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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第41話:赫《あか》い夕日と、水玉のシルエット

俺もマスクをつけて作業机のパーツを手に取る。


この赤いボディに紙ヤスリをかけて、塗装の下ごしらえに加え、このゲーム機の近未来的なフォルムに「プレスして曲げました」と見えるような、ブリキな丸みを施していく。


黙々とヤスリをかけている俺のすぐ先には、銀さんが横丁のバー『来夢来人(らいむらいと)』の看板にエイジング塗装をしている。

作業場は、コンプレッサーのブシューという排気音と、紙ヤスリのシャカシャカという擦る音しかしていない。


最初は保土ヶ谷さんを見返してやろう、と意気込んで紙ヤスリをかけていたが、だんだんどうでも良くなってきた。


あのメーカーが、横丁の年代にこういう形のオモチャを作っていたら……

「歴史のif」なのだろうが、ありえたかもしれない。


駄菓子屋の『ドライビングゲーム』を修理したとき、製造年代のプレートに刻印されたものを見て、あのメーカーが作ったものなのか、と驚いたものだ。

このゲーム機だって、きっとそのDNAを受け継いでいるはずだ。

もしかしたら、存在していたかも知れないオモチャを、俺たちが生み出そうとしている。


そんなことを考えていたら、ワクワクして頬が緩んだ。


「おいおい、さっきまで泣いてたのに、ずいぶん楽しそうだな」


そういう銀さんの目も笑っているのがメガネ越しでも感じられた。

声も弾んでいる。きっと、俺と同じことを考えているのではないか。


「お、一通りヤスリをいれたか?……よし、次はサフを吹け。わかるな?」


ヤスリがけしたパーツを手渡すと、一通り眺めてチェックした銀さんは、頷いて下地塗装の指示を出すのだった。


「……はい。『嘘発見器』の塗料ですよね」


俺が即答すると、銀さんは驚いたように片眉を上げた。

俺は作業机の削りかすを払いながら、記憶にある知識を引っ張り出す。


「サフ……サーフェーサーを吹いて全体がグレーになることで、光の反射が均一になる。

そうすると、手で触っても分からないような小さな傷や、面の歪みが影になって浮き出てくる……。

前に教わったキャンディ塗装の時、言われたのを覚えてます。

この塗装は下地が透けるから、少しの『嘘』も許されない、とも」


そこまで一息に言うと、銀さんは鼻を鳴らし、少しだけ口角を上げた。


「へえ……。灯、だいぶ仕事を覚えてきたな」


明らかに捏造だけど「昭和のオーパーツ」をいかに横丁に溶け込ませるか。

そもそも横丁じたい、捏造された街なんだから、それくらい許してもらおう。


こうなったら、保土ヶ谷さんや出店テナントの「おもちゃの兵隊さん」の人に絶対バレないように偽装してやるんだ。


「改めて言うが……サフは正直だ。

俺たちがどんだけ丁寧にヤスリがけしたつもりでも、『まだ甘いぞ』って教えてくれる。

ここを直さねえと、上からどんな高い塗料を吹いても全部台無しだ」


「はい……!」


ウェットティッシュで拭いてから作業用の保護ゴーグルをかける。

職人から教わった「曇らないおまじない」だ。

ゴムを調整して、ちょっとキツめに締めたら準備完了だ。


合図を交わして銀さんと入れ替わるように塗装スペースに入ると、洗浄済みのハンドピースにサーフェーサーを入れ、一気に吹き付ける。

ブシューという音とともにヤスリがけした赤と黒のパーツがみるみるネズミ色に変わり、あたりに独特のシンナー臭が漂う。


一通り塗ったら、いったん乾燥させる必要がある。

このネズミ色が乾いて「嘘」がでてきたら、ヤスリをかけて表面を均一にして「嘘」を取り去るのだ。


サーフェーサーを吹き終わり、ふと気が付くと、塗装スペースの排気ファンがグオオオと大きな音を立てていた。

時間も無いし排気量を最大に上げたのだろう。


様子を見に来た銀さんに、吹き終わったパーツを見せると、


「よし、そんなもんだろう、灯、少し休憩でもしてこい。

看板といっしょに(あぶ)っておくわ」


ガラガラと音を立てて、銀さんは、キャスター付きのスタンドに、横長のランプがついている装置を出してきた。


「時間も無いし、どんどん(あぶ)って塗装を進めないとな」


上機嫌の銀さんは、エイジング塗装を施した『来夢来人(らいむらいと)』の看板を装置の前に立てかける。

まるで「撮影スタジオの照明」や「未来の手術台のライト」のような無骨な見た目のこの装置は赤外線ヒーター(カーボンヒーター)だ。

早く塗料を乾かすため、これを使うのだ。

銀さんたちはこれで乾かすことを「(あぶ)る」と呼んでいることを、現場で働き始めてから知った。


お願いします、とサーフェーサーを吹いたパーツを銀さんに預け、横丁のセットに出た。


明日の広報さんたちの来訪に向けたリハーサル中で賑やかな横丁のメインストリートを抜け、裏通りを通ってキャストさんがあまりいない場所に向かう。

昔の百貨店の屋上を模したエリアは、来場者のフォトスポットになる予定で、いち早く工事が完了した場所だ。

オープンしたら、きっと「映えスポット」になって、こんなゆっくりできる場所ではなくなるだろう。


遠くで工事の音が聞こえる。


「ふぅ……」


ハンバーガーショップのキャラクターが座っているベンチにドカリと座る。

他人が見たら、キャラクターに肩を抱かれているみたいに見えるポーズだ。

確か、テナントのハンバーガーチェーンが提供してくれたものを、俺と銀さんでリペイントと少々のエイジング塗装を施したものだ。


防毒マスクを外して、少しひんやりした空気を吸い込む。


濃厚な一日だ。


「昭和のオーパーツを作る」というワクワク感で集中して作業したせいか、反動でドッと疲れが出てきた。

まだ、良く考えたら、シフトの半分も終わってないのだ。思った以上に身体が重い。


喉が渇いた。


何か飲んで元気づけよう。

モールの裏側に自販機があったはずだ。

立ち上がりかけたら、西日の照明をまともに見てしまって、一瞬目がくらんだ。


「あ、灯くん!」


逆光の中に、ポニーテールのシルエットが浮かんでいる。

作業場に入る前に見た、昭和の看板娘のエプロン姿。

「水玉の稲妻」陽菜だった。

彼女はまるで忍者のように音もなく、資材の山の隙間から現れた。

夕日を背負った彼女の姿は、逆光でシルエットになり、その輪郭が(あか)く燃えているように見える。

【担当:神栖陽菜(幼なじみ/看板娘の案内係(志筑高校から参加))】

お疲れ様、灯くん。

夕焼けの照明って、なんだかドキドキするね。

……ねえ、灯くん。

私の顔、赤くない?

これは、夕焼けのせいだけじゃないんだよ。

……あのね、お願いがあるの。

この横丁がオープンしたら、私と……

次回、第42話『ラムネの約束と、残酷な塗り残し』ねぇ、あれ、なんだろう?


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