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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第44話:柊珈琲店の女神と、黒い支援物資

リハーサルをしているはずの横丁のメインストリートを避け、記憶をたどって新しいレイアウトの工事・搬入用の通路を急ぐ。


銀さんに報告したときもダッシュで向かったので、早くも息が上がり、足がもつれそうになる。


早く(ひいらぎ)珈琲店の柏木(かしわぎ)さんにあわなくては。

台車に()かれそうになりながらも、不思議と通路を急ぐ足取りは軽かった。


倉庫の通用口を出ると、モール内はごった返していた。


ちょうどお昼時だ。無理もない。


モールのガイドマップを頭に思い浮かべながら、銀さんのタンブラーに刻印されたロゴのカフェを目指す。

衣装兼作業着のまま出てきたので、すれ違う人たちがギョッとしたり、物珍しい様子で俺を見る。

俺が着ているのは、もともと昔からモデルチェンジしていない作業着だし、仕事をしていく中で塗料がこびりついたり、汚れたりしている。


事情を知らない人から見れば「タイムスリップで現代に現れた昭和の塗装工」に見えなくもない。

視線は痛いし、心なしか俺を避けるように人が引いているが、今は構っていられない。


目立ちたくない俺の性格に対して、銀さんが考えている「秘策」への期待と、それを「何としてでも形にする」という使命感が勝っているのだ。


小走りにテナントが立ち並ぶエリア、エレベーター近くのひっそりとした区画にたどり着くと、オレンジの柊のロゴが浮かび上がる、シックな木目調の外観の『(ひいらぎ)珈琲店』が見えた。


「あ……あった」


ヨタヨタと近づくと、お昼時ということもあり、お店には順番待ちの人がお店に沿って並べられた椅子に座って談笑していた。

背後にはランチメニューの案内と、「近日オープン! 昭和ノスタルジー横丁に当店も出店します!」と書かれた大きなポスターが貼られていた。


「はい、お待たせいたしました……順番待ちの金沢さま……!」


談笑していた順番待ちのお客さんを店内に招き入れたエプロン姿の若い女性が、俺に気づいて驚いた様子で見入っている。

歳はつくばさんくらいだろうか。


荒い息をしながら、ひざに手をついた俺に、おそるおそる近づいて来た。


「あの……どうかなさいましましたか?」


ネームプレートには「佐倉」と書かれていて、名前の上には緑の柊マークが二つ並んでいる。


何だか不審者を見る目つきだ。

そりゃそうだ、と俺も思う。


お昼時にいきなり「昭和の塗装工」の風体の高校生がお店に来れば、警戒しない方がおかしい。


ただ、今は時間との勝負だ。構ってなんかいられない。


「あ……僕……昭和ノスタルジー横丁の……塗装の者です

……柏木……柏木直美さん、いらっしゃい……ますか?」


「え?……直美さん?」


スタッフの名前を聞いて、思いっきり警戒している佐倉さん。

逆の立場なら俺だってそうする。


「す、すみません……か、鎌ヶ谷銀次郎さんから、これを……」


すっかり息も上がって、上手く言葉が出ない。

仕方ないので、銀さんからもらった走り書きのメモを渡す。


俺のただならぬ様子を見て、メモを受け取った佐倉さんは、俺に椅子に座るように促して「ちょっと待っててください」と慌てて店に駆け込んだ。


喘ぎながら沈み込むように椅子に座る。


息が整ってくると、通りすがりのお客さんからの「何あれ?」「工事の業者さん?」というヒソヒソ話が聞こえてくる。

汗が冷えていくのがわかる。

小さい女の子が俺を指差して何か母親とおぼしき女性ににたずねているが、俺を見て顔を強張らせた女性に引っ張られて行った。

つなぎのポケットにねじ込んでいた作業用の帽子を目深にかぶり、腕組みしてうつむいた。


チラと見ると、女の子がこっちを見て手を振ってくれた。

もう少しして、横丁に来てくれたら、きっと俺の正体がわかると思うよ。


その時は握手してあげる。


心の中でつぶやきながら、女の子をうつむいたまま見送っていると、お店のドアが開き、佐倉さんと連れだって、一人の女性が現れた。


「鎌ヶ谷さんのお使いの人って……あら、あなた?

ねぇ、かおりちゃん、この子?」


店の制服である黒いエプロンについているネームプレートには「柏木」と書かれていて、名前の上には金の柊マークが三つついている。


「柏木……さん?……よかった、いた……」


夜会巻きのようにまとめ上げられた髪、優しく受け止めてくれそうな、柔らかい瞳。

年齢は俺の母親とあまり変わらないくらいか。


「げ、 現場が緊急事態で……銀さんに、メモに書いてあるものを貰ってくるように言われて……!」


一気に言うと、どっと疲れが出た。


柏木さんがいなくて、メモに書いてあるモノがもらえないという最悪の事態を避けることができて、安心したためだろう。


「大丈夫? 顔色が悪いわよ。

……かおりちゃん、お水を持ってきてあげて」


「は、はい!」


佐倉さんが慌てて奥へ走る。

柏木さんはふわりと甘い香りを漂わせて近づき、俺の肩を支えてくれた。

飛ぶように戻ってきた佐倉さんから水の入ったグラスを受け取ると、あおるように飲む。

思えば、陽菜からラムネをもらって依頼、飲まず食わずでいたのだった。


水を飲んで気持ちが落ち着いてきたら、グゥゥゥと腹が鳴った。


柏木さんは、赤くなる俺の顔と、汚れた作業着を交互に見ると、ふふ、と柔らかく笑った。


「もう、常連だからって無茶よねぇ……こんなお昼のピーク時に『出し殻』をよこせだなんて

……久江ちゃんに言いつけちゃおうかしら」


文句を言いながらも、ニコニコしている彼女の動きは早かった。

きっと誰かのお世話をするのが好きな人なのだ。


佐倉さんに目配せをしてレジを任せると、手招きをして俺を店に招き入れるとカウンターの隅に呼んだ。


「ちょっと、こっちへいらっしゃい」


カウンターの中に入ると、そこは濃厚なコーヒーの香りに満ちていた。

柏木さんは、業務用とおぼしき大きなビニール袋を数枚広げると、エスプレッソマシンのトレイから叩き出した大量のコーヒーかすを、手際よくザラザラと移し、小分けにして包んでいく。


「これ、産業廃棄物として捨てる予定だったから、好きなだけ持っていっていいわよ。

……何に使うかわからないけど、急いでいるんでしょう?」


口調は柔らかいが、作業はシャープだった。

コーヒーかすの小包が出来たかと思った途端、あっという間に不織布のトートバッグに吸い込まれていく。


珈琲店のロゴ入りなので、大きな荷物用のものなのだろうけど、いつの間にこのトートバッグをだしたのだろう。手品みたいだ。


「ま、困ったときはお互い様よね……こっちは別の袋が良いわね」


彼女は棚に並んでいたインスタントコーヒーの瓶を掴んでクルクルと包んでいく。

さらにポットに残っていたドリップコーヒーを耐熱ボトルに詰め込み、どこからか、紐付きのビニールバッグを出してきた。

よくスポーツ店でもらう、紐を引っ張るとリュックみたいに背負えるやつだ。


「これだけあれば、大丈夫かしら……もし、足りなかったら、また来てちょうだい。

あの娘……かおりちゃんには言っておくから」


「ありがとうございます!助かります」


「いいの、いいの。あなた、銀次郎さんの言ってたとおりの人ね」


「え……銀さんが、俺のことを?」


「ええ。『最近、面白いヤツが入ってな。今どきにしちゃ、根性があって筋がいいんだ』って、嬉しそうにコーヒーを飲んでいくのよ」


柏木さんはニコニコしてビニールバッグを閉じようとしたが、俺を見て何か気がついたようだ。


「ごめんなさい……お腹空いてたわよね?」


そういうと、レジ横の陳列棚からサンドイッチとチョコクロワッサンを取り出して手早く紙袋に入れ、ビニールバッグに詰め込むと、紐をぎゅっと絞った。


「頑張ってね、小さな職人さん。……走るなら、裏口から抜けたほうが早いわよ」


彼女が顎でしゃくった先には、搬入用の通用口があった。

【担当:柏木直美(柊珈琲店/店員)】

「あらあら、ずいぶん慌ててどうしたの?

銀次郎さんのお使い?

……ふふ、あの人ったら、また無茶をして。


はい、これを持って行って。

コーヒーかすと、あと、お腹も空いてるでしょう?サンドイッチも入れておくわね。

頑張って、小さな職人さん」

次回、第45話『黒い錬金術と、苦い記憶の味』その黒いコーヒーは、魔法の塗料だった。

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