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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第35話:夫婦の演技指導と、四畳半への招待

ガタガタと物音がして、店の奥から総合演出担当である蛇の目蘭堂(じゃのめらんどう)座長と、前掛けをしたステテコ姿の男性、そして割烹着姿の女性が出てきた。


「君らダメだよ、恥ずかしがっちゃ!ちゃんと横丁の住人にならなきゃ!」


うなだれた男女に向かって演技指導をしていたようだ。

「あのー、座長?」とお梅おばさんが蘭堂座長に呼びかける。


「あ、ペンキ屋くん、悪いな。

リハーサル中に動かしたらな、中のドラムが回らなくなってな……」


蘭堂座長が俺に気づいて片手をあげると、若夫婦の二人が顔をあげ、おどろいた顔をしていた。


「……の、典子先輩?田辺先輩も?え、どういうこと?」


「ほ、誉田くんこそ、どうしたのよ?」


キョトンとする蘭堂座長に、俺は二人と学校と学年は違うけど、共通の知り合いがいて、もともと知っていた仲であることを説明した。


「そうか。知り合いなら良かった。この二人は、駄菓子屋の若夫婦役だ。

お二人さん、彼はペンキ屋の若親方役でこの横丁の住人になってる。よろしくな」


そうか。小見山高校からの参加者って、この二人なのか。

俺と若夫婦役の二人はお互い照れながらペコペコとアタマを下げる。

そんな様子を見ながらお梅おばさんが、苦笑しながら典子先輩にいう。


「ほれ、あんたたち、リハーサルの途中でしょ?素に戻っちゃだめじゃない」


お梅おばさんの言葉を蘭堂座長が引き継いで、典子先輩と田辺先輩に語りかける。


「そうだな、横丁モードに戻ろう……いいかい、君たち。君たちはプロの役者じゃない。

下手な小細工や役作りなんて、お客様はすぐに見抜くよ。

この『昭和ノスタルジー横丁』という舞台装置の中で、最も輝くのは何だと思う?


……それは『嘘のない感情』だ。


例えば『鈴木エツコ』みたいな、架空の誰かになろうとするな。

君たちは、昭和40年代に生きる『風間典子』と『田辺慎一』になればいい。

名前を呼び合う時、君たちの間に流れる『本物の空気』。

それこそが、観客をあの時代へ引き込む最強の引力になるんだ。

君たちのまま、あの時代で愛し合いなさい」


二人は顔を見合わせて、モジモジしはじめた。

蘭堂座長は、二人がすでに『そういう関係』であることを知らないはずだ。


知らないからこその演技指導なのだろうが、先輩たちと俺には破壊力のありすぎる言葉だった。


田辺先輩が決然と座長にいう。


「座長、仲睦まじい若夫婦を恥ずかしがらずにやれ、とおっしゃるんですね?」


大きくうなずく蘭堂座長。

きっと額面通りに受け取ったのだろう。


しかし、俺は先輩の言葉には裏があることを知っている。


田辺先輩がわざわざ確認を取ったのは『堂々といちゃつくが文句を言うなよ』という承認を得るために他ならない。

キャストさんの前で許可を取っているので、座長としても文句は言えない。


あの二人のことだから、学校に迷惑をかけないように節度は守るだろうが、見てるこっちは気が気じゃない。


「ほら、ペンキ屋くん、修理頼むよ」


蘭堂さんが手招きして、機械を指さす。

ハンドルとダッシュボードが付いていて、スクロールする道路の上を走る車の模型を操作する、「ドライビングゲーム」だ。

小さい頃に遊んだオモチャの元祖とも言える機械だ。

外側を一通りチェックする。

銀さんの『ニコイチ、サンコイチで無理やり直した』というのが見ただけでわかった。

工具を使って、慎重にフタを外して中を眺める。

やはり、あちこちジャンクから継ぎはぎしたような部品がはんだ付けされていた。

スイッチをオンオフして、まずは連絡にあった通り、動かないことを確認する。

配線をたどり、祖父に教えられた「機械の声」を聞いていく。


「よし、リハーサルがてら、ペンキ屋くんに修理依頼してみるか?」


俺の背後で座長が典子先輩を手招きする。

はい、とうわずった声で先輩が近寄る。


「ねぇ、誉田くん。これ、中のドラムが回らなくて、遊びにきた子供たちが残念がってるの。

直してくださる?」


典子先輩は、心配そうに俺の隣に座り込んだ。

なんだか、本当に駄菓子屋に遊びに来た子供たちが、典子先輩の後ろから不安げに俺を覗き込んでいるようなトーンだった。

思わずチラと横を見ると、割烹着の裾から白い膝がのぞいていた。距離が近い。


「おおっ、それだよそれ」


蘭堂座長の声が弾む。


「よし、この調子で旦那さんが帰ってきた時のシーンをテストしてみるか。ヨーイ、スタート」


駄菓子屋から少し離れた場所から田辺先輩が帳簿を抱えて軒先にやってきた。

たぶん、購買部関係で参加しているだろうから、あり得るシチュエーションだ。


「ああ……おかえりなさい、あなた」


「あ、ああ。ただいま……典子さ……典子」


配線をいじっていた俺の手が止まる。

役名じゃないだけに、その会話は劇とリアルの境界線がわからない。

まるで、数年後の二人の未来を、こっそり覗き見してしまったかのような、強烈な背徳感とリアリティが、俺の背中を直撃する。


「ねぇ、ごはんにする? お風呂にする? それとも……」


典子先輩の声が、羞恥心で少し震えている。

それが逆に、初々しい若妻という設定に、恐ろしいほどの説得力を与えていた。


「あら、かわいいわねぇ」


典子先輩と田辺先輩の『本当の関係』を知らない、元女優のお梅おばさんが混ぜっ返す。

知っている俺はリアル過ぎて、修理どころではない。


ニッパーで赤の配線を切りそうになる。


「ねぇ、あなた。今、ペンキ屋さんに来てもらって、こっちの機械を修理していただいているの……直ったら、子供たち、きっと喜ぶわ」


どこまで演技かわからないが、典子先輩のセリフに座長の言う「本物の空気」が乗ってきた。

若旦那役の田辺先輩の相づちも、上滑りしていない。


「誉田くん、直りそう?」


典子先輩を振り返り、大きくうなずく。

不可抗力で手は止まったりしたが、当たりはついていた。


「……たぶん、モーターの接触不良ですね。ここを繋げば……よし、動いた!」


ウィーン、というモーター音と共に、ドラムに描かれた道路が回転し始める。

赤い車の模型が、カタカタと音を立てて左右に動き出した。

とりあえず、銀さんに助けてもらわないで済みそうだし、また故障しても俺一人で対応できそうだ。


「これ、昔、近所の男の子が持ってたわ。羨ましかったなぁ……」


典子先輩は、目を細めて、遠い日の思い出を語るように呟いた。

座長の演技指導のたまものか、その横顔は、完全に「昭和の夕暮れ」に馴染んでいる。


俺は、フタをドライバーでネジ締めしながら、修理した機械の製造年プレートをチラリと見て、ツッコミを入れた。


「……あの、奥さん……典子先輩……」


「ん?なあに?ペンキ屋さん」


「これ、1966年製造です。……先輩、生まれてませんよね?」


「……あっ」


典子先輩の動きが止まった。

夕焼けに染まっていた頬が、一瞬だけ素の赤面に変わる。


「そ、そうよね。私ったら、つい……この場所の空気に、記憶が混線しちゃって……」


そんな話をしている間に、蘭堂座長は銀さんに機械の修理が完了したので、俺を戻す、と連絡していた。

通話音量が大きいのか「あったりめぇだろ、灯を舐めちゃいけねぇよ、ガハハ」という銀さんの上機嫌な声が丸聞こえである。


「あ、座長さん!お願いが……」


典子先輩が切ろうとしていた座長にゼスチャーをする。

【担当:風間典子(駄菓子屋の若妻役(小見山高校から参加))】

あら、ペンキ屋さん。 おもちゃの修理、ありがとう。 ……ねえ、ついでと言ってはなんだけど、もう一つ直してほしいところがあるの。

店の奥……在庫置き場のふすまが、建て付けが悪くて。 薄暗くて、狭い部屋なんだけど……いいかしら? 主人は今、出かけてて……私、一人なの。


次回、第36話『あかい若妻の誘惑と、魔法の手』 カチ、カチ……このプラスチックの手で何を捕まえようかしら?

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