第47話:報告のタイミングと、大人の悪知恵
やれやれ、作業はひと段落だ。
ふと壁に掛けられている時計を見て、驚いた。
会議が解散してから、ここまでで二時間も経っていない。
集中していたとはいっても、コーヒー塗料のエイジングがこんなに時短になるなんて。
興奮気味の俺は、現場監督の銀さんに言う。
「すごい!こんなに短く作業が終わりましたね!
さっそく、保土ヶ谷さんや小杉部長に報告してきます!
安心させてあげないと!」
ゴーグルを取って、本日何回目かのダッシュ移動をしようとする俺の肩を銀さんが掴んだ。
「……灯、よせ。まだ早い」
「え? でも、コートが乾けば完成しますよね?
早く報告すれば、向こうも助かるし、僕らの評価も上がるんじゃ……」
「灯は良い奴だが……ちょっと大人のずる賢い知恵も身に付けた方が良いぞ。
特に水玉の姉ちゃんや、資料室の嬢ちゃんがお前を狙っているからな」
「え?……いや……その」
「ハハハ、冗談だ。姉ちゃんたちには真剣に向き合えよ。
……話を戻すが、坊主、よく聞けよ」
銀さんは笑いながら、俺の肩を叩くと椅子に座るように促し、自分も近くの椅子を引っ張り座った。
「いいか、保土ヶ谷がキャンキャン喚いたり、責任取るって見得を切った小杉部長の様子を見たよな?
あいつらは上から詰められるのが怖くてしょうがないんだ。
で、今ここで『終わりました』なんて涼しい顔で報告してみろ。
奴らは感謝するどころか、こう思うはずだ。
『なーんだ、大騒ぎしたけど、実は簡単な作業じゃねぇか。さんざん脅しておいて、ふざけんなよ』
……とな」
「あ……」
保土ヶ谷さんの口調を真似た銀さんは、パイプを取り出して、椅子に座り直す。
「一度『簡単だ』と思われたら最後だ。
次はもっと短い納期で、もっと安い金で、もっとムチャをぶっ込んでくるぞ。
『前にやれたじゃないか。プロならこれくらいできるでしょ?』ってな。
それに……早く手が空いたと分かりゃあ、『じゃあついでにこの天井も』だの『あそこの床も』だの、契約にねぇ『余計な仕事』を放り投げてくるに決まってる」
うーん、と俺は唸ってしまった。
あの保土ヶ谷さんならそういうことを言いかねない。
感謝の言葉はきっと表面だけだ。
本当は自分たちが責任取らずに済んだ、ビビらせやがって、と思うだろう。
それくらいは俺でも想像がつく。
「だから、今は『待たせる』んだ。
奴らが『もうダメだ、間に合わない、どうしよう……!』って絶望して、胃に穴が開きそうになるギリギリまでな。
俺は最悪の場合の対応を、会議で日立たちに言った。
……だから、全くダメじゃねぇだろうが、奴らからすりゃ面倒な仕事はしたくないはずだ」
学校のテストや課題は、早ければ早いほどほめられた。
しかし、仕事は逆だ。
同じ時間で働いてもらうなら、いろいろやってもらう方が、頼む側は得だ。
「……で、頃合いをみて、お前がヨタヨタしながら奴らに報告する。
『大変でしたが……なんとかご要望どおりに間に合わせました』とな。
アイツらは現場なんて見ちゃいないから、お前の報告に、奴らは拝むように感謝するし、追加の仕事なんて頼む気力も残ってねぇよ」
銀さんは、ニヤリと悪戯っぽく笑い、柏木さんの差し入れのサンドイッチを頬張った。
「……というわけで、今は『壁の乾燥待ち』という名目の休憩だ。
慌てちゃいけねぇ。タイミングだ。
『仕事の価値を正しくつける』覚えておいてくれよ」
確かに、保土ヶ谷さんはここにはいない。
俺が必死に走って柊珈琲店からコーヒー塗料の材料を調達したことなんて、知りもしない。
あるのは『短時間で簡単にトラブルを解決した』という事実だけだ。
ヘタをすれば、難癖つけて、さらに難しい要求をしてくる可能性だってある。
銀さんは、俺たちのこなした仕事の『価値』を守っているのだ。
「……ま、休憩って言ってもアイツが残ってるから、それもやらないとな」
「あ……そうだった」
銀さんが顎でしゃくった先には、サーフェーサーでネズミ色になった、ゲーム機の外装が乾燥台に置いてある。
「報告はコイツを仕上げてからでいい。
それくらいなら夕方か夜になったばかりだろうから、奴らも安心して帰れるんじゃねぇか?」
チョコクロワッサンも平らげた銀さんは「やっぱ、美味えな」とつぶやくと、業務連絡用のガラケーを取り出した。
「日立たちには、適当に進捗報告しておくから、いっしょに『ミライ・スコープ』を作ろうじゃねぇか」
俺に準備を促して、椅子から立ち上がった銀さんは電話をし始めた。
様子から見て、日立先生のようだ。笑顔でやり取りして電話を切った。
「おっと、仕込みをしねぇとな」
閉じたガラケーを再びパカリと開けて、電話し始めた。
「あ、すみません、塗装の鎌ヶ谷ですが、資料室の小机さん、います……?」
さて、これからゲーム機を『昭和のオーパーツ』に変えなくちゃ。
そのためにはまずは傷のチェックだ。
「おう、小机のオバハン、お疲れさん。
ちょっとそっちにいる眼鏡の嬢ちゃんに頼みたいことがあるんだ……ありがとう。
ちょっと嬢ちゃんに変わってくれ……おう、鎌ヶ谷だ。
お疲れさん……この間は悪かったな。……うん。
で、嬢ちゃん、ちょっと灯と俺に協力してくれねぇか?」
俺は思わず銀さんを見た。
岩瀬さんに何か頼むのか?
キズならしに紙ヤスリを用意しながら、心拍数が上がる。
そのまま、銀さんは作業場を出ていったので、詳細はよくわからない。
モヤモヤした気持ちで、ネズミ色の部品に向き合う。
やはり、見ただけではわからないキズやくぼみが見つかった。
丁寧にヤスリでこすってツルツルに仕上げる。
「確か、キャンディ塗装って……」
作業着の胸ポケットを探ってスケッチブックを取り出す。
いつも持ち歩いている小さなサイズだ。今の作業場ではスケッチとメモ帳を兼ねている。
パラパラとめくると、メモしたページが出てきた。
『サーフェーサーで表面のキズなどを滑らかにしたら、下地は光沢の黒を吹き付け、その後、シルバーを吹き付ける』
とある。
銀さんはまだ電話中みたいだ。
防毒マスクと保護ゴーグルをつけ、塗装ブースで光沢ブラックを吹き付ける。
外装をひととおり吹き終えると、銀さんは戻ってきていて、俺をみて片手をあげた。
ガラケーではなく、私用のスマホのようだ。
「灯、この昭和のオモチャ、ちょっと手がかかるぞ。いけるか?」
俺は頷いた。
いけるも何もない。保土ヶ谷さんのケンカを買ったのだ。
壁だってコーヒー塗料でこなした。
こうなったら、このオーパーツ捏造だって、意地でも終わらせてやるんだ。
【担当:岩瀬鈴江(図書委員/資料編纂)】
「……はい、もしもし?
あら、鎌ヶ谷さんですか。その節はどうも……。
私に協力要請ですか?珍しい。
え?なるほど……『昭和の学習雑誌』の付録風パッケージですか。
フフッ、面白い。
データなら頭に入っています。完璧な『捏造』をお届けしましょう。
その代わり……今度こそ私の実験に協力してくださいね?」
次回、第48話『捏造された箱と、ブリキの偽装』誉田くん、待っていてくださいね。超特急で作りますよ!




