第39話:赤い悪魔と、理不尽な追加発注
おじさんにレイアウト図を見せてもらったあと、迷いながらようやく作業場についた。
ちょうど塗料の乾燥中で休憩していた銀さんに、陽菜がキャスト入りしていたことを話した。
「あの姉ちゃん、お前の知り合いなのか」
「知っているんですか?」
「おう、工事業者の連中から、やたらと素早くて元気のいい案内役がいるって聞いたぞ。
俺もちょっと見かけたけど、忍者みてぇだったな」
銀さんはタンブラーに入ったコーヒーをすすった。
抑えたオレンジ色の「柊珈琲店」のロゴが入っている。
確か、横丁にも出店する、ちょっと高いコーヒーを出すカフェだ。
「あ、そういえば、工事業者のおじさんが、陽菜を『青い稲妻みたい』って言ってました……
真紅の稲妻ならわかるけど、青い稲妻って……歌ですよね」
タンブラーを置き、ベテラン職人は腕組みをしてニヤリと笑った。
「久しぶりに聞いたな、そっちの『青い稲妻』……そのオッサン、相当な野球好きだな」
「え……野球?」
「おう。昔、巨人にいた松本匡史選手だ。
青い手袋をしていてな、盗塁が得意だった。塁に出ただけで、球場の空気がピリついたもんだ。
『いつ走るんだ?』ってな。で、ついたあだ名が『青い稲妻』だ。
そのオッサンには、あの姉ちゃんが、狭い通路をすごいスピードでスイスイ抜けていく姿が、往年の松本選手と重なったんだろうよ」
「へぇ……。陽菜の動き、そんなにすごいんですね。おじさんたちが懐かしがるくらいの速さなんだ」
「ああ。だが、姉ちゃんは青い手袋はしてねぇ。代わりに着てんのは、あの派手な水玉の開襟シャツだ」
「確かに。遠くからでも目立ちます」
「だからよ、現場じゃあ、誰が言い始めたか知らないが、青い稲妻じゃなくて……
『水玉の稲妻』って呼ばれてるらしい」
「水玉の稲妻……!なんか、可愛いのか速いのか分からないネーミングですね」
ハハハ、と笑い合っていると、銀さんの業務連絡用のガラケーが鳴った。
「……もしもし……お疲れさんです。はい。ええ、あ、追加ですか?」
銀さんは話しながら俺を見る。
受け答えの口調からすると、モール側の人なのだろう。
きっとそれなりのポジションの人だ。
「……うーん、多分大丈夫だと思いますけどね……
とりあえず、うちの若いの行かせますんで、その担当さんからモノを渡してやってください」
銀さんは電話を切ったあと、俺に振り返って言った。仕事モードの顔だ。俺の気持ちも引き締まる。
「灯、すまないが事務局へ行ってきてくれ。なんか小道具のエイジングに追加が出てきたらしい」
「わかりました!すぐに行ってきます」
「待て。……いいか、灯、その場で『はい』と返事をするなよ。
必ず『持ち帰って現場監督と相談します』と言え。相手は素人で、このタイミングだ。
無茶を言ってくる可能性が高いからな」
頷いて、事務局に駆け出す。
少し余裕が出てきたといっても、まだ、塗装する箇所は残っているし、ギリギリのスケジュールであることに変わりはない。
モノによっては予想外に時間がかかることを、この現場でずいぶん「勉強」させてもらった。
そんなことを考えて、やっと事務局のコンテナハウスにたどり着く。
やはり、レイアウトが変わって迷ってしまった。
コンテナハウスに入って、モールの人に要件を告げると、会議室に案内された。
案内してくれた人が心配そうに俺を見るのが気になったが、迷って着くのが遅くなったので、とりあえず急いでドアをノックする。
「失礼します、塗装の者です、遅くなりました」
「……遅いよ。何チンタラやってたんだ」
中から聞こえてきたのは、不機嫌そうな粘り気のある声だった。
ドアを開けると、会議机を挟んで、モール運営事務局の保土ケ谷さんが座っていた。
以前、打ち合わせで一度だけ顔を合わせたことがある。
確か、モールの運営会社の親会社から出向してきているとかで、銀さんが「典型的な『虎の威を借る狐』だな」とボヤいていたのを覚えている。
その打合せの時は、一方的にまくし立てる保土ヶ谷さんを、その上司が腫れ物にさわるようになだめていてた。
聞いたところでは、親会社の役員の親族らしい。
「す、すみません。現場が立て込んでいて」
「まあいいや。君、銀次郎さんのところのバイトだろ? これ、頼むよ」
保土ケ谷さんは、会議机に置かれている段ボール箱を顎でしゃくった。
箱には、今回の横丁に出店するテナントの一つ、キリンがマスコットの大手玩具チェーンのロゴが印刷されている。
このチェーン店は、横丁には「おもちゃの兵隊さん」というお店で懐かしいオモチャを販売すると聞いていた。
「これさ、テナントさんからの強い要望でさ、倉庫から出てきた『レトロなゲーム機』を、ぜひ横丁のディスプレイとして飾ってほしいそうだ」
ドヤ顔で話す保土ヶ谷さんは、俺に段ボールを押し付けるように差し出す。
「レトロなゲーム機……?」
ゲーム機そのものが、横丁の年代に合わない。現場で働いていれば俺でもわかる。
嫌な予感がして、恐る恐る箱の中を覗き込む。
そこに鎮座していたのは、俺でも知っている「伝説」のゲーム機だった。
「え……こ、これは……」
鮮烈な赤と黒のツートンカラー。
双眼鏡のような形をしたゴーグルに、専用のコントローラー。
間違いない。
1990年代半ばに発売され、あまりに時代を先取りしすぎたために短命に終わった、あの3Dゲーム機だ。
よりによってこれとは……。
「あの……保土ケ谷さん。これ、平成のゲーム機ですよね?
今回のテーマは『昭和ノスタルジー』、しかも昭和30年代から40年代の設定だったはずじゃ
……ゲーム機じたい、存在してないんじゃ……」
俺の指摘に、保土ケ谷さんは面倒くさそうに鼻を鳴らし、カンカンと机をボールペンで叩いた。
「そんなの分かってるよ。だから君たち『プロの職人』にわざわざ頼むんじゃないか」
保土ケ谷さんは、冷たい目で俺を見上げ、ペンを回しながら言い放った。
「その『ピカピカの赤いプラスチック』を、とにかく昭和の風景に馴染むようにしてくれりゃいいんだ。
古びたブリキのおもちゃに見えるとか、使い込まれた木製に見えるとか、プロならあるだろ?
そういうテクニックが」
「ええっ!? い、いや、それは……」
素材が違いすぎる。
それに、いくら塗装で汚したところで、この特徴的すぎるフォルムは誤魔化せない。
昭和の茶の間に、こんなサイバーパンクな赤いゴーグルが置いてあるなんて、いくらなんでもシュールすぎる。
「で、でも、時代的にさすがに無理がありませんか? お客さんも違和感を……」
「おい、君さぁ」
保土ケ谷さんが、カンカン、とペンで机を弾いた。
【担当:保土ヶ谷雅彦(モール運営事務局/親会社から出向中)】
「おい、君。テナント様のご厚意を無にする気か?
『昭和にゲーム機がない』?
そんなこと、客は気にしないよ。君たちプロなら、適当に馴染ませる技術くらいあるだろう?
……はっ、できないなら結構。
銀次郎さんには『合意済み』だからね。
明日までに仕上げてくれ。出来なかったら責任は取ってもらうよ?」
次回、第40話『職人の意地と、オーパーツの設計図』真っ赤な嘘?な、何を言うんだ、バイトのクセに!!




