第41話:赫《あか》い夕日と、水玉のシルエット
俺もマスクをつけて作業机のパーツを手に取る。
この赤いボディに紙ヤスリをかけて、塗装の下ごしらえに加え、このゲーム機の近未来的なフォルムに「プレスして曲げました」と見えるような、ブリキな丸みを施していく。
黙々とヤスリをかけている俺のすぐ先には、銀さんが横丁のバー『来夢来人』の看板にエイジング塗装をしている。
作業場は、コンプレッサーのブシューという排気音と、紙ヤスリのシャカシャカという擦る音しかしていない。
最初は保土ヶ谷さんを見返してやろう、と意気込んで紙ヤスリをかけていたが、だんだんどうでも良くなってきた。
あのメーカーが、横丁の年代にこういう形のオモチャを作っていたら……
「歴史のif」なのだろうが、ありえたかもしれない。
駄菓子屋の『ドライビングゲーム』を修理したとき、製造年代のプレートに刻印されたものを見て、あのメーカーが作ったものなのか、と驚いたものだ。
このゲーム機だって、きっとそのDNAを受け継いでいるはずだ。
もしかしたら、存在していたかも知れないオモチャを、俺たちが生み出そうとしている。
そんなことを考えていたら、ワクワクして頬が緩んだ。
「おいおい、さっきまで泣いてたのに、ずいぶん楽しそうだな」
そういう銀さんの目も笑っているのがメガネ越しでも感じられた。
声も弾んでいる。きっと、俺と同じことを考えているのではないか。
「お、一通りヤスリをいれたか?……よし、次はサフを吹け。わかるな?」
ヤスリがけしたパーツを手渡すと、一通り眺めてチェックした銀さんは、頷いて下地塗装の指示を出すのだった。
「……はい。『嘘発見器』の塗料ですよね」
俺が即答すると、銀さんは驚いたように片眉を上げた。
俺は作業机の削りかすを払いながら、記憶にある知識を引っ張り出す。
「サフ……サーフェーサーを吹いて全体がグレーになることで、光の反射が均一になる。
そうすると、手で触っても分からないような小さな傷や、面の歪みが影になって浮き出てくる……。
前に教わったキャンディ塗装の時、言われたのを覚えてます。
この塗装は下地が透けるから、少しの『嘘』も許されない、とも」
そこまで一息に言うと、銀さんは鼻を鳴らし、少しだけ口角を上げた。
「へえ……。灯、だいぶ仕事を覚えてきたな」
明らかに捏造だけど「昭和のオーパーツ」をいかに横丁に溶け込ませるか。
そもそも横丁じたい、捏造された街なんだから、それくらい許してもらおう。
こうなったら、保土ヶ谷さんや出店テナントの「おもちゃの兵隊さん」の人に絶対バレないように偽装してやるんだ。
「改めて言うが……サフは正直だ。
俺たちがどんだけ丁寧にヤスリがけしたつもりでも、『まだ甘いぞ』って教えてくれる。
ここを直さねえと、上からどんな高い塗料を吹いても全部台無しだ」
「はい……!」
ウェットティッシュで拭いてから作業用の保護ゴーグルをかける。
職人から教わった「曇らないおまじない」だ。
ゴムを調整して、ちょっとキツめに締めたら準備完了だ。
合図を交わして銀さんと入れ替わるように塗装スペースに入ると、洗浄済みのハンドピースにサーフェーサーを入れ、一気に吹き付ける。
ブシューという音とともにヤスリがけした赤と黒のパーツがみるみるネズミ色に変わり、あたりに独特のシンナー臭が漂う。
一通り塗ったら、いったん乾燥させる必要がある。
このネズミ色が乾いて「嘘」がでてきたら、ヤスリをかけて表面を均一にして「嘘」を取り去るのだ。
サーフェーサーを吹き終わり、ふと気が付くと、塗装スペースの排気ファンがグオオオと大きな音を立てていた。
時間も無いし排気量を最大に上げたのだろう。
様子を見に来た銀さんに、吹き終わったパーツを見せると、
「よし、そんなもんだろう、灯、少し休憩でもしてこい。
看板といっしょに炙っておくわ」
ガラガラと音を立てて、銀さんは、キャスター付きのスタンドに、横長のランプがついている装置を出してきた。
「時間も無いし、どんどん炙って塗装を進めないとな」
上機嫌の銀さんは、エイジング塗装を施した『来夢来人』の看板を装置の前に立てかける。
まるで「撮影スタジオの照明」や「未来の手術台のライト」のような無骨な見た目のこの装置は赤外線ヒーター(カーボンヒーター)だ。
早く塗料を乾かすため、これを使うのだ。
銀さんたちはこれで乾かすことを「炙る」と呼んでいることを、現場で働き始めてから知った。
お願いします、とサーフェーサーを吹いたパーツを銀さんに預け、横丁のセットに出た。
明日の広報さんたちの来訪に向けたリハーサル中で賑やかな横丁のメインストリートを抜け、裏通りを通ってキャストさんがあまりいない場所に向かう。
昔の百貨店の屋上を模したエリアは、来場者のフォトスポットになる予定で、いち早く工事が完了した場所だ。
オープンしたら、きっと「映えスポット」になって、こんなゆっくりできる場所ではなくなるだろう。
遠くで工事の音が聞こえる。
「ふぅ……」
ハンバーガーショップのキャラクターが座っているベンチにドカリと座る。
他人が見たら、キャラクターに肩を抱かれているみたいに見えるポーズだ。
確か、テナントのハンバーガーチェーンが提供してくれたものを、俺と銀さんでリペイントと少々のエイジング塗装を施したものだ。
防毒マスクを外して、少しひんやりした空気を吸い込む。
濃厚な一日だ。
「昭和のオーパーツを作る」というワクワク感で集中して作業したせいか、反動でドッと疲れが出てきた。
まだ、良く考えたら、シフトの半分も終わってないのだ。思った以上に身体が重い。
喉が渇いた。
何か飲んで元気づけよう。
モールの裏側に自販機があったはずだ。
立ち上がりかけたら、西日の照明をまともに見てしまって、一瞬目がくらんだ。
「あ、灯くん!」
逆光の中に、ポニーテールのシルエットが浮かんでいる。
作業場に入る前に見た、昭和の看板娘のエプロン姿。
「水玉の稲妻」陽菜だった。
彼女はまるで忍者のように音もなく、資材の山の隙間から現れた。
夕日を背負った彼女の姿は、逆光でシルエットになり、その輪郭が赫く燃えているように見える。
【担当:神栖陽菜(幼なじみ/看板娘の案内係(志筑高校から参加))】
お疲れ様、灯くん。
夕焼けの照明って、なんだかドキドキするね。
……ねえ、灯くん。
私の顔、赤くない?
これは、夕焼けのせいだけじゃないんだよ。
……あのね、お願いがあるの。
この横丁がオープンしたら、私と……
次回、第42話『ラムネの約束と、残酷な塗り残し』ねぇ、あれ、なんだろう?




