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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第31話:電子相性診断機と、暴走する愛の論理

ここに手伝いに来る理由はない。

相手の言ってることが、どういうことかわからない。


おばさんの声に応えるように、奥から「はぁい」と聞き覚えのある声がする。


その声は、冷ややかな、しかし熱を帯びていて、書類の山に埋もれた奥のデスクから聞こえた。

ふと、稲毛先生の言葉が脳裏をよぎる。


『恐るべき執念で資料やデータを掘り起こすリサーチの鬼』


『図書室にいるあの子だ』


……あの声は、もしかして。


俺は首を振って、嫌な想像を追い払った。

いくらなんでも、そんな都合よく遭遇するはずがない。

しかし、ここは資料室だ。


仮にあの子だとしても、俺は今、銀さんの部下として、いや、弟子として、大事な仕事をしに来たんだ。悪いが相手をしているわけにいかない。


「すみません、銭湯のセットを作っているんですが、入り口に貼る『入浴の心得』の看板に書く、当時の文言を確認しに来ました!事務所の資料室に古い日誌と聞いたのですが……」


古びた書類の山脈からの返事はない。

おばさんを振り向くと「たぶんそっちだ」と言いたげに目配せをされたので、積まれた本を崩さないように、おそるおそる奥に入る。


「失礼しまーす……へ?」


そこにいたのは、予想通りの、いや、予想を遥かに超えた姿の人物だった。

丸眼鏡の奥で、理知的な瞳が冷ややかに光る。

大正時代の書生のような矢絣やがすりの着物に、海老茶色の袴。足元は編み上げブーツ。


まるで、探偵小説に出てくる「探偵助手」そのもののいでたちをした岩瀬鈴江さんが、そこに鎮座していた。


「あ……やっぱ、いた……」


彼女にも役があるのか?いや、文化祭でも簡素なコスプレで逃げ切ってるのだ。

引き受けるとは思えない。


だいいち、資料編纂の作業でそんな探偵じみた格好が必要あるのだろうか?

何から言えば良いのかわからず立ち尽くす俺を、岩瀬さんはなめ回すように見ると、少々芝居がかった口調で言う。


「待ちくたびれましたよ。

貴方が来ることは、稲毛先生から聞いていましたから」


俺がおばさんを振り返ると、我関せずとばかりにデスクのノートパソコンに入力を始めた。

すでに岩瀬さんの強烈な洗礼を受けたのだろう。


もはや、助けは来ない。


わなわなと岩瀬さんに向き直ると、彼女は眼鏡のブリッジをクイッと上げ、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。


これは、何かを企んでいる目だ。

しかも、岩瀬さんだけが満足するやつに違いない。

俺の膝から、力が抜けていく。


銀さんに貰った高揚感が、一瞬で冷や水をぶっかけられたように消え失せる。

稲毛先生の満面の笑みがフラッシュバックする。


『彼女をよろしくな』


よろしくされたくない。


「あ、あのさ……。俺は、銀さん……鎌ヶ谷さんに頼まれて古い業務日誌のコピーを取りに来ただけで……」


「鎌ヶ谷さん? フフ、そんなもの知ったことではありません。後回しです。それより、見てください」


鈴江さんは、俺の言葉を無視して、一枚の古びた週刊誌の切り抜きを突き出してきた。

仕方なく目をこらして覗きこむ。

昭和44年発行の『週刊・昭和実話』という、おじさんたちが読みそうな雑誌だ。


そこには、男女が奇妙な機械から伸びたコードの先を握り合っているイラストと、扇情的な見出しが踊っていた。


「『愛の数値を測定せよ! 驚異の科学玩具・電子相性診断機!』……これ……なんかテレビで見たことあるよ。

二人で電極を握って、手をつなぐことで針が振れるやつだったかな?」


「ハハハッ……甘いですね。これは単なる玩具ではありません。

『発汗作用と心拍変動による電気抵抗の変化』を利用した、れっきとした生体計測器の先駆けです」


鈴江さんは、記事を食い入るように見つめながら、早口でまくし立てた。

その様子に既視感を覚える。


「当時の恋人たちは、この『嘘発見器』のような機械を通じて、目に見えない『情念』を『数値』として可視化しようと試みたのですっ!……なんて素晴らしく愛らしい探求心だと思いませんか?」


「はあ。まあ、手をつなぐ口実にはなりそうですけど」


「口実? 違います。これはれっきとした『情念の実証実験』です。

そして、私たちもこの尊い精神を受け継がねばなりません」


彼女はバッと顔を上げ、俺を見た。

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「今回のプロジェクトのテーマは『ノスタルジー』。つまり、『過去にあったかもしれない物語』を再構築することです。

ならば、私たちが新たな都市伝説を捏造……いえ、創造する必要があります」


「いやいや、いくらなんでも捏造はマズいよ」


岩瀬さんの目が据わっている。

自分の言葉に酔っていて、俺の言葉は聞いちゃいない。


「そのために、まずは基礎データの収集が必要です。

残念ながら実機は手に入りませんでしたが、原理は理解しました。

ならば、私たちが人間生体テスターとなって、この横丁で実証実験をする義務があります」


「……はい?岩瀬さんは資料編纂じゃないの?」


「だまらっしゃい。あなたは私に従えば良いんですっ」


早く銀さんにコピーを持っていきたい。

そんな俺の事情などお構いなしに、岩瀬さんは、机の下から自作したと思われる怪しい装置を取り出した。

テスター(電圧計)に、銅線を剥き出しにしたようなコードが繋がれている。

きっと、あのおばさんをヘンな理屈で遠ざけて、本来の仕事をほったらかして作ったようだが、機械作りは苦手なのだろう。

俺から見ても雑な作りだった。


しげしげと眺めているのを見て、岩瀬さんは嬉しくなったのか、自慢げに語り始めた。


「つまり、物理的な接触による生体反応のデータ収集です。

さあ、誉田くん。そっちの端子を握ってください」


「い、いやだってば。俺は資料のコピーが欲しいだけなんだよ。

だいたい何だよそのわけのわからない装置!」


「大丈夫、電圧は微弱です。……さあ、早く! 貴方が私の手を握った時、この針がどれだけ激しく振れるか、確かめるのです!」


岩瀬さんは、袴の裾を翻してずいずいと俺に迫ってきた。

その顔は(あか)い色を帯びていて、目が潤んで鼻息が荒い。

岩瀬さんのつけているデオドラントらしい柑橘系の甘い匂いが漂う。


まずい、興奮しすぎじゃないのか。稲毛先生の警告通り、このままでは「暴発」する。


「ちょ、落ち着いてよ、岩瀬さん! 俺はやることが……!」


「これがその「やること」です! 貴方の正体を暴くための、重要な実験なのですよ!」


彼女の手が、俺の腕を掴んだ。

その手は湿っていて、異常に熱い。


「し、正体?」


「さあ、捕まえましたよ!」


彼女の執着がなせるのか、華奢な身体とは不釣り合いな力で掴まれて、振りほどくことができない。


「大人しく観念なさい! スイッチ・オン!」


「離してくれよ、やめてくれぇぇぇ!」


俺が絶叫した、その時だった。


ガチャッ!!


俺の入ってきたドアが、乱暴に開け放たれた。おばさんがビクッとしてドアを見る。


そこには、ペンキのついた軍手をはめた作業着姿の銀さんが立っていた。

【担当:鎌ヶ谷銀次郎(現場監督)】

やれやれ……。 事務所で若いのが痴話喧嘩たぁ、穏やかじゃねぇなぁ。 おい、そこの眼鏡の嬢ちゃん。 俺の可愛い部下リソースを、勝手におもちゃにしてんじゃねぇよ。

……社会の『筋』ってもんを、教えてやろうか?

安心しろ。俺はそんなヘンテコな機械より、正確に相手の胆力を測れるぜ?


次回、第32話『あかい路地裏と、捏造された伝説』 ……災難だったな。ほれ、ニッキ飴でも食え。

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