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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第三章 四色の『赤』と、蘇る翼

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第16話:暴走する造形と、紅潮する美大生

学生たちとすれ違いながら、しばらく構内を歩く。

途中、ドアが開いている部屋もあって、他の学生が制作している様子が見えた。

皆、一心不乱に作品に向かっていていて、発している熱がこちらまで伝わって来る。


もし、俺が美大に入れたとしたら、こういう環境に身を置くのだ。

今はとてもやっていける自信がない。


そんなことを考えながらようやくたどり着いたのは、校舎の最上階の隅にある、広大なアトリエだった。

他の学生の共同スペースと区切られてはいるが、天井が高く、想像以上に開放的な空間に見える。

足元には木材の切れ端や、粘土の乾いた破片が散乱しており、壁には作業工程のメモがびっしり貼られている。


前回、日立先生のアトリエで見た時よりも、遥かに広い空間に、つくばさんの制作の「熱」が充満していた。


つくばさんだけではない。


他の学生の作業している音が混ざり合って賑やかだが、話し声が全く聞こえない。

共同で使っている学生それぞれが、作品に集中して熱を発しているのだ。

前にも来たはずだけど、今回ほど感じることはなかった。

俺自身、イラストサイトの残響画廊(こだまがろう)の投稿数が増えたこともあり、気づかないうちに何か変化があったのだろうか。


そんなことを思いながらアトリエを眺めていたら、つくばさんが入り口の隅に置かれた、ビニールシートを被った巨大な物体を指さした。


「これが、うちのアトリエで閃いたアイデアを形にしたものよ。

私にインスピレーションを与えてくれたんだもん、やっぱり灯くんにも見せてあげなきゃ」


俺は、ビニールシートに近づいた。その下に隠された作品の輪郭は、前回の「肉塊」とは違い、鋭利で複雑な形をしていることが分かった。


「じゃあ、そっちの端を持ってくれる?このシート、ちょっと重くてね」


つくばさんと二人でシートの端を掴み、バサリと引き剥がすと、作品があらわになった。

メッセージではざっくりな形と聞いていたけど、俺から見たらかなり制作が進んでいるように見えた。


でも、俺がイメージしていたのとはだいぶ異なる。もともとつくばさんから聞いていたテーマは「理知的な幾何学美」だったのだが、しかし、目の前の作品は、「秩序」の対極にある「混沌」とか「暴走する生命の躍動」とかいう言葉が当てはまりそうだ。


ねじ曲がった金属のラインは、まるで血管のように脈打っているように見え、木材の表面は、丁寧に磨かれるどころか、皮膚や鱗のようにざらついていた。中央部分には、前回見た「肉塊」を思わせる、赤黒い粘土の塊が、造形物全体の「心臓」のように据えられていた。


木材、金属、繊維など、全く異質な素材が、まるで一つの意思を持ったかのように、ねじ曲がり、絡み合い、融合している。


俺はおそるおそる、この造形物の作者にたずねた。


「作品は、「理知的な幾何学美」って聞いていたけど、……これが、そうなの?」


「ううん、違うわ」


俺の素直な疑問に、つくばさんは、苦笑しながら前髪を巻き付けて摘まむ。ギュッと音がしそうだ。


「私は、もっとクールで、研ぎ澄まされた、無機的な美を目指していたの。

デッサンをもとにして設計図も引いたわ。でも、制作を始めた途端、なんというか……」


アトリエの時と同じように、つくばさんが隣に立って、作品を眺める。

この場に充満している熱に当てられたのか、校門で見たときより、頬が(あか)らんでいる。


「どうも、作品が私の意図に反して、勝手に『生命』を持とうとするのよ」


「作品が、生命を……?」


一般常識として、そんなこと、あるわけがない。だが、つくばさんの作品を目の前にすると、その常識を疑いたくなる。


「……私が創ろうとした作品は、こういう作品じゃなかった。私の中ではこれは失敗作よ」


だんだんボルテージが上がってきたのか、つくばさんの息遣いが荒く湿ってきた。芳香剤でも置いてあるのか、まるで果物を煮立てたような甘い香りも漂ってくる。


「じゃあ、作り直すの?」


俺の問いかけに、オーバーオールの美大生は首を振った。

ラベンダーに染まった前髪がハラハラと乱れる。


「確かに、私の目指したファンシーな姿とは程遠いわ。

でもね、美大の課題っていうのは、単位がかかってる。いわば『仕事』と同じなの」


つくばさんの言葉が重く響く。高校の課題とはモノが違うのだ。いや、課題に対する姿勢と言って良い。


俺の顔を覗き込むようにして、彼女は俺に噛んで含めるように言った。


「どんなに作品に魂を込めて提出したとしても、納期を過ぎればそれは『ゼロ』、つまり未提出なのよ。そして、自分の理想と違った作品でも『今の自分が出せるベスト』として完成させて、世に出す『プロとしての姿勢』が求められるのよ」


どんな状況であれ、その時のベストを尽くす。


さすがに親子というか、言うことがそっくりだ。

日立先生の受け売りだが、公園で俺が陽菜に伝えたことと、その日立先生の娘さんの言ったことは、言葉は多少異なるけど根っこの部分は同じだ。


「でも、だからこそ、納期までにベストのクオリティにしたいのよ。灯くんに来てもらったのは、そのためよ」


俺の感想などはたかが知れていると思うけど、お姉さんのようなつくばさんに、頼りにされているのは単純に嬉しい。ジャージに着替えたかいがあったというものだ。


「ベストにしたいけど、何か足りないのよね……灯くん、私が指示出すから、パーツの配置とかやってもらえないかな」


俺の肩に手を置いて、ニコリと笑いかけたつくばさんは、ビクビクっと身体を震わせた。創作意欲が高まってきたのか、目が潤んで顔が一層紅くなる。


「んんっ、はぁ……///」


「つくばさん? 暑い? エアコン温度下げようか?」


「だ、大丈夫だよ……時間が無いから、さっそく始めましょう」


熱気を発しながら、オーバーオール美大生が右に左に、上に下にとジャージ姿の俺に指示を出す。

心なしか果物を煮たてた香りが強くなる。母親がイチゴとかリンゴでジャムを作っていた時を思い出す。まさかアトリエでそんなことはする人はいないから、きっとつくばさんが持ってきた芳香剤だろう。


1時間ほどパーツを持って右往左往したころ、つくばさんがいじっていた前髪を弾くように掻き上げた。眉間にしわを寄せていたのが、パッと明るくなる。


「あ……灯くん、その木材パーツと粘土パーツを少し左に……そうそう、そこ!」


紅い顔の美大生は、満足げに頷いた。

手招きされて、つくばさんの隣に並ぶと、作業前とは明らかに違う作品が目の前に鎮座していた。「生命力が増した」としか俺にはこれを表現する言葉が見つからない。


「つくばさん……すごいな。配置を変えたら、こんなにも……なんか動き出しそうだ」


ジャージの腕をまくって、台座を廻りながら、俺は作品の発する存在感に圧倒された。昔、家族で見た映画みたいに、夜中にひとりでに動き出したりしそうだ。


「ありがとう、灯くん。来てくれて。おかげで、期限に自信作が出せそうよ」


「役に立てたみたいで、この恥ずかしいジャージで頑張って良かったよ」


作品を見上げながら、つくばさんに応える。オーバーオールの美大生は、安堵の表情を浮かべながら、自分の身体を引き寄せるように腕組みしてうつむく。


そして、さらに顔を紅らめてポツリとつぶやいた。


「でもね……灯くんが来なかったら、作品がどうなったかわからない」


「そんなわけないでしょ、つくばさんの才能だと思うよ。この間、アトリエで言ったじゃないか」


狙ったテーマでない作品だとしても、この有機体の生命力と妖しさは、技術だけでは創り出せるとは俺には思えない。

首をゆっくり振りながら、つくばさんは作品に近づいた。


「灯くんの言うとおりなら……私もどんなに嬉しいか」


台座に手をかけながら、新たに生命力を増した作品を見上げる。

まるで自分自身に言い聞かせるように、紅い顔の美大生が言う。


「だけど、灯くんが絵画教室とか今日みたいに手伝ってくれたりして、私の近くにいるときに、びびっと閃くのよ。それも何度も……」


つくばさんが才能のある人なのは、こうしてキャンパスで作品制作をしている時点で明白なはずだ。

俺が近くにいたのは、たまたまそういう環境だったからだろう。


できすぎた話だ。


日立先生の娘さんなんだから、もっと自信を持ってほしい。

何て言おうか、頭をフル回転させる。こんな時は口下手な自分が恨めしいとイラッとしたときだった。


俺のスマホがブーンブーンと震えだした。母親からの着信だ。

夢中になっていたから気づかなかったけど、もうすぐ22時になりそうな時間だったのだ。

慌てて電話に出て、もう家に帰るから、と告げる。

あらかじめ、つくばさんの手伝いとは伝えていたが、ここまで遅くなると思わなかった。

両親はあまり心配してないだろうが、この時間まで制服姿でうろうろしていると、学校に連絡がいったりして面倒だ。


「ごめんね、遅くまで付き合わせて……お父さんから灯くんのお母さんに一言伝えてもらうね。後は私で仕上げるから」


調べたら、急げば電車に乗れそうだ。

つくばさんに見送られて、そそくさとキャンパスを出る。

この時間にもなると、電車の本数は少ない。一本逃してしまうと次の電車は1時間後になってしまうので、自然と小走りになりながら、大学の最寄り駅に向かった。


近づいてくる明るい駅舎を目指しながら、つくばさんの言葉を思い出す。

俺が近くにいると閃くなんて、そんなこと、信じられない。

きっと、つくばさんの謙遜だろう。


もう一踏ん張りと、苦しいのを我慢して改札をくぐり抜けると、ちょうど電車がホームに到着した。


「良かった……」


息を切らして乗車して、列車が走り出すと、やっと落ち着いた。

つくばさんと母親に電車に乗ったことをメッセージで報告する。自宅の最寄り駅まで車で迎えに行くと母親から返事があったが、つくばさんには既読もつかなかった。きっと作品の仕上げに没頭しているのだろう。


ホッとしたのもつかの間、ふと窓ガラスに映るジャージを着た自分の姿を見た俺は、つくばさんみたいに真っ赤になって、早く最寄り駅に着いてくれと願うのだった。

【担当:岩瀬鈴江】 「図書室は、静寂と秩序が支配する聖域……のはずでした。

なのに、どうして美術書ばかり借りる彼(誉田くん)が、今日は『筋肉』や『跳躍』の本を探しているんですか?

私の脳内データベースにない行動パターン。これだけでも処理落ちしそうなのに、あろうことか『ハス様(茅ヶ崎くん)』まで現れて……!

次回、第17話「腐女子の探求と、意外な協力者」

ちょっと、書架の影で何を話しているんですか!? その距離感、尊すぎて直視できませんっ!」

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