす程度で済んでしまうのた。


典子先輩が、子どもたちに囲まれながら、きな粉棒を食べている子供に何か話しかけ、視線の先にあるラムネを指すと、あっさりと売れてしまった。


呆気に取られて覗いていたら、ふと典子先輩と目が合った。


彼女は子供たちをあしらいながら、売り物である赤と黄色の『魔法の手のオモチャ』を手に取った。


カチ、カチッ!


プラスチックのアームが伸びて、俺の方を指し示す。

【担当:風間典子(購買部員/駄菓子屋の若奥様(小見山高校から参加))】

「あら、誉田くん。お使い?

見ての通り、こっちは戦場よ。

お客様たちの夢を壊さず、かつ回転率を上げて利益を確保する。

これが私たちの仕事クオリティよ。

……あら、あっちを見て。

パン屋の行列整理、陽菜ちゃんがすごいことになってるわよ」

次回、第57話『水玉の案内人と、行列の向こう側』

――先輩、仕事への姿勢がガチすぎます。


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