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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第三章 四色の『赤』と、蘇る翼

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第18話:静寂の図書室、たぎる妄想の方程式

岩瀬さんは、本を戻す位置は問題ないと言ってくれたけど、たぶん、画集を戻した場所がよほど見当違いだったのだろう。

資料がある言われた棚、『B列27棚』の位置も教えてもらおうと思ったけど、先に彼女に「自分で確認しろ」と言われてしまったので、すごすごとその場を離れる。


振り返ると、岩瀬さんはまだ画集を持っていた。おもむろに拡げると、赧い顔のまま食い入るように見ているのが見えた。


「何だよ、あれ。返却された本のチェックにしてはやりすぎじゃないのか?」


図書室の本を汚したことなんてないのに、とムッとするが、今は資料探しが優先だ。気を取り直して言われた棚に向かうと、確かにそれらしい本が並んでいる。


何冊か斜め読みしてみて、スポーツライターの蔵原走が書いたノンフィクション「跳躍選手の光と影、身体の極致」とトレーナーの田沢慎吾のトレーニング本「肉体という名の未来の建築」という二冊を借りることにした。

どっちも仰々しいタイトルだけど、俺でも理解しやすく書いてある。

特にトレーニングの本は、ちょっと精神論が暑苦しいけど、初心者に合わせた内容だった。


せっかくなので、その回りの本も眺めていたら、「社会・企業」の棚の一角だけ、誰かが乱暴に抜き差ししたせいで、一冊だけ並びから飛び出ている、手垢だらけの本があった。

よく借りられているか、読まれているのだろう。物珍しさもあって棚から引き抜く。


「空を掴む御曹司の経営哲学」というタイトルで、高校生向けのキャリア啓発本のようだ。書いたのは安田一平という大企業の社長さん。


取り出して、表紙を見たら、手垢がついている理由がわかった。

サブタイトルに「オトコにもオンナにもモテまくる!トップ経営者の情念マネジメント論」という高校生向けキャリア本にしては、やけに扇動的なタイトルだ。


陽菜やつくばさんの笑顔が頭をよぎり、思わず手に取って、立ち読みを始めた。


安田さんが特例で高校を2年で卒業してから、全国各地を回って、様々な出会いと、いろいろな経験を積んだ半生のあたりに差しかかったところで、声をかけられた。


「誉田、そんなところで何を探している?」


振り返ると、そこに立っていたのは、同じクラスの茅ヶ崎蓮(ちがさきれん)だった。

優等生の茅ヶ崎とはあまり関わりはないが、図書室でよく見かけるので、時々声をかけたりかけられたりしている。


「珍しいな、いつも美術書を借りているのに」


俺の抱えている本を見て、茅ヶ崎は不思議そうな顔をする。

いや、まあ、などと曖昧な返事をしてめくっていた本をパタンと閉じた。

安田さんの憧れの先生との思い出とか、ちょっと読みたかったけど、茅ヶ崎に勘ぐられても嫌なので、シレッと書棚に本を戻す。


周囲に人もいないので、小さな声で立ち話をする。

茅ヶ崎が言うには、図書室には、基本的に授業の予習や復習をするために来ているが、得意な物理に関連する本も読んだりしているという。


「スポーツの本でも、物理計算を重んじた本があってね……」


嬉しそうに差し出した本は「ゴルフ弾道の絶対値」という本だった。

有名なキャディの猿谷中丸さんが書いたのだという。なんでも風やメンタルという不確定要素も加味した弾道計算の論理が書かれているとのことだ。

俺には面白さがさっぱりわからないが、好きな人は好きなテーマなのだろう。


きっと、俺がアジアの美術について茅ヶ崎に話すのと似たようなものだ。


もう少し関連書籍を探すという茅ヶ崎に一言言って、俺は帰ることにした。

目的の本を見つけたし、あまり長居しても仕方ない。

貸出の受付カウンターに向かうと、いつの間にか書棚から戻っていた岩瀬さんが、相変わらず顔を赧らめて、こちらを見ていた。驚いたのか、潤んだ目を見開いて、口を両手で覆い隠している。

心なしか、呼吸は浅く、額に汗をにじませて小刻みに震えていた。

参ったな、と思ってカウンターに近づくと、図書委員が何かもごもご言っている。


「ハス様の静謐な声が、ともるんの素直な情熱を溶かしていく……」


「岩瀬さん、ちょっと良いかな?」


「……その魂の摩擦が、情念を燃え上がらせる『運命のつがい』の構図っ!」


貸出カウンターに借りたい本を置く。

まるで別の何かを見て実況しているようにも見える。

こっちには気づいてないか、気づいてないフリをしている。


「あのぅ、盛り上がっているところ、悪いんだけど、貸出手続きしてもらえますか?」


「ともるんの熱が、ハス様の知的冷徹さを溶解させ、魂の融合へと…… 」


「あのね……この二冊借りたいんだけど」


「魂の融合係数は測定不可能! 至高の結合!なんて尊い……」


人の話を聞いてほしい。


岩瀬さんの態度に、さすがにイライラしてくる。

さっきの本の場所を答えた時なんかすごく無愛想だし、前の「事件」や今の態度だって、この小動物フェイスが勝手に盛り上がって、こっちのことなんかお構いなしじゃないか。


「オイ、人の話を聞けよ、失礼だな」


思わず口に出してしまった言葉は、意外にもドスのきいたトーンとなってしまい、カウンター周辺に響いてしまった。

岩瀬さんを含んだ数人の図書委員がビクッとしてこちらを見る。


これじゃ、俺がクレーマーみたいだ。


「あ……ともる……いや、誉田くん、ごめんなさい、失礼しました……」


一層顔を赧らめてオタオタする岩瀬さんを見かねた、男子の図書委員が岩瀬さんに変わって応対することになった。

岩瀬さんは、心配そうな先輩の図書委員に寄り添われてカウンターの奥で休むようにうながされている。


「わ、私は、だい、大丈夫です。こ、これは、情念の法則を計算した際の、熱の放出に過ぎなくて……。風邪とか体調不良では……ありません」


まだ、よくわからないことを言って抗議していたが、受験勉強していた数人の先輩たちから「静かにしろ」と注意されてしぶしぶ別室に消えていった。

あんな状態で大丈夫なわけないじゃないか。熱心なのは良いけど、体調崩したら図書委員も何もあったものではない。


「あんな岩瀬さん、初めて見たよ。いつもは機械みたいにテキパキしてるのに」


目の前で本に貼り付けてある貸出用のバーコードをスキャナで読み取りながら、岩瀬さんに変わった図書委員がつぶやく。


悪いけど、そんなこと、知ったこっちゃない。


俺の何かを知っているような岩瀬さんの視線が不気味だ。

今度からはあの娘が当番の時はさっさと家で課題をすることにしよう。

貸出手続きを終えた俺は、図書室の掲示板に貼り付けてある当番表をチェックしてから帰宅した。

【担当:風間典子】

「合同文化祭の振り返りの打ち合わせで、久しぶりに志筑高校に来たわ。

陽菜ちゃん、頑張ってるかな。……あら?こんな時間までどうしたの、誉田くん?

ショッピングモールで見たあなたの絵、すごく素敵だった……ねえ、どんな絵を描いているの?

あなたのそのスケッチブック、私にも見せてくれないかしら。

次回、第19話「二つの恋と、揺らぐ信頼」

そこに描かれている『熱』に、私が触れてしまったら……どうなっちゃうのかな」

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