第4話:フリルをまとったダビデと、萌えキュンの洗礼
カチューシャからパンプスまで何度も行き来する視線に戸惑いながらも、陽菜はつくばさんに注文を促した。
「あの……お姉様、ご注文を……」
「この華奢な首筋に…血管の浮き出た強靭な腕……なんて退廃的で美しい……アリスがダビデに……フリル
をまとったダビデ……」
まだ念仏は続いていた。
まとわりつく視線と止まらない念仏に困惑気味の陽菜。
「あ、あのう、お姉様、ウチのお店には、ダビデなんてメニューはないんですよぉ」
「ダビデは深海の奥底でねじれて……へ? メニュー?」
我に返ったつくばさん。念仏が止まる。
キョトンとした美大生のお姉様に、済まなそうに陽菜は続けた。
「はい、お姉様。いつもお召し上がりになる『ダビデ』っていう名前の高級スイーツは、ちょっとウチのクラスのお店では用意がないんです……! ごめんなさい!」
「へ? ……ダビデ……スイーツ……?」
二人のやり取りを見ていた俺は、思わずひっくり返りそうになる。
陽菜が困惑していたのは、つくばさんの視線でも念仏でもなかったようだ。
ニコニコとメイドスマイルでメニューを差し出す。
「そのかわり、私の愛情のこもったシフォンケーキとレモンティーのセットはいかがでしょうか?」
「え? あ、ああ……そ、それにします」
「ありがとうございます! 少しお待ちくださいませ」
すっかり毒気を抜かれたつくばさんは、陽菜に勧められるまま、注文したのだった。
教室全体が、何かホッとため息をついたかのような空気になるなか、スキップするような足取りでキッチンコーナーに向かう陽菜を見送ると、俺はつくばさんに向き直った。
つくばさんは、ごそごそとリュックサックから小さなスケッチブックを取り出すと、キッチンコーナーでケーキを用意するアスリートメイド(陽菜)をチラチラ見ながら、黙々とスケッチを始めた。
きっと、陽菜をモチーフに、彫刻作品でも作るのだろう。
少し離れた場所で様子を見ていると、さすがは美大生、瞬く間に人らしき姿が描かれていく。
しかし、メイドをスケッチしているはずのそれは、しだいにギーガーを彷彿とさせる、妖しく不気味な人型の有機体に変貌していった。
フリルの柔らかいドレープであろう部分は、脊髄のような硬質な波形になっていた。
さらに陽菜の肌であろう曲線は、なぜか、筋力が強調され、血管が浮き出たような陰影が描き込まれていた。
なんでそうなるんだ。
彫刻のモチーフだし、つくばさんのセンスは少々変わっていることも知っているし、わかっているつもりだ。
だが、まさかフリフリなメイド姿の陽菜から、そんなインスピレーションを得るなんて。やはり、芸術家って不思議な人たちなんだろう。
とはいえ、せめて今回は、見たまま描いてもらえないものだろうか。いくらなんでも、悪夢から這い出したような、妖しく奇怪な人型は幼なじみということを差し引いても、あんまりなビジュアルである。
トレイにシフォンケーキとレモンティーを載せた陽菜がメイドスマイルでつくばさんのテーブルに向かう。
アスリートメイドに気がついた美大生は、スケッチブックをパタン閉じて、居ずまいを正した。
「お召し上がりください、お姉様」
「あ、ありがとう……」
もじもじする陽菜とつくばさんが一瞬見つめ合う。不思議そうな顔をして、お姉様が「なにか?」と視線でメイドを促した。
「あ、あの……け、ケーキの美味しくなるおまじない、させて……ください……」
ジッと陽菜を見つめるつくばさん。
年上の余裕からか、ニコッと微笑む。
アスリートメイドはみるみる顔が赤らみ、三段跳びの試技にでも入るかのような真剣な表情に変わった。
大きく深呼吸し、手でハートマークを作る。ゆっくりと胸の前で円を描いた。
「お、おいしくなぁれ……も、萌え萌え……」
小さく跳ねて、ハートマークをケーキに向ける。
「キュンっ!」
つくばさんは、目を白黒させて恥ずかしさで沸騰しそうな陽菜を凝視した。
騒がしい教室なのに、二人の間だけ、時が止まったかのように静寂に包まれたかのようだ。
お姉様と萌えキュンメイドの視線が再び重なる。
目を見開いたつくばさんの唇がパクパクと動いた。かわいい、とでもつぶやいているのだろう、少し離れた俺にも、陽菜が茹で上げたように真っ赤になっているのがわかる。
「お、お姉様、失礼いたしますっ!」
三段跳びさながら、文字通り「跳ぶ」ようにカウンター裏に入ったアスリートメイドは、周囲の女子からはやし立てられて、顔を覆ってしまった。
「……あんなミューズ、見たことないわ……」
ボソボソとつぶやきながら、ワシワシとシフォンケーキを平らげるつくばさんの片手は、リュックサックの柔らかい部分をこね回していた。
きっと、頭の中で作品準備を始めているのだ。そして、一刻も早くアトリエに帰って、作品を作りたいに違いない。
やれやれと思っていると、視線を感じた。
陽菜だ。目でなにか俺に訴えかけている。
追いかけた視線の先には、つくばさんのテーブルにあるスケッチブックがあった。お姉様が陽菜をスケッチしていたのを思い出したのだ。
「「見せて」とお願いしてもいいかな?」とアイコンタクトしながら、小首をかしげる。
「やめておけ」と俺は視線を返しながら、ゆっくりと首を振った。
「何でよ?」アクアブルーのメイドは目で訴えながら、ぷぅっとむくれる。
美大生にスケッチしてもらったことなどないはずだ。きっと可愛らしい自分のスケッチが描かれていると思っているのだろう。彼女の期待は察するに余りある。
しかし、俺は知っている。知ってしまったのだ。
つくばさんのスケッチブックには、陽菜の期待を木っ端微塵に砕く破壊力を持つ有機体が描かれていることを。
あれだけ恥ずかしい思いをしているのに、あの絵を見てショックを受ける彼女を見たくない。
納得いかない表情の陽菜を見て、もう一度、俺は真顔で首を振った。
何かを悟ったアスリートメイドは、しぶしぶうなづいた。ニコリと笑みを浮かべて頷き返す。
ホッとしたのもつかの間、カチャンとカップがソーサーに置かれる音でハッとする。気もそぞろな美大生は、ケーキをペロリと平らげ、レモンティーを流しこむようにグビーッと飲み干したのだった。
「ご馳走さま、美味しかったわよ」
レジで支払いを済ませながら、俺たちに微笑む。
会計係の岩瀬さんがレジ打ちをしながら、意味深な笑顔……というかニヤけ顔で、つくばさんと陽菜を盗み見していた。
「お姉様、ありがとうございました!」
「つくばさん、来て頂いてありがとうございます」
手を振って、出口に向かうつくばさん。
クルリと振り向いた美大生は、陽菜のメイド姿を目に焼き付けるように見入った後、早足で教室を出て行った。
廊下まで見送ろうと俺も教室を出る。
「あーりがとやんしたー!」
海老名の声を背中に受けたつくばさんは、西日の差し込む廊下を、疾駆するような足取りで行ってしまった。
ちょうどと言うべきか、チャイムとともに下校時に流れるクラシック音楽が校舎に響く。
「はーい、今日の文学コスプレ喫茶は閉店でーす」
小田原の掛け声で、残っていたお客さんがぞろぞろとレジに並ぶ。その様子を横目に見ながら、俺は片付け作業を始めた。
明日で文化祭も終わりだ。
陽菜のフリフリ姿をもう少し見ていたいが、借りた衣装だろうし、仕方ない。
視線に気づいた彼女がこちらを向いたので、俺は慌ててイスを片付け始めるのだった。
【次回予告:合同文化祭実行委員会控室の会話】 「小見山高校と志筑高校の合同文化祭……。 実行委員会って思った以上に大変だけど……。陽菜ちゃん、頑張ってるかな。 ……ふふ、楽しみ。ねぇ慎一くん、休憩時間に行きたいところがあるの。 次回、第4話『喫茶店へようこそ、そして、秘めたる背徳感』。 誉田くん、陽菜ちゃんをよろしくね。」




