表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/39

第30話:職人の審美眼と、資料室の待ち人

描かれているのは、銭湯の定番・富士山。だが、その雲のグラデーションや空の青さは、作り物のセットの中で唯一『本物の奥行き』を持っていた。


このセットが完成したら、隈取りをした豪快な相撲取りが出てきそうだな、と思っていると、銀さんと呼ばれた男性が振り返りもせずに言う。


「……おう、ありがとさん。そこに置いといてくれ」


「おいおい、物じゃないぞ。バイトの誉田灯くんだ」


「おう、すまん。話してたアンタの弟子だな」


銀さんがゆっくりと振り返る。頭はタオルを巻き付け後ろで縛る、いわゆるファーマー巻きで、塗料で汚れた年季の入った作業着。

そして口にはハッカパイプをくわえている。

役ではない、リアルに昭和な雰囲気を漂わせる「ザ・職人」と言うべき感じの人だ。


見たところ、日立先生より一回り年上に見えるので、年齢は60代くらいだろうか。

振り返った姿のまま『銀さん』と呼ばれた男性は鋭い眼光で俺を射抜いた。


言われてもないのに、背筋を伸ばして直立不動の姿勢になる。


「は、初めまして! 誉田灯です。よろしくお願いします!」


俺が頭を深々と下げると、銀さんは、足場からひょいひょいと軽やかに降りてきた。

その身のこなしは、文化祭の後夜祭に屋上で見た、陽菜のパルクールより合理的でムダがない。


俺の目の前に立った銀さんは、アゴをしごいて品定めするように俺を見た。

軍手を外したゴツゴツしたその手は、様々な仕事をこなしてきた、まさしく職人の手だ。


「……ふん。思ったより、ひょろっこいな。

腕立てぐらいやっとかねぇと、いざってときに踏ん張りがきかねえぞ。身体が資本だ」


「は……はあ……」


日立先生は少し離れたところで、ニヤニヤしながら俺たちのやり取りを見ている。


「だが、筆使いには迷いがねぇな。良いもの持ってると思うぜ」


「……え?」


銀さんの口から出た意外な言葉に、俺は顔を上げた。


「日立に見せてもらったよ。いつだったか、このモールでやってた日立の展示会に出してた絵だ。

……ほれ、筆ペンで描いた、雨上がりの風景画だよ」


ハッカパイプを持った手で、ゼスチャーするベテラン職人。

握られたハッカパイプが何だか煙管(きせる)に見える。


「あの時……!」


笑みをたたえながらうなずく銀さん。

確かに、俺は絵画教室の生徒の作品として参考出品していたのだった。

そして、あの展示会で日立先生は、珍しく来客が多かった。


その中に銀さんがいて、俺の作品を見ていたのだ。


それも、プロの目で。


「でもな、正直、日立から習ってんなら、もうちっとデッサン頑張らねぇと、日立が可愛そうだぜ。

ま、学校で習うような『上手い絵』じゃねぇわさ」


「……すみません」


「謝るな。……俺が言いてぇのは、『気持ちに嘘がねぇ絵だ』ってことだ」


銀さんは、描きかけの富士山を親指で指した。


「今の世の中、小奇麗でただ上手いだけの『死んだ絵』が多すぎる。

だが、お前の描いた『雨上がりの路地』には、お前さんの気持ち、つまりお前さんの感じた湿度があった。

色がねぇのに、アスファルトの匂いが漂ってきやがった。……久しぶりにそんな絵を見てな」


嬉しそうに天井の夕焼け空を見る銀さんの横顔を見て、俺の胸の奥が、熱くなった。


「それとな……」


銀さんが俺に向き直った。

眉間に皺が寄っているが、眼差しは春のひなたのように柔らかい。


「お前さんの絵、たいていは素通りしてたが、俺と……あと二人、デートっぽい兄ちゃんと姉ちゃんは、その絵の前で足を止めてたぜ」


「……え」


「覚えてるぜ、ベレー帽をかぶった目のくりくりしたお姉ちゃんだ。

顔を真っ赤にして、まるで恋人を見るような目で立ち尽くしてやがった」


心臓がドクリと跳ねた。


あの時、典子先輩は、ちゃんと俺の絵を見てくれていたのか。


俺が気づかないところで、俺の絵は誰かに届いていたんだ。


「あの姉ちゃんたちには『熱』に見えたんだろうが、俺には『雨上がりの静けさ』に見えた。

同じ絵でも、見るやつによって色が変わる。……それが描けるのは、お前が『余白』の怖さを知ってるからだ」


「銀さん、そろそろ仕事を再開しないか?灯くんを育ててみたいって言ったのはアンタだろ?

そんなもったいつけてないで、どんどん灯くんに銀さんの「持ってるもの」を教えてあげなよ」


「わ、バカ!余計なこというなよ」


「ハハハ、このままだと一晩中話しそうだから、納期に間に合わないって思ってな」


「え……納期、厳しいんですか?」


「余裕はねぇな。日立やモールの奴らの要望がややこしくてな」


ジロリと日立先生を睨む。

首をすくめる先生だが、銀さんの目は笑っていた。


「一人じゃギリギリだが、お前さんもいれば何とかなるだろ……いや」


心配する俺に銀さんはキッパリと言った。


「間に合わせる。納期が遅れたら、他のみんなが困る。

納期は第一。仕事ってのはそういうもんだ」


銀さんの言葉には力があった。

きっともっと厳しい現場がたくさんあったに違いない。


「よし、坊主、頼むぞ ……あ、まずは、だな」


銀さんが思い出したように手を止めた。


「銭湯の入り口に貼る『入浴の心得』の看板を描きてぇんだが、当時の文言がわからねぇ。

事務所の資料室に古い日誌があるはずだ。日立から作業着を受け取って着替えたら、ひとっ走りコピー取ってきてくれねぇか?」


「資料室……ですか」


一瞬、稲毛先生の言葉が蘇ったが、今の俺は「銀さんに認められた」という高揚感と「納期が迫っている」という切迫感でそれどころではなかった。


「わかりました! すぐに行ってきます!」


「おう、頼んだぞ」


俺は、日立先生からニッカポッカと足袋靴の衣裳を受け取って、意気揚々と銭湯セットを飛び出した。


プロである銀さんに認められた。

その事実は、俺の背中をぐいぐいと押した。気持ちが沸き立ってしかたない。


俺なんて、ちょっと絵が描けるだけのモブ野郎と思っていたのに、あの人は「技術」と「心」を見てくれた。

飛び込むように入った更衣室で、ペンキ職人の衣裳に着替えるのももどかしい。

慌てて更衣室を飛び出すと、工事の案内板に戸惑いながら、迷路のような通路を抜けると、ベニヤ板と足場で組まれた、お客さんから決して見えない「昭和の裏側」が現れた。


そんな「バックヤード」の世界には、無骨なコンテナハウスがいくつも連結されて並んでいる。

これが『昭和ノスタルジー横丁・統括事務所』なのだった。


イベント終了後の撤収を考慮して設置された、仮設の管理棟である。

表の「昭和の温かみ」とは対照的な、実務的な建物。


もらったばかりのIDカードをかざして入る。


入り口近くのデスクに座っていた若い男性に要件を告げると、建物の一番奥の資料管理課に銀さんが見たい資料があるのでは、と案内してもらった。


「えっと、資料管理課……ここか。失礼しまーす」


ガチャリ。


「あら、お疲れ様です……あなた、誉田くん?」


中に入ると、市役所の人かモールの社員であろうおばさんにいきなり話しかけられた。

知り合いだろうか?誰かわからず驚いていると、


「あら、誉田灯くんという子が手伝いに来るって聞いたもんだから……ちょっと、誉田くんが来たわよ!」


どういうことだ?

【担当:岩瀬鈴江(資料編纂担当(志筑高校より参加)/探求者)】

遅いですね……。 貴方が来ることは、計算済みですよ、誉田くん。 『リサーチの鬼』? 失敬な。私はただ、真実データに誠実なだけです。

さあ、覚悟はいいですか? この日のために、特別な『実験装置』を組み上げました。 逃げ場はありませんよ。ここは、私のテリトリー(資料室)ですから……フフフ

次回、第31話『電子相性診断機と、暴走する愛の論理』 さあ、貴方の深層心理エロス、丸裸にします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ