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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第三章 四色の『赤』と、蘇る翼

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第17話:腐女子の探求と、意外な協力者

あかは、光を受けるあけぼののように、内面の密やかな熱が、薄く表面を染める色である。これは、秘密の愉悦と露呈の羞恥が混ざり合い、筆がためらいながら触れる曖昧な感情の色だ。

赧みは、人が現実から一線を画し、己の創造した世界に深く没頭した証。その色は、純粋な愛というより、誰にも理解されない妄執に似ている。ゆえに、赧を扱うには、現実と妄想の境界が曖昧になることを受け入れる、静かな覚悟が要る。」

— 狩野 宗玄『色彩の情念:日本画における感情と技法』より


夜の美大生でつくばさんの手伝いをした翌日から、絵画教室の課題や投稿用の作品を無性に描きたくなった。

やはり、何かに一生懸命取り組む誰かの姿は、刺激的だ。陽菜にしても、つくばさんにしても。

やることは違うけど、彼女たちはひたむきだ。


月並みな言い方だけど、彼女たちを見て、俺も頑張らなくては、と、なけなしのヤル気が奮い立つ。

家にいるときは、描いたままにしていたデッサンやラフスケッチを引っ張り出して、作品に使えそうなものを選んで、筆ペンを走らせる。


そして学校にいる間は、校内のお気に入りの場所でスケッチして、季節の移り変わりを絵に落とし込む。


陽菜の大会はもうすぐだ。


約束どおり、当日は幼なじみの応援に行くのはもちろん、競技大会という俺にとっては異質な場所で、作品の題材を集めるためにスケッチするという目的もあるのだ。

そんなことを考えながら鉛筆を走らせていると、ピタ、と手が止まった。


「そういや、大会ってほとんど行ったことなかったな……」


かつて、母親や周囲に陽菜の応援にいかないのか、と問われて、俺は競技に臨む陽菜の集中を乱したくない、と答えて、行かないことが多かった。


これは半分は本音で半分は嘘だ。


本当は、幼なじみが勝ったら勝ったで大はしゃぎしてしまいそうだし、負けたら負けたで、彼女のがっかりする様子を見たら、胸が締め付けられて、耐えられそうにないから、というのが理由だ。


でも、今回は大切な約束だ。


「がまくん」として「かえるくん」である陽菜のそばにいると約束した。

そばにいて、躍動する幼なじみを描くのはもちろん、競技大会全体の雰囲気や選手たちの様子もスケッチして、イラスト投稿サイト「残響画廊(こだまがろう)」にアップする作品の下絵にするのだ。


行って描くからには、迫力ある作品を描きたい。

だけど、ほぼ初見の状態でスケッチに行っても、果たして良いものができるだろうか。


……あまりできるとは思えない。


やはりロケハンとまではいかないけど、少し予習が必要かもしれない。

きっと、見た人に訴えかけやすいアングルとかあるだろうし、絵としても描き込むところと省略するところとか、「勘どころ」のようなポイントがあるはずだ。


一番良いのはうちの陸上部を見ることだが、あいにく大会まであと少しなので、調整期間のようだ。

普段の練習場所を眺めても、参加者はまばらで、陽菜を含め、選手はみんなリラックスモードで軽めに動いていたり、談笑したりしている。


これでは、筆ペン画で描きたいと思っている、躍動感のある作品のヒントにはなりにくい。

だからといって、学校の掲示板に貼ってある大会のポスターをスケッチするのも変だ。以前、誰かが勝手に持ち去った陽菜が写っているポスターは未だに返却されていないから、疑われるようなことは控えた方が賢明だ。


できることは……、と、考えた結果、図書室に行くことにした。

陸上部があることだし、きっとトレーニングとか陸上競技の歴史とかの本ならあるだろう。

載ってる写真も競技中の選手を写したものくらいあるはずだ。


本によっては、遠景のスケッチをするための参考情報である、陸上競技場の構造や、観客席からのアングルがよくわかるものだってあるかもしれない。


放課後、教室から離れた位置にある図書室にさっそく向かう。


よく考えたら図書室のレイアウトは、美術書コーナー以外知らないに等しかった。もし、探して見つからなかったら、図書委員を捕まえて聞いてみれば良い。


「うわ……」


図書室のドアを開けた俺は、思わずため息をついた。カウンターに「あの娘」、岩瀬鈴江さんがいたのだ。即座に捕まえて聞くことを選択肢から除外する。

貸出カウンターにほど近い机に置いてある蔵書管理システムの端末の前で、岩瀬さんが腕組みして端末を凝視しているのが見える。

間違いなく図書委員の仕事なのだろうけど、その小動物を思い起こさせる顔は、異常なまでに真顔で、まるで難解な暗号を解読しているようにも見える。

俺にはわかるわけもないが、図書委員の仕事には、あんな怖い顔で端末を凝視しなくちゃいけないことがあるようだ。

それとも、どこか具合でも悪いんだろうか、とも思うけど、ヘタに声をかけて鼻血でも吹かれたらたまらない。


もう呼び出しはごめんだ。


俺は、彼女に気づかれないように、そっと奥の書架へ向かった。

いつもの美術書コーナーに行き、棚からアジアの画家たちが描いた作品集を手に取って、パラパラとめくる。


「あ……今日はここじゃない」


図書室に来たら美術書コーナーに向かうことが習慣になっていたらしい。

岩瀬さんのことが頭をよぎり、目的を忘れてしまっていた。今日は陸上競技関係の本を探すんだった。


行きなれたコーナーから離れて、初見の棚ばかりの場所をウロウロする。

もう少し、どこにどんな本があるか、覚えておけばよかったな、と思いながら本の背表紙を目で追っていく。


「……え、どうなってるんだ?」


スポーツコーナーはあるが、肝心の陸上競技関係の本が見つかりそうで見つからない。

どういうつもりかわからないが、俺にとっては理解が追いつかない並びになっている。

スポーツ科学の本の並びを見てみると、いきなり『残心の論理:人はなぜ、打突の後に「情念の鎮静」が必要なのか』という剣道の本が現れた。著者は沢庵 宗彭って人か……どっかで聞いた名前だけど、思い出せない。

まるで岩瀬さんが書いたみたいに説教くさいタイトルの本があるのか、と思えば、梶原丈という格闘家が書いた『関節技にみる人間の脆さと破壊法』なんて物騒な本もあった。そして、格技関係の次は、球技の本が並んでいる。

「「無」の角度とフリースローの成功率」は元バスケ選手の土橋健二さんの本だし、大地翔というサッカーコーチの「インステップキックメソッド」という実践的な本もある。

棚の隅にある神谷篤司の「才能なき者の 『勝利の二次関数」谷口監督の軌跡」なんて、予備校に通いながら母校の監督となり、甲子園出場を果たした高校野球部OBのノンフィクションだ。


個人的には興味があるが、今探しているのはそういう本ではない。


目的の本にたどり着くか不安になってきた。

どこにあるのか聞きたいのはやまやまだけど、今、図書室にいる委員は岩瀬さんだ。なるべく関わりたくない。野球関係の本の背表紙を目で追っていくと、D. E. K. KARDというアメリカのライターの本を木場勇治という人が訳した「なぜAIは「恋」を計算してしまうのか」が現れた。どうやらこれはコンピューター関係の本みたいだ。ため息をついて書棚を行きつ戻りつする。


しばらく書棚をウロウロと探したけど、どうしても目的の資料の場所がわからない。

意を決して、岩瀬さんに聞こうと図書室を見回すと、彼女は美術書コーナーにいて、返却された本を書棚に戻していた。端末から得たデータと、棚の蔵書を照合して並べ直しているのだろう。時折、本を出し入れしている。


俺は大きく深呼吸して、岩瀬さんのすぐそばまで近づいて呼びかけた。


「あ、あの……岩瀬さん」


ビクッとして振り向いた図書委員は、目を見開いて俺をジロジロと見る。

手にはさっき俺がパラパラとめくっていた画集を持っていた。変な場所に置いてしまったのだろうか。並べ直さないといけないだろうから、余計な仕事を増やしてしまったかな、と申し訳ない気持ちになる。


「な……何でしょう?」


「あ、その本、変な場所に返しちゃった?……俺がさっきまで読んでたから」


場所が場所だけに、あまりデカい声を出すわけにもいかず、さらに近づいていくと、岩瀬さんは、画集を抱えて、まるでハリネズミみたいに身体を丸めた。

口元がキュッと引き締まり、顔が紅潮していく。赤とは少し違う。朝焼けみたいな色の『(あか)』という方がピッタリくる。


「い、いえ……問題ありません。私に何か?」


岩瀬さんの顔がどんどん(あか)くなる。また鼻血を出されても困るので、さっさと要件を伝える。


「……陸上競技関係の本ってどこにあるの? トレーニング関係とかさ」


「その資料なら、B列27棚。自分で確認してください」


即答だった。

あまりの返答の速さと無愛想さに、はあ、と間抜けな声で答える。

【担当:岩瀬鈴江(図書委員)】 「ありえません……。B列27棚の座標で、まさか特異点が発生するなんて。 私の平穏な図書当番を乱す、無神経な利用者(誉田くん)。でも、そこに『ハス様』こと茅ヶ崎くんが現れたら……? ああっ、ダメです! その距離感、その視線の交錯!

次回、第18話「静寂の図書室、たぎる妄想の方程式」

静寂と情熱の摩擦係数が測定不能! 私の脳内サーバがダウンしちゃいますっ!」

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