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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第二章 鎮火した不死鳥と、夜のブランコ

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第14話(第二章完結):夜風の約束と、再燃する炎

展示即売会の片付けが終わり、ショッピングモールを出た時は、すっかり日が暮れていた。朝の記憶を頼りに、駐輪場に停めた自転車を見つけて引っ張り出す。

自宅からはそれほど離れていないので、自転車で行くのがちょうど良い。

車が行き交う明るい大通りに沿って自宅に向かう。ひんやりした夜風が心地良い。


しばらく行くと、自宅近くにある公園の照明が見えてきた。もうひと踏ん張りだ。

グイグイ漕いで公園の前にさしかかったときだった。

いつもは誰もいない時間帯なので、照明が明々としているだけだが、今日はブランコに人影があった。かすかに揺れる青いジャージ姿に見覚えがあった。


「……陽菜?」


自転車を降りて、押しながら公園に入る。

風の音と、ブランコがかすかに軋む音だけが聞こえる。


ブランコに揺れていたのは、確かに陽菜だった。俺が声をかける前に彼女が気づき、腰を上げる。


「隣、座ってもいいかな?」


俺の問いに、陸上女子は返事をせずに再びブランコに腰掛けた。沈黙が許可の代わりだった。

隣のブランコに腰掛けて、ゆらゆらと漕ぐ。


「こんな時間まで自主トレか……」


「うん……胸の熱っぽさに収まりがつかなくて」


幼なじみは、うつむいたまま、ポツリと返事をした。

大会前だし、全力を尽くすタイプの彼女なので、不安を少しでも払拭したいに違いない。しかし、素人目にもやりすぎは明らかだった。


「いくらなんでも、やりすぎなんじゃないか?部活では全力、休み時間も校庭を走っているし。で、週末はこんな夜まで自主トレだろ?いくらタフでも身体を壊すぞ」


キコキコとブランコが音を立てる。

自転車で見かけた時より、少々揺れが大きくなった気がする。街灯に照らされた青いジャージが、まるで彼女が内側から光っているようにも見えた。


「わかってる……わかってるの。でも……」


幼なじみは、揺れながら大きくため息をついた。湯気が見えそうな、湿ったような吐息。

風向きが変わったのか、かすかだが、甘いものを焦がしたような匂いがする。


「この熱……もしかしたら……練習不足...…じゃないのかも……」


「俺も……そうだと思う」


俺の座ったブランコが、ギギギと軋む。

もしかしたら、一流アスリートならまだ足りないのかもしれないが、俺から見れば練習不足なんてあるもんか、と叫びたいのをグッとこらえる。

これ以上、追い詰めてしまうと、中学の時の失敗を繰り返してしまう。それは陽菜本人だって、いや、本人であればこそ、よくわかっているはずだ。


それなのに、なぜ?


陽菜を横目で見ながら、根拠のはっきりしない推測を巡らせる。

こんなことなら、図書室で美術書といっしょに陸上のトレーニングに関する本でも読んでおけば良かった。思い上がりかもしれないけど、もしかしたら、幼なじみがこんなに追い詰められる前に、何かできたかもしれないじゃないか。

青いジャージを視界に留めて自問自答を繰り返す。解決策なんて出る訳がないのはわかっているが、何も出来ないのが歯がゆい。


頬に視線が刺さるのを感じて、顔を幼なじみに向けた。


陽菜がまっすぐこちらを見ていた。


視線が合った。

ここで視線をはずしたら、彼女を裏切ってしまう気がしたので、俺もまっすぐ幼なじみの潤んだ瞳を覗く。

表情は柔和なのに、瞳だけが、光を吸い取りそうな暗さだ。悲しみと絶望が混じり合った色としか思えない。こんな目をした陽菜を、俺は見たことがない。


暗い瞳に魅入られたのか、俺はなぜか今まで怖くて言えなかった言葉を口にしてしまった。


「それ……俺のせいなのか?」


気になっていたとはいえ、おこがましいにも程がある。

俺はアスリートに影響を与えるようなイケメンじゃない。目立たず絵を描くモブ野郎だ。

うつむく幼なじみから、笑いながら怒られる、と期待していたが、キコ、キコ、という軋む音しか返事はなかった。


俺も、うつむいて押し黙るしかなかった。

つくばさんのこと、岩瀬さんのこと、そして、陽菜のこと。

ただでさえ口下手な俺だ。何を言っても、この沈黙を打ち破ることは難しい。


俺たちはあくまで幼なじみじゃないか、と思う反面、そうではない「何か」が胸の奥でざわざわする。

俺自身、なぜ、こんなに陽菜に弁明しようとしているのだろう。

そして、活き活きとした陽菜を取り戻して欲しいと強く願うのはなぜだろう。


「……わかってるんだよ」


「ふぇっ?」


湧き上がる自分で処理できない気持ちに戸惑っていると、隣のブランコから、か細い声が聞こえて、思わず間抜けな声を上げてしまう。

幼なじみはクククッと笑い、顔を上げると、街灯に照らされた瞳に、わずかだか光が差した。


「……やっぱり、話さなくていい。灯くんがそんな人じゃないってわかってる、わかってるけど……」


「あのさ、陽菜、うまく言えないけど……」


陽菜の視線を感じつつも、顔を違う方向に向けて、言葉を絞り出す。

視線の先には、乗ってきた自転車が寂しげにたたずんでいる。


「俺、陽菜には大会で伸び伸びやって欲しいんだ」


キーコキーコというブランコの音が響く。


「俺はトレーニングの知識なんてないけど、万全のコンディションにするなんて、すごく難しいことくらいわかるよ……」


握った鎖がギリリと音を立てる。


「でも、調子が悪くても、その時のベストを尽くせば良いんじゃないかって思うんだ。俺だって、絵画教室の課題で、どうにも納得いかない作品しか描けないこともあるよ。でも、提出することにしてる」


隣からの視線は俺のこめかみあたりに刺さったままだ。照れくささを我慢して話を続ける。


「提出することで、何かを得られるじゃないか。これ、日立先生のよく言うことなんだけどね……。

なあ、陽菜、今回って高校最初の大会だろ?仮に記録がワーストでも、次で取り返せば良いんじゃないか?」


隣のブランコから吹き出すようなため息が聞こえた。

我ながら無責任なことをベラベラと言っていると思う。実際、日立先生がよく言っていることだけど、陸上に当てはまるか、俺には自信がない。

しかし、どんなに記録が悪くても、ちゃんと結果を残して帰ってくれば良いじゃないか。記録という結果があれば、きっと次に活かせる。

中学の時みたいに心が折れた彼女を、もう二度と見たくない。勝手な思いであるのはわかっているけど、せめて、俺のこの気持ちだけでも伝われば……。


次の言葉をひねり出そうと頭をフル回転させていると、ガチャン、と音がして、陽菜が立ち上がった。

さっきの寂しげな表情が、今は少し晴れやかに見える。


「……少し……気持ちが楽になった。でね……」


いつの間にか、手元に握られたスマホをゆっくりと振って微笑む。


「鳥さんも、ちょっとだけど、燃え始めた。……大会までは、少しゆるめに頑張るね」


不死鳥の絵が、燃え始めた。

彼女の調子が戻りつつあるのだ。


「……ねえ、灯くん。『がまくんとかえるくん』のお話、覚えてる?」


小学校の教科書に載っていた童話だ。

仲良しのがまくんとかえるくんの優しい話だったことを覚えている。図書館にシリーズをいっしょに借りに行ったっけ。


陽菜は教科書で読んだ「おてがみ」の話が気に入って、よく二人でマネをしたものだ。

俺はいつも、気難しい性格のがまくん役だった。


たまにはかえるくんがやりたいと抗議するけど、走って手紙を届けるから、と足の速い陽菜が譲らなかった。

そして、決まってヨレヨレになった「だいすき」と書かれた手紙を恥ずかしそうに渡していたのだ。


「覚えているけど……」


突然、懐かしい話を振られて戸惑っていると、陽菜は大きく伸びをして、その場でフットワークを取り始めた。

そして、俺に背を向けてつぶやくようにいう。あの童話の一節だ。


「かえるくんは、がまくんがそばにいると、とても安心でした」


「がまくん……か」


「ね、灯くん。今度の大会、ワースト記録で帰ってきても、またそばにいてくれる?」


「当たり前だろ、かえるくん」


俺の答えに青いジャージの「かえるくん」は、真っ赤な笑顔で振り向くと、タタタとそのまま走り去った。

夜風に乗って、甘やかだが、爽やかな香りがブランコに漂っていた。

【担当:つくば(日立先生の娘)】 「夜の美大へようこそ、灯くん。 ここは昼間とは違う、情熱と焦燥が入り混じる魔窟なの。

あら、持ってきてくれたのね。そのジャージ……背中の『志筑高校』の刺繍、なんて力強いゴシック体なのかしら! あなたの内なる生命力を感じるわ。最高にロックよ。

次回、第15話「夜のキャンパスと、称賛されるジャージ」

さあ、ついて来て。この熱気の中で、あなたに見せたい『私の閃き』があるの」

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