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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第一章 幼馴染の動悸が止まらない —— 始まりは、文化祭の微熱から

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第2話:図書室の密談は、妄想の始まり

翌日ともなると、文化祭準備も大詰めを迎え、学校はますます賑やかになった。

廊下を段ボールを抱えた生徒や、きらびやかな衣裳をまとった演劇部が往き来している。

俺はクラスの騒がしさから逃れるように、静かな図書室へと向かった。


騒がしいのは理由があった。


俺の通う志筑高校は、数年おきに、近隣の小見山(おみやま)高校と合同文化祭をおこなっている。

この二校は、もともとは同じ学校だったが、学区の再編成で分かれていったらしい。姉妹校の縁で、昔から合同文化祭を数年おきにおこなうという伝統があるそうで、今年がその年だ、と文化祭の全校通知のプリントに書いてあった気がする。

特に今年は、志筑高校が会場なので、騒がしいのは例年以上、と担任の稲毛(いなげ)先生が楽しそうに言っていた。


ウチのクラスのメイド喫茶は、いち早く準備が完了し、後は明日の本番を待つばかり。

気の早い一部の女子が、メイド服に着替えて「お帰りなさい、ご主人さま♪」とかやっていて、男子が異様な盛り上がりを見せていた。

陽菜もメイド姿になるのかな、と思っていたら、陸上部の追い込み練習があるそうで、今日は欠席していた。

前日と打って変わって、クラスはまったりとした雰囲気だ。時々ポロッと落ちた飾り付けを、気がついた誰かが付け直している程度だ。

準備も終わっているみたいだし、俺の作業もない。陽菜もいない。騒がしい教室にいても仕方ない。


シレッと教室を出て、図書室に向かう。


入ってみると、図書室は、文化祭前の喧騒が嘘のように静まり返っている。

何人かの先輩たちが問題集や参考書を広げていた。

受験を控えているので、文化祭に浮かれている場合じゃないのかもしれない。俺も二年後にはああなるのだろうか。

行き慣れた書架の間を歩き、スイスイと美術コーナーにたどり着く。

筆ペン画の参考になりそうな本を探していると、見慣れた顔が俺の視界に入ってきた。


「あれ、岩瀬さん、今日は委員の仕事なの?」


岩瀬鈴江(いわせ すずえ)さんは、クラスでも一際目立たない、小動物のような女の子だ。

図書委員で、教室ではいつも真面目な顔で難解そうな本を読んでいる。


「あ、誉田くん……」


返却された本を書架に戻していたのだろう、カートに本が積まれていた。

彼女は俺に気づくと、なぜか手に持っていた紫の手帳をぎゅっと握りしめた。


「はい、今日は私は当番なんですよ。クラスの準備も終わっているので、委員長に許可をもらいました。それより、誉田くんは図書室に何の御用?何かお探しですか?」


岩瀬さんは畳みかけるように俺に質問する。

彼女に気圧されて「そんなに問い詰めなくても、」と言いかけたその時、図書室の奥からクラスメイトの男子、小田原が「おーい、誉田!」と声をかけてきた。


「おう、小田原か。どうした?」


「悪いな、誉田。実はさ、メイド喫茶の呼び込み看板を作るのに、良いデザインが見つからなくてよ。参考になる本知らないか?」


「ああ、ここら辺かな。ほら」


「おっ、これか?」


俺は、イラスト素材やデザイン集のあるコーナーを指し示そうと手をのばすと、その瞬間、タイミング良くせっかちな小田原と俺の手が触れ合った。


「うおっ、すまん!」


「いや、こっちこそ」


俺たちは手を引っ込めながら、気まずそうに笑い合った。


「ああっ……!」


小さな叫び声が聞こえた。

声の方をふと見ると、俺と小田原の手がぶつかった、その一部始終を見ていた岩瀬さんの体が、ぷるぷると震え始めた。

彼女は俺と小田原を交互に見て、口元をにやけさせ、鼻息を荒くしている。

心なしか、顔も赤い。


「岩瀬さん?どうした?」


「はわわっ、お花畑劇場開演っ!ともるんが、おだわらっちと……ああっ、尊いっ///」


「え、お花畑? キャラメルか何かか?」


うわずった声で奇妙なことを口走った岩瀬さんは、ニヤけた口を押さえ、大きく深呼吸をした。


「い、いえっ……ななななんでもないんです!た、ただ、文化祭の演劇部公演「運命の(つがい)」、すっごく楽しみだな、って!」


そうまくし立てると、もじもじとする彼女はまた手帳をぎゅっと握りしめた。

その目は潤んでいて、焦点があってないように見える。

まるで何かに感動しているかのようだ。


「……演劇部? 変なこというやつだな、大丈夫か?」


いつも大人しい岩瀬さんの突然の変わりように、小田原がつぶやく。

俺と小田原は顔を見合わせ、苦笑いをして、少し後ずさりする。


「あ、ここら辺が良さそうだな」


豹変した岩瀬さんを、見なかったような素振りをしながら、小田原は俺の指し示したコーナーを眺める。

ピンときた本があったのか、小田原は数冊の本を取り出し、貸し出しカウンターに向かっていった。


「ありがとな、誉田」


振り向いた小田原に片手をあげて見送る。

ふと振り向くと、岩瀬さんは俺と小田原が触れ合った場所をじっと見つめて、握りしめた手帳にブツブツ言いながら、何かを一心不乱に書き込んでいる。

ニヤけた口元にギラついた目。

小動物フェイスが肉食獣に見える。


「岩瀬さん、まだそこにいたのか……」


俺は、彼女の手帳に目を向けた。

使い込まれたようなその手帳は、何かがびっしりと書き込まれているようだったが、遠目からなので、俺には何が書かれているのか分からなかった。

いつも図書室にいる彼女なので、きっと図書委員の仕事メモなのだろう。


「岩瀬さん、なんか面白そうなこと書いてるのか?」


俺がおどけたような声をかけると、岩瀬さんはハッとしたように顔を上げて、慌てて手帳を閉じた。

そして、戸惑ったように視線を逸らし、手元で指先をもぞもぞと動かす。

目のギラつきは徐々におさまり、いつもの小動物フェイスの岩瀬さんになりつつあった。


「いえ、これは、その……」


言いよどむ彼女の頬は、ほんのり赤く染まっていた。心なしか息も荒い。

俺は、ますます不思議に思った。ただ手帳に何かを書いているだけなのに、どうしてそんなに戸惑うんだろう?

図書委員の仕事メモだから、恥ずかしいことないのに。

大きく深呼吸した彼女は、すっかりいつもの小動物のような表情に戻り、俺の顔をまじまじと見る。

そして、視線はそのままで、人差し指で唇をトントンと触り始めた。

図書委員の目の前でちょっと騒ぎすぎた。

お叱りを受けても文句は言えない。

身構えていた俺に、岩瀬さんは予想外の言葉をかけた。


「あの、ともるん……いえ誉田くん……その、お、お友だちは……」


小動物フェイスに戻っても、まだ興奮しているのか、岩瀬さんは声が震えている。 


「へ?お友だち?」


お叱りではなかった。サボりを担任にチクられても困るので、ホッとする。


「あ、ああ、小田原のことか?岩瀬さんも知ってのとおり、ただのクラスメートだぜ。あいつはバスケ部だし、で、俺は帰宅部だから、友だちというほど仲が良いわけじゃないけど……」


「そ、そうか……。そう、ですね。あ、あ、でも……」


小動物フェイスに戻っても、岩瀬さんは妙に食いついてくる。

肉食獣とは違う、ガツガツした感じだ。


普段の彼女ってこんなだったっけ?


いい加減、一人になりたいので、話題を変えてみる。

返却本が積まれたカートはそのままだ。気づいてもらおうと、遠回しに仕事の話を振ってみた。


「そういえば、岩瀬さんっていつも図書室にいるよな。図書委員って結構大変なんじゃないか?」


「ぜ、全然! むしろ、こっちの方が……。いや、なんでもないです」


岩瀬さんは、何か言いかけて口をつぐんだ。そして、俺の顔を見て、今度は「んーっ」と息を吹きかけて、前髪を吹き飛ばそうとした。


遠回しに言ったのでは効果がなかった。


岩瀬さんのしつこさに、俺は、ますます訳が分からなくなった。

遠回しではダメなので、ストレートに伝える。周囲に気づいてもらうために、少し声を張った。


「あのさ、岩瀬さん、俺が言うのもなんだけど、図書委員の仕事はいいの? カートがそのままだよ」


小田原は気がついていなかったけど、このまま岩瀬さんに捕まっていては、教室を抜け出た意味がなくなってしまう。

岩瀬さんの様子も何だか不気味なので、早く一人になりたかった。


「あ……そうだった」


我に返った岩瀬はカートに歩み寄った。名残り惜しそうに俺を見つめる彼女の視線がなんだか怖い。


「い、岩瀬さん、まだ何か用かい?」


「あの、あの……」


岩瀬さんは言い淀む。

そして再び大きく深呼吸して、俺に真っ直ぐな視線を向けてきた。

その顔は、まるで何か大きな決意を固めたかのように真剣だった。


なんだなんだ、俺が何をしたっていうんだよ。


「あの、私、誉田くんの絵、見てみたいです!」


「え!?」


俺がイラストサイト『残響画廊(こだまがろう)』に投稿しているのがバレたのか?

それに、岩瀬さんは何で「()()」を知っているんだ?

訳がわからない。サイトに投稿していることは、陽菜だって知らないのに。


「じ、じゃあ、私、仕事に戻りますっ!」


爆弾発言をくらってパニック気味の俺に構わず岩瀬さんはそう言うと、手帳を握りしめながら、カートをガラガラと走らせて、図書カウンターの後ろに消えた。

受験勉強している先輩たちが、あからさまに舌打ちしたり「図書委員が走るな」と文句を言っているのが聞こえる。


俺は図書室に残された静寂の中で、またしても首を傾げるしかなかった。

図書室の隅にある、読書机にドカリと座り、ため息をつく。

なぜ、みんな俺の周りで変な行動ばかりするんだろう?

そして、岩瀬さんがイラストサイトのことをなぜ知っているのか。


疑問が浮かんでは消える。


俺は無造作に読書机に放ったスケッチブックと筆ペンを改めて手に取って眺める。

明日は文化祭本番なのに、気持ちが落ち着かない。明日はどんなことが起きるんだろう。

【次回予告:どこかのアトリエからの呻き声】 「……足りない。何かが足りないわ。 この退屈な世界を切り裂くような、ドロドロとした情念の『原液』が欲しいの。 ……ん? なにこの匂い。文化祭の方から、強烈なインスピレーションの香りがするわ……! 次回、第3話『美術室のOGと、芸術的インスピレーション』。 待っていてね、私のミューズ(いけにえ)。」

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