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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第一章 幼馴染の動悸が止まらない —— 始まりは、文化祭の微熱から

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第3話:美術部のOGと、芸術的インスピレーション

「..….本企画は、『文学作品の登場人物が持つ内面的な葛藤を、衣装という視覚的なメディアを通して表現する』ことを目的とし、生徒の自主的な芸術的解釈を推奨するものである。」

— 令和7年度 1年B組 合同文化祭 生徒会提出企画書『文学コスプレ喫茶』より抜粋


文化祭当日は、柔らかな日差しのお出かけ日和になった。

合同文化祭ということもあり、志筑高校と小見山高校の関係者や一般の来校者でごった返す校舎は、いつも以上に賑やかだ。


「今なら空席ありますよー、1-Bの文学コスプレ喫茶!お立ち寄りくださーい!」


廊下に響く海老名のデカくて通る声を聞きながら、テーブルを布巾(ふきん)で拭き、イスを整える。

奥の席にいた、誰かの保護者らしき中年の男女が手をあげているので、歩み寄って注文を取る。コーヒー二つとモンブラン。注文の確認とお礼をして店の奥にいたキッチン担当に注文を伝える。


俺は経験はなかったが、ウェイターとして大きなミスもなく、なんとかやっていた。


キッチンコーナーから戻りながら、飾り付けられた教室を眺める。

フリフリの服を着た女子たちの「おかえりなさいませ、ご主人様!」という甲高い声と、客の笑い声で教室は活気と熱気に満ちている。

入り口の看板には『文学コスプレ喫茶』と書かれていた。

メイド喫茶というのは、俺たちクラスの中で呼んでいるだけで、生徒会には『文学などの物語の登場人物のコスプレをした喫茶店』という届け出をしていた。

名前も長かったので、誰かが冗談交じりにメイド喫茶と呼び始めたら、いつの間にか定着してしまったのだ。

女子が思い思いの可愛らしい服で接客している。

俺は文学はあまり詳しくないけど、みんな一様にフリフリの衣裳なのはなぜだろう?

赤ずきんやら、白雪姫なんかに見えなくもないが、文学コスプレにしては可愛らしさであふれかえっている。

それにしても、白雪姫がご主人様って言うのだろうか?

きっと、あの娘のイメージでは、そう言うのだろう。変に聞いても面倒なだけだ。


面倒ついでに、この際だから、フリフリ姿の女子はメイドと呼ぶようにしよう。


だいいち『文学作品の登場人物の内面的な葛藤を表現するフリフリのコスチューム』と毎回考えるのは、あまりに思考のコストが高い。どうせクラスの連中も、客も、みんな『メイド』と呼んでいるんだ。俺も業務に支障が出ないよう、これ以降は便宜上『メイド』と呼ぶことにしよう。……もちろん、建前は文学、だ。


「い、いらっしゃいませ、ご主人様!」


陽菜もいつものジャージ姿と打って変わって、フリフリな服を着て恥ずかしそうに接客している。

アクアブルーと白を基調としたフリルやレースをあしらった服で、エプロンや頭にちょこんと乗ったカチューシャにも、フリフリな飾り付けがされていた。

きっと、不思議の国のアリスのアレンジコスプレなのだろう。

長い付き合いだけど、あんな可愛らしい服を着ている彼女は見たことがなかった。きっと誰かに衣裳を借りたのだろうが、それにしても、借りたにしては、妙に似合っている。

やはり、アスリート体型なので、借りた服だろうが、何を着ても似合うのだろう。

黒いパンプスは履き慣れていないのか、ちょっと足取りがおぼつかない。

いつもジャージ姿のスニーカーで快活に歩く陽菜を見ているので、いつもと違う服装でチョコチョコと歩く彼女が別人に見える。


一方で、俺自身は制服に地味な黒のエプロン姿で、注文を取ったり、料理を運んだりしている。主役は女子だから、これぐらいがちょうどいい。


「お、ちょっと落ち着いたかな……」


俺は教室の隅に移動して、エプロンから小さなスケッチブックを取り出した。

最初は慣れない接客に戸惑っていたが、しだいに余裕も出てくると、場が落ち着いた頃を見計らって、さっとスケッチブックを開き、可愛らしく賑やかな教室の様子を素早く描いていた。

裏方の俺までウキウキする瞬間がたくさんある。


ニコニコしてモンブランを美味しそうにパクつく小見山高校の生徒さんたち。

赤ずきんらしきメイド女子と、楽しげに話す、知り合いっぽい保護者さん。

カウンター裏のフリフリ女子たちのわちゃわちゃ。

そして、可愛らしいアスリートメイドの陽菜。


せっかくの機会だし、文化祭という活気のある特別な時間を、俺なりに切り取っていくことにしたのだった。

そして後で見返して、気に入ったスケッチを改めて筆ペンで描き起こすつもりだ。


「あ、いたいた! 灯くん!」


混雑している入り口の方から、聞き覚えのある少し大人の女性の声が聞こえた。


「あ、つくばさん!」


俺は慌ててスケッチブックを閉じ、声の方を振り向いた。

そこに立っていたのは、美術部のOGである美大生の日立(ひたち)つくばさんだった。

美大生らしいどこか洗練された雰囲気がある彼女は、俺の通う「ひたち絵画教室」の先生の娘さんでもある。

絵画専門の日立先生と違い、彫刻が専攻のつくばさんは、先生のアトリエで見かけるオーバーオールの作業着ではなく、今日は落ち着いたトーンの私服姿だ。

ただ、手に、私服の雰囲気に釣り合わない大きな「ひたちかいがきょうしつ」とプリントされたトートバッグを提げていた。


「よかった、すぐに見つけられて。お父さんから頼まれたの。ほら、次の課題の画材と資料よ」


つくばさんは、そう言ってトートバッグを俺の目の前に差し出した。


「え、わざわざすみません!先生のところに取りに行こうと思ってたのに……」


「美術部の後輩たちに会うつもりだったから、ちょうどよかったんだけど、人使い荒いのよ、お父さん……ああ、重かった……」


文化祭準備の関係でしばらく教室に行けないことを日立先生に伝えたら、準備の合間に出来そうな課題を出す、と言っていた。

だけど、まさか文化祭の真っ最中に、画材と資料が届けられるとは思わなかった。

俺は恐縮して両手でバッグを受け取ろうとした瞬間、俺の手が、つくばさんの手に偶然触れてしまった。

一瞬の静寂。周りの喧騒が一気に遠のいたように感じる。


「ひゃっ!……///」


つくばさんの体が、びくっと大きく震えた。トートバッグがドサリと落ちる。

つくばさんの顔が、メイド喫茶の熱気のせいではない、妙な赤みで染まっていく。彼女は、目を大きく見開き、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。


「あ、つくばさん、ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」


俺は謝罪したが、つくばさんは俺の言葉が聞こえていないようだった。

彼女は、俺と触れ合った手を交互に見つめ、眉間に深いシワを寄せ始めた。そして、俺の全身を品定めするような目でじっくりと見つめた後、無意識のうちに自分の前髪をいじり始めた。


「な、なんて、熱量がすごい素材なの……!」


彼女は独り言のように呟いた。俺の目には、彼女が急に何かのインスピレーションに打たれたように見えた。


「つくばさん……?先生から何か課題について聞いているんですか?」


俺が資料の入ったバッグを心配そうに見つめると、彼女はぶんぶんと首を振った。


「ううん、違うのよ、灯くん!たったいま、内側から湧き出てきた、ドロドロとした情念......!これは、芸術の神が私に与えたもうた試練だわ!」


つくばさんはそう言うと、俺を通り越し、教室の中をブツブツと言いながら歩き始めた。

他のお客さんが独り言をつぶやくつくばさんをポカンと見つめる。


しかし、俺にとって、この様子は珍しくない。


つくばさんは、作品を作るときはブツブツ言ってインスピレーションを高めることを、俺の通う絵画教室では、この光景を『つくばの念仏』と呼んでいるのだ。

独りの世界に入って歩き回るつくばさんのおかげで、ファンシーな雰囲気の教室が一気に冷める。

見慣れている俺には何のことはないが、俺以外には不気味に見えても不思議はなかった。

見かねた陽菜がつくばさんを席に誘導する。

陽菜は元気いっぱいに「お姉様、こちらにどうぞ!」と言った後、俺に目をやって顔を赤くし、何か言いたそうに、そわそわしている。


「あ……」


落ちたトートバッグはそのままだった。


「お姉様、お荷物お持ちしますねー」


俺は拾い上げようとしたが、さすがアスリートと言うべきか、陽菜が先に動いてバッグに手をかけた。

フリフリの可愛らしい姿だが、中身は現役の陸上選手なのだ。つくばさんが重たいと言っていたトートバッグを軽々と持ち上げて、空いている席へつくばさんをうながす。


「お姉様、何をお飲みになりますか?」


平然として、トートバッグを抱えながら、陽菜は注文を取り始めた。


「……!」


つくばさんは、目を丸くして陽菜を見つめる。そして、カチューシャからパンプスまで何度も視線を行き来させる。


【次回予告:キッチンコーナーからの悲鳴(神栖陽菜)】 「ねえ灯くん、あのお姉さん、さっきから私の筋肉をじろじろ見てブツブツ言ってるんだけど……。

え? 『ダビデ』? ……それって新しいメニューかな? え? ケーキが美味しくなるおまじない? ……や、やるの? 私が!? 次回、第4話『フリルをまとったダビデと、萌えキュンの洗礼』。 見ててね……私の、三段跳び級の覚悟!」

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