第40話:職人の意地と、オーパーツの設計図
「テナントさんはわざわざ『協力』してくださってるんだよ。
その意向を汲むのが我々の仕事だろうが?
『おもちゃの兵隊さん』の店長が、どうしてもこれを処分……いや、飾りたいって言ってるんだ。
つべこべ言わずにやりなよ」
処分って言ったぞ。
今、完全に「在庫処分」って言いかけた。
俺は銀さんの『持ち帰って現場監督と相談します』という言葉を思い出した。
「え、えーと、わ、わかりました。
ひとまず持ち帰って、現場監督の鎌ヶ谷さんと相談させてもらいます。
技術的に可能かどうか判断が必要なので」
精一杯の抵抗を試みた。しかし、保土ケ谷さんはニヤリと笑うと、怪訝な顔を冷たく言い放った。
「は?何言ってんの?
相談も何も、私の上司が銀次郎さんとは『やる』って合意したって言ってるんだよ。
あとは君が持って帰って塗るだけだ。
明日、広報の内覧会があるんだぞ? とにかく間に合わせろよ」
嘘だ。
さっき銀さんは電話で「追加ですか?」としか言っていなかった。
うまく言いくるめられたか、保土ヶ谷さんの都合よく既成事実に変えられたか……。
だが、これ以上ここで反論しても、銀さんと話した上司の人がいない限り、この人は聞く耳を持たないだろう。
「早く持って行けよ、間に合わなかったら責任とってもらうからな」
保土ヶ谷さんがいらついてきたので、俺は諦めて、「赤い悪魔」が入った段ボール箱を抱え上げた。
ずしりと重い。
物理的な重さ以上に、この無茶振りの重さが腕に食い込む。
「……失礼しました」
逃げるように事務局を出る。
外の熱気が、冷え切った体にまとわりついた。
抱えた箱を見下ろす。
中には、どう見ても昭和の横丁には存在しないはずの、近未来的な赤いゴーグル。
これを、明日の広報さんの内覧会までに「昭和の風景」に溶け込ませろというのか?
「最悪だ……どうしよう」
とぼとぼと来た道をたどる。
急ピッチで進む工事の喧騒が、今の俺には遠い世界の出来事のように感じられた。
「……戻りました」
作業場に戻った俺の様子と抱えた段ボールを見て、銀さんは何かを察したようだ。
俺の肩に手を乗せて、静かに言う。
「何があった?遠慮はするな、あったことを全部言え」
パイプ椅子に座るよう促され、ちょこんと座った俺は、段ボールを抱えたまま保土ヶ谷さんとのことを話した。
「……最後に、保土ヶ谷さんは『間に合わなかったら責任とってもらうからな』って
……すみません、銀さんから言われたのにちゃんと伝えられなくて……」
こんなむちゃくちゃなこと、あってたまるか。
そう思ったら、悔しさがこみ上げてきた。
そして、いったん持ち帰ってから回答する、という銀さんの指示を守れなかった情けなさとがグチャグチャになった。
「すみません! 僕、ちゃんと断ってきます!本当にすみません!」
ベテラン職人は、押し黙って腕組みしている。
今までいろんなことを教えてくれた銀さんに対して、あまりにも申し訳なくて頭を下げた。
涙が頬を伝う。感情が抑えきれなくなった。
「すみません……すみません……」
涙が止まらない。
俺にはただ、謝るしかなかった。段ボールにポタポタと涙が落ちる。
「……バカ野郎と言いたいところだが、小杉部長じゃなくて、あの保土ケ谷が出てきたんじゃ仕方ねぇな」
小杉部長さんとは、保土ヶ谷さんの上司の人で、きっと銀さんが電話で話していた人だ。
保土ヶ谷さんは小杉部長がいないことをいいことに、都合よく俺にむちゃぶりをしたのだ。
「灯、悔しいか?」
「……はい」
促されて、段ボールを渡す。
「おやおや……据え置きのゲーム機じゃないのは救いだが……」
銀さんは赤いゴーグルを見ると、呆れたようにため息をついた。
「だが、こいつをそのまま置くわけにゃいかねぇ。
横丁の世界観がぶっ壊れる……かといって、時間もそれほど無いしなあ……」
「あのぅ、僕、やっぱり……」
「よせよせ。保土ヶ谷は下請けいびりしか能のないヤツだ。
お前がそんな顔で断りに行ってみろ、アイツの思うつぼだ」
銀さんが工具棚に歩み寄った。
ごそごそと何かを取り出している。
「灯、三つ質問だ……一つ目。
保土ヶ谷は「とにかく昭和の風景に馴染むように」って言ったんだな?」
「……はい。間違いないです」
「よし……二つ目。お前、『キャンディ塗装』って、覚えているか?」
「……はい、教わったこと、覚えてます」
「よしよし……三つ目。これが大事だが……念のため、もう一度聞くが、悔しいか?」
「はい、今までで一番……」
「そうか……なら大丈夫だな。ほれ」
銀さんは棚から出した数種類の紙やすりと、何巻かのアルミテープを作業机に放った。
「灯、保土ヶ谷が売ってきたケンカ、俺たちで買ってやろうじゃねぇか」
銀さんは、俺に携帯用の工具バッグを差し出した。
「え……!」
工具バッグを受け取った俺が話を飲み込めずにいると、
「時間との勝負だが、こいつを『昭和の空想科学おもちゃ』にでっち上げるんだ」
銀さんはニヤニヤしながら赤いゴーグルを作業机に置いた。
「もし、コイツのメーカーが横丁の年代に似た形のオモチャを作ったら、どうなるかってな。
名前は……そうだな」
悔しい分、この企ては面白くなりそうだ。
ニヤニヤしっぱなしの銀さんに便乗する。
「み、『ミライ・スコープ』なんてどうでしょう?なんか、ひみつ道具みたいな……」
「お、良いぞ、昭和の学習雑誌の応募者全員プレゼント 『ミライ・スコープ』なんてな。
よし、やれるな、灯!さっそく作業だ!」
「はいっ!」
工具でネジを外す俺に、ノリノリのベテラン職人が続けて指示を出す。
「外装を外したら、まずはソイツに紙ヤスリをかけて全体を荒らせ。
プラスチックだからな、荒らさないと塗料の食いつきが良くない」
「わかりましたっ!」
あっという間に外装が外れ、中の精密機械があらわになった。
慎重に取り外して段ボールにしまう。
「あと、エッジはヤスリで丸めろ。ブリキでできたオモチャが尖ってたら、ガキがケガしちまうからな、ガハハ」
そういうと、銀さんは防護用のメガネと作業用のマスクを着け、塗装スペースに入った。
売られたケンカは買う。
しかし、物騒な手段ではなく「発注どおりの仕事」で、だ。
【担当:鎌ヶ谷銀次郎(現場監督)】
「泣くな、灯。
悔しいか? ……なら上等だ。
売られたケンカは買うのが職人の流儀だ。ただし、暴力じゃねぇぞ?
俺たちの『技術』と『悪知恵』で、あの野郎の鼻を明かしてやるんだ。
……へっ、面白くなってきやがった。
作るぞ灯、『昭和のオーパーツ』をな!」
次回、第41話『赫い夕日と、水玉のシルエット』
作業の合間、俺は「あの人」に会った。




