第34話:三分間の即興デザインと、動かない昭和の遺物
ショックで言葉が出ないでいると、銀さんが指を一本立てた。
「まずは一つ目。『仕事の進め方』だ。
……灯、こいつを作るのに、どのくらいかかった?」
「……え?…… あ、授業終わってここに来てからなんで……下塗りを挟みながらですけど、さ、3時間くらいかな。あと、塗料は倉庫にあった余りを使わせてもらって……」
「3時間と、ペンキ代が少々か。
……で、もし俺が今ここで『イメージと違うから、全部作り直せ』って言ったら、どうする?」
「え……!」
俺は絶句してしまった。
作り直すとなれば、この3時間と塗料はすべて「ゴミ」になる。
「いいか。坊主。仕事ってのはな、『戻り』をいかに減らすかが勝負なんだよ。
今、お前はいきなり『答え』を持ってきやがった……だがな、もしその答えが相手の求めてるもんじゃなかったら、その労力は全部ドブに捨てんのと一緒だ」
銀さんは、棚に置かれている塗料のラベルを見ながら手に取っていく。
「綺麗なもんを出そうとするな。最初は『叩かれ台』を出せ。
まずはざっくりとした 鉛筆書きの隙だらけの図面を出して、『ここは違う』『あそこはこうだ』って客に言わせろ。
客が口を出して、直させて、そうやって相手と『握手』……言い換えれば『合意』ってのをしてから、初めて高いペンキと時間を使って仕上げるんだよ」
「合意してから、仕上げる……」
「自分からサンドバッグになって、ボコボコに殴らせてやるのも、職人の度量だ。
どのみち、口でいくら説明しようが客は動かないからモノを出すのさ。……ま、進め方についてはその『熱意』に免じて許してやる」
銀さんはカゴを置くと、二本目の指を立てた。
「問題は二つ目。『中身』だ」
銀さんはアゴで俺のモックアップをしゃくった。
「『市川電気』……。お前、なんでこの名前にした?」
「え、いや……昭和の電気屋さんって、地名とか苗字が多いかなって……。無難で親しみやすいかと……」
「『無難』か。……そいつが一番ダメだ」
銀さんはバッサリと切り捨てた。
「いいか、ここは『テーマパーク』だぞ? 客はわざわざ金を払って、非日常を味わいに来てんだ。
『近所の電気屋』と同じ看板見て、誰が喜ぶ?」
「あ……」
「今の時代、客はみんなスマホを持ってんだ。
『おっ、なんだこれ』って思わせて、写真を撮らせて、SNSで拡散させてナンボだろ。
ただの背景を作るな。客の足を止める『小ネタ』を仕込め」
「小ネタ、ですか……」
「そうだ。思わず誰かに教えたくなるような、遊び心だ。
……よし、やり直しだ。今度は手順通り、鉛筆のラフでいい」
銀さんは俺の目の前に、裏紙と鉛筆をバン! と置いた。
「制限時間は3分だ。 その短い時間で、客の脳味噌に引っかかるような、面白い屋号とデザインをひねり出せ」
「さ、3分!? いきなりですか!?」
「おう。ダラダラ考えてる暇はねぇぞ。直感とセンス勝負だ。……ほら、よーい、ドン!」
「うわぁぁぁ!」
俺は慌てて鉛筆を握りしめた。
無難じゃダメだ。
バズるネタ。
写真に撮りたくなるようなインパクト。
俺の脳内で、アニメやら特撮やらゲームやら、いろんな知識がぐるぐると渦を巻き始めた。
その時だった。 銀さんの腰につけた、業務連絡用のガラケーが鳴り出したのは。
「……おう、俺だ。……なんだ蘭堂?あ? 駄菓子屋のゲーム機?」
銀さんは面倒くさそうに眉をひそめ、咥えたハッカパイプを指で摘んだ。
「……動かねぇ? マニュアル通りに開けたけど配線が違うだと?
……当たり前だ、バカ野郎。そいつは『いけなみ』の爺さんたちが、ニコイチだかサンコイチだかで無理やり直した骨董品だぞ。純正のマニュアルなんぞ役に立つか」
電話の相手は、どうやら演出担当の蘭堂座長らしい。
銀さんは「まったく、融通の利かねぇ連中だ」と悪態をつきつつ、「分かった、ウチの若いのを行かせる」と言って電話を切った。
「灯、出番だ。道具箱持って駄菓子屋に行ってこい」
「え、僕ですか? 看板のラフ描く前に?」
「ああ。設置済みの『ドライビングゲーム』が動かなくなったらしい。
蘭堂が運営の電気屋に頼んだが、お手上げだとよ」
「そ、そんな難しいやつ、僕に直せますかね……?」
俺が不安を口にすると、銀さんはニヤリと笑って、俺の肩をバンと叩いた。
「なに、最新の機械なら俺もお前も手が出せねぇが、相手は昭和のポンコツだ。
お前、前に言ってたよな。家の爺さんが骨董好きで、家の部屋にはガラクタが山ほどあるって」
「あ、はい。子供の頃から、よく古時計のネジ巻きとか、ラジオの球(真空管)の交換とかやらされてましたけど……」
「それで十分だ。あの手の機械に必要なのは、電気の知識じゃねぇ。『古いバネや歯車が、どう噛み合えば動くか』っていう、古道具への勘だ」
銀さんは、塗料缶の入ったカゴを掲げた。
「俺が行ってやりてぇが、今はさっさと塗らなきゃならねえ看板があって、手が離せねぇ。
それに、あの爺さんたちの『癖』が強い修理跡を解読するには、時間がかかりすぎる」
「なるほど……パズルみたいなもんですね」
「そうだ。お前なら、錆びついた機械の機嫌を取るのも慣れてんだろ? ……ま、どうしても分からなきゃ、無理やり抉開けずに戻ってこい。壊されるよりマシだ」
「わかりました。やってみます!」
俺は道具箱を抱え直すと、モールの通路を駄菓子屋に向かって走った。
相手は、マニュアルのない昭和の遺物。普通の高校生なら尻込みする案件だ。
だが、不思議と不安はなかった。
その理由は、一週間前の『いけなみ』での会話にある。
『……へぇ。じいさんの趣味で、真空管ラジオや古時計を直してたのか』
『はい。祖父が骨董好きで、機械の声を聞けってよく叩き込まれましたから』
軍鶏鍋をつつきながら何気なく話した俺の過去を、銀さんはちゃんと覚えていてくれたのだ。 あの時、カウンターにいた常連のおじいちゃんたちが「見所がある」と笑ってくれたこと。
そして銀さんが『その手癖は、この横丁じゃ武器になる』と言ってくれたこと。
「任されたからには、直さないと……!」
銀さんは、俺をただの看板描きのバイトとしてではなく、一人の『技術屋』として見てくれている。
その期待を裏切るわけにはいかない。
俺は祖父の教えである『古い機械には、無理をさせず、理屈を探れ』という言葉を反芻しながら、駄菓子屋へと急いだ。
一週間、毎日バイトに来たおかげで、複雑な横丁の通路はだいたい覚えていた。
キャストさんやスタッフさんとすれ違いながら、迷わずに駄菓子屋『おみやま』にたどり着く。
「お疲れさまです、エレメカの修理で来ました。どなたかいらっしゃいますか?」
店の奥に向かって呼びかける。
店先には誰もいないけど、リハーサルをしていたようで、お店が開いていた。
モールのお菓子屋さんでしか見たことのない、いかにもといった駄菓子屋が所狭しと並べられている。
おかしい。反応がない。
通りがかったタバコ屋さん役のお梅おばさんに要件を告げると、おばさんも店に呼びかけた。
「ちょっと!典子ちゃん!ペンキ屋のお兄ちゃんが機械直しに来たわよ!」
「え?お種おばさんじゃないんですか?」
「今日は駄菓子屋に新しいキャストの若夫婦が入っているのよ。
まだ、慣れてないのかねぇ……ちょっと!典子さん!」
そうか、今日は若夫婦のキャストさんなのか……。
あれ、いま、『典子さん』って言ったぞ?
【担当:蛇の目蘭堂(劇団「霞座」座長)】
おや、ペンキ屋くん。よく来たね。 この駄菓子屋の若夫婦、まだ役に入りきれていなくてね……。ほう、君も知っている子たちなのか。
だがね、この横丁では『学校の先輩後輩』なんて関係は捨てなさい。 彼らは今、昭和の空気の中で愛し合う『本物の夫婦』になろうとしているんだ。 ……フフ、君には刺激が強すぎるかな?
次回、第35話『夫婦の演技指導と、四畳半への招待』お二人さん、私はそこまで仲良くしなさいとは言ってないぞ……




