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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第三章 四色の『赤』と、蘇る翼

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第15話:夜のキャンパスと、称賛されるジャージ

くれないは、最も深く、最も濃い赤。それは、情念が理性という衣を脱ぎ捨て、美しさとして昇華する、病的なまでの熱を宿す。

紅の色は、筆がただの絵の具ではなく、狂気的なまでの魂の熱を紙に叩きつける時に発色する。それは、愛というより、才能への執着の色。この色を美として捉える者は、その色に魂を喰われるという代償を払う。ゆえに、紅を扱うには、その異常性を肯定する、冷徹な覚悟が要る。」

— 狩野 宗玄『色彩の情念:日本画における感情と技法』より


週末の公園で「甘やかだが、爽やかな香り」を残して夜風といっしょに走り去った陽菜を見送ってから、週が明けて数日。

相変わらず幼なじみと言葉を交わすことは少ないけど、たまに視線が合うと瞳が柔和な光を放っていた。

休み時間に教室を飛び出して走ることもなくなったし、放課後の練習をチラ見したけど、前のような悲壮感は無く楽しくやっているように見える。


確か、次の日曜日が大会だったはずだ。


陽菜に何か言われたわけではないけど、公園で「たとえ記録がワーストでも、そばにいる」と約束したからには、応援に行くつもりだ。

競技大会のスケッチでもすれば、絵画教室の課題や筆ペン絵の題材になるだろうし。


そんなことを考えていた昼休み。

つくばさんからメッセージが来た。


俺が日立先生のアトリエに行ったときに思いついたアイディアを、ざっくりだが形にしたので、感想が欲しいのだという。

今回はつくばさんの通う美大『常陸野(ひたちの)造形美術大学』で見せてもらえるそうだ。確かに、日立先生のアトリエは、絵画教室でも使うから、作品制作のスペースが限られてしまう。

学校なら、気兼ねなしに作品を置いても問題にはなりにくいはずだ。


つくばさんは、俺が美術部から帰宅部に変わったことを知っているので、放課後にでも美大に来いという。

俺としても、つくばさんだけでなく、他の学生さんがどんな作品を制作しているか、気になるところだ。


もっとも、メッセージの最後の「ジャージとか持ってきておいて」という一文で、感想だけではなく、作品や材料運びの手伝いも求められていることがわかる。


俺は待ち合わせの場所と時間を教えてくれと返信して、ロッカーから体育のジャージを取り出した。背中にデカデカと「志筑(しずく)高等学校」と刺繍が入っているヤツだ。

家に取りに帰ると美大に行くのが遅くなるし、運動部でもないので、恥ずかしいが現地ではこれを着るしかない。


「キャンパスで目立たなければ良いけど……」


独りつぶやきながら通学バッグにジャージを入れた。


放課後、暗くなり始めるなか、俺はつくばさんから指定された美大の最寄り駅に向かった。土浦駅で乗り換えて、数駅行ったその駅で降り、遠くに見えるガラス張りの建物を目印に、記憶をたどりながらキャンパスに向かう。


「あ、灯くん、こっちだよ」


校門に近づくと、手を振る人影が見えた。

暗くても、オーバーオールの作業着なので、つくばさんとすぐわかった。


手招きする彼女の後を追って、校門をくぐる。

最寄り駅から見えたガラス張りの建物は、キャンパス内で見ると圧倒的で、学生のエネルギーを発散しているようだ。


以前、同じように呼ばれてここに来たときは昼間だった。

光がたっぷり差し込む開放的な空間は、高校の美術室とは比べ物にならないほど刺激的に見えたのを憶えている。

高校とは全く違う雰囲気の学内を、オーバーオールの美大生の後ろについて、キョロキョロ見てしまう。


もう夜だというのに、キャンパス内は、学生たちがたくさん残っており、独特なエネルギーに満ちていた。石膏像が廊下の隅に無造作に置かれ、床には絵の具の染みが点在している。


「まだ、たくさん人がいるんですね……」


「まあね、課題の提出期限が迫っているから、みんないるのよね……私もそうなんだけど」


前髪を指で巻き付けながら、照れくさそうに言うつくばさんの横を、台車をガラガラと押す学生が追い越していく。

美大だけあって、学生たちは皆、奇抜な服装をしていたり、作業着だったりで個性的だ。

目立たないと考えていた地味な高校の制服姿が、かえって目立っているように感じた。それに、このまま制服でいると、思わぬところで汚してしまいそうなので、近くのトイレで学校のジャージに着替えさせてもらう。


恥ずかしい気持ちで廊下に出ると、つくばさんが壁にもたれかかって、行き交う学生を眺めていた。

高校の美術部も熱心だったが、ここの熱量は、ケタが違う。まるで「生活」と一体化しているように見えた。

ここにいるのは、自分の才能と向き合い、夜な夜な情熱を注ぎ続ける、選ばれた芸術家たちだ。


課題提出期限が迫っているとはいえ、他人の事など気にしてはいない。


そもそも、俺のような「モブ」が、この場に足を踏み入れていいのだろうか、と考えると同時に、着ているジャージのことを気にしていた俺自身の思い上がりが恥ずかしくて、身体がカッとなる。


前髪を掻き上げて、廊下にたたずむつくばさんは、そんな熱気あふれる異空間に最も馴染んでいるように見える。

どうせ俺のジャージのことなんか、学生たちは気にしちゃいない。

それなら少しでも作品制作のプラスになることを見つけてみるか、と俺は俺なりに気合を入れて、つくばさんに声をかけた。


「あら、灯くん。そのジャージ、すっごくロックでファンシーじゃない!」


「……え!」


「背中の『志筑高校』って刺繍、このゴシック体の力強さが、あなたの内なる生命力を表現しているわ!私、大好きよ!このフォント、最高よ!」


スキップするように廊下を歩くつくばさんについて行きながら、俺は額に手を当てた。

【担当:つくば(日立先生の娘)】 「私の目指していたのは、もっとクールで理知的な幾何学美だったはずなの。 でも、見て。この作品、まるで生き物みたいに脈打って、熱を持っているわ。

ねえ、灯くん。あなたがそのダサ……いえ、ロックなジャージで私の横に立つと、不思議とインスピレーションが湧いてくるの。

次回、第16話「暴走する造形と、紅潮する美大生」

この『(あか)』は、私の情熱? それとも……作品があなたを求めているのかしら?」

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