第5話:喫茶店へようこそ、そして、秘めたる背徳感
文化祭本番二日目。
俺のクラスのメイド喫茶は、初日以上に熱気と活気で溢れかえっていた。
教室中に甘ったるい香りと、フリフリのメイド女子が視界を占める。
噂が広まったのか、今日は男子生徒のお客さんが多い。可愛らしい女子を見たいのは、小見山高校だろうが、志筑高校だろうが、違いはないな、としみじみ思う。
ウェイターの仕事はまだ慣れなくて、俺は汗だくでテンパり気味だけど、制服と違う姿の女子たちを間近で見れるのは嬉しい。もし俺が違うクラスだったとしたら、やはりここに来ると思う。
「はい、二名様ご案内、誉田よろしく!」
昨日張り切り過ぎたのか、今日の海老名の声はしゃがれ気味だ。
教室に入ってきたのは、珍しく男女カップルだ。二人は俺の学校の制服とは違う、小見山高校の制服を着ている。
「いらっしゃいませ!」
席に誘導しようと、二人に近づいて気がついた。二人とも首からIDカードケースを下げている。
「実行委員会……!」
当然ながら、文化祭みたいなイベントには、円滑な運営をするための実行委員会が存在する。特に今回のような合同文化祭の場合は、実行委員会のメンバーは多忙だと聞いていた。
「こんにちは。お疲れ様です」
真面目で頭の切れそうな男子生徒がにこやかに話しかけてきた。
よく見ると「文化祭実行委員会 小見山高校 購買部 田辺慎一」のカードケースが下がっている。
思い出した。
確か小見山高校の購買部は、実践的な部活で、顧問の八重樫先生の指導のもと、自分の学校の自販機を管理したり、販売する学用品の仕入れから販売までこなしているらしい。
その活動実績から、文化祭実行委員会メンバーに購買部が参加して、調達関係を一手に引き受けているそうだ。
田辺さんの陰に隠れるように、おとなしそうな女子も入ってきた。
同じ購買部らしく「文化祭実行委員会 小見山高校 購買部 風間典子」のカードケースが下がっている。
「お疲れ様です! わぁ……かわいいお店……」
風間さんは歓声をあげながら、教室の中をのぞき込むように見ている。
何か探しているのかな、と思っていたら、教室の奥から「典子先輩!」と声がした。
パタパタと足音を立てて、陽菜がアクアブルーのフリフリ服を揺らし、敬礼のようなポーズを取りながら、風間さんに駆け寄っていく。
いつものジャージ姿では見えない、健康的にむっちりとした太ももとふくらはぎが、メイド服の短いスカートから覗いている。
「わー、来てくれたんですね! お忙しいのに、ありがとうございます! 嬉しいっ!」
ぴょんぴょん跳ねる陽菜を見て、風間さんは両手で口を覆った。
「典子先輩、どうしました?」
「陽菜ちゃん……あんた、わっつ、めんけぇなぁ……!」
「へっ!?…… あ、ありがとうございます、典子先輩! 今なんて言ったんですか? 『めんけぇな』って、何かの方言ですか?」
「あ……いや……その……///」
「よくわからないけど、すごくほめてくださっていることはわかりました!ありがとうございます!」
そうか、風間さん、あの人が陽菜の言っていた「典子先輩」か。
中学の先輩で、俺は面識がないが、陽菜がずいぶんお世話になっていた人だそうだ。
中学生のあるとき、大会続きで宿題をため込んだ陽菜が図書室で悪戦苦闘していたら、当時図書委員だった典子先輩が声をかけてくれて、手伝ってもらったそうだ。
それから仲良くしてもらっているそうで、尊敬する先輩だと陽菜から聞いたことを思い出した。
典子先輩は、自分が思わず口走った言葉に赤面したが、エヘンと咳払いをしてニコリと笑う。
「……ごめんね。ええと、陽菜ちゃんのお洋服、とても似合ってる。かわいい」
「わー、先輩に言われたのが一番嬉しい! よーし、頑張っちゃうぞぉ」
嬉しさが伝染したのか、典子先輩もアクアブルーの服を眺めながら、ニコニコと嬉しそうに言う。
「へー、これが、新しく買ったって教えてくれたお洋服ね……それにしてもピッタリねぇ……。やっぱりお家で着こなしてるだけあって……!」
嬉しさが弾けていたアクアブルーメイドの顔がサッと引きつり、慌てた様子で典子先輩の言葉を遮った。
「あっ! せ、先輩! ストーップ! 今、なんて言おうとしました!? な、なんでもないです!わっつ、わっつ、わっつ、なんでもないです!」
「え? ……あ、あぁ。と、ところで、ひ、陽菜ちゃん、どこ座ればいいかな?」
アスリートメイドの迫力に押された典子先輩と田辺さんは、教室を見渡す。
「あ、こちらです」
テンパってるメイドをよそに、俺はテーブルクロスのかかっている、窓際の眺めの良い席に案内した。実行委員会の仕事は大変だ、と、うちのクラスの実行委員がぼやいていたことを思い出したからだ。
購買部ってこともあるから、二人ともめちゃくちゃ忙しいに違いない。そんな中のホッとする時間に、わざわざうちのメイド喫茶に来てくれたんだ、それくらいしても良いだろう。
着席した田辺さんは、教室をあらためて見回して、俺にニヤリとわらった。
「届け出た企画書は、文学コスプレ喫茶って書いてありましたけど……良い建前を考えましたね」
メタルフレームの眼鏡が鈍く光ったように思えた。
俺にはよくわからないけど、切れ者だけに、何かに気がついたのだろう。だからといって咎めることもなさそうだ。
「来て良かったですね、典子さん」
「ね、良かったでしょ?慎一くん」
田辺さんと典子先輩がニコニコと笑い合う様子から、俺はこの二人は付き合っているんだろうな、と勝手に推測していた。
切れ者で真面目そうだけど、融通が利かない人でもなさそうだ。なんか、典子先輩が好きになりそうなことも、おせっかいながらわかる気がする。
典子先輩がキョロキョロする。
席にメニューがなかった。慌てて隣の空席からメニューを取って差し出す。
「風間さん、どうぞ……陽菜がお世話になってます」
典子先輩は「ん?」とした表情で俺を見て、何かに気づいたように柔らかな笑顔を見せた。
「あなたが誉田くん? 陽菜ちゃんのお友達の?」
俺も笑顔でうなづいた。
「陽菜ちゃんから聞いてるよ、絵が上手でいつも応援してもらってるって!」
そんなことをアイツは言ってたのか……。照れくさくて、首だけでお辞儀する。
田辺さんが、続けようとする典子先輩を促した。注文しようよ、と目が訴えている。
典子先輩にあらためてメニューを差し出す。彼女の手は華奢で透き通るようだ。
「あ……」
タイミングがあわず、手と手が触れた。
「……んっ……///」
典子先輩がピクッと身体を震わせる。白い先輩の頬がピンク色に染まり、目を見開いて俺を見た。
あれ、まずいことを何かしただろうか?
【次回予告:メニューを持つ手が震える典子より】 「……っ。な、なにかしら、今の……。 ただメニューを受け取っただけなのに、指先から熱い電気が走ったみたいな……。 だめ、慎一くんが見てる。……でも、テーブルの下で膝の震えが止まらないの。 次回、第6話『アスリートメイドの試技と、秘めたる背徳感』。 陽菜ちゃん、早く……冷たいお水をちょうだい……。」




