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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第二章 鎮火した不死鳥と、夜のブランコ

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第13話:偶然の遭遇と、秘密のデート

俺がつくばさんとアトリエで話していたところを、陽菜が目撃して数日。

いよいよ陸上競技大会の日が迫ってきた。


あれから陽菜には何回かメッセージを送っているが、既読になるだけで返事はない。

俺と意図的に距離を取っているようにも見える。学校で休み時間に話しかけようとしても、絶妙なタイミングで、幼なじみは教室から飛び出すように出て行くのだった。


そして、窓際の自席から校庭を眺めていると、教室を飛び出していった幼なじみは、制服なのにダダダ、と走っては、スマホを眺めて首を振る。


やはり不死鳥の絵が燃えてこないようだ。


何かを振り払うように、時間を惜しんで走る姿を見た奴らが、彼女を練習熱心だと賞賛していたが、頑張っている陽菜をずっと見てきた俺には、単に不必要に自分自身を追い込んでいるようにしか見えない。


そうさせたのは、俺にも原因があるのかもしれない。

岩瀬さんのこと、つくばさんのこと。

ここ最近の出来事は、陽菜も知っているはずだ。どう思っているか、本当のところはわからないけど、少なくとも好意的には見ていないことは、容易に想像がつく。


ちゃんと話をして、陽菜だけにはわかってもらいたいが、メッセージが既読されても返事はない。だからといって、いくらご近所といっても、このことで彼女の家をたずねるのも変だ。


どうしたものか、いい考えが思い浮かばない。典子先輩という彼女がいる田辺先輩だったら、どうするだろう。

聞いてみたいけど、文化祭で初めて会っただけだ。聞けるはずもなく、モヤモヤとしながら、作品を描く。

何かを忘れたい気持ちが筆に移ったのか、思いのほか良いペースで作品が仕上がったので、イラストサイトの「残響画廊(こだまがろう)」に、まとめて投稿した。文化祭や岩瀬さんのこと、日立先生の課題といろいろ立て込んでいたので、投稿するのはしばらくぶりだ。


嬉しいことに、投稿したばかりなのに、たくさんのいいねがついた。

中には俺に何の断りもなくSNSにリンクを貼る人もいたが、俺自身が目立たなければ良いので、放っておいている。


たまたまリンクを貼っていたSNSを見ることがあった。

Beryl_Resonator(ベリルレゾネーター)ってアカウントだったっけ。俺の絵にその人の自作っぽい難しい言葉で書かれた詩を、むずがゆい思いで眺めたことを覚えている。


そんなモヤモヤした気分の週末。


俺は地元の大型ショッピングモールにいた。タイミング良く、と言うべきか、日立先生がショッピングモールの催事スペースで作品の展示即売会をやるので、俺に手伝いに来てほしいと連絡があったのだ。

目立ちたくない俺だが、お世話になっている日立先生の頼みだし、それにイベントを手伝いながら、先生や絵画教室の生徒さんの作品を眺めることができ、個人的に勉強になるので、断らないようにしている。


ワイシャツにジャケットを羽織り、少しかしこまった格好で、モールの開店から夕方まで、催事スペースで一日仕事だ。


週末のモールは賑やかだったが、催事スペースに立ち止まる人はまばらだ。美術とは縁遠い人々が、通り過ぎながら先生の抽象画を「高い」「よくわからん」といった調子で品定めしていく。

たいてい立ち止まるのは、わかりやすい風景や動物、人物を描いた生徒さんの作品だ。


「つくばさんの言う『意図しない熱』って、こういう場所じゃ伝わらないんだろうか……」


俺は、受付に置かれた絵画教室のパンフレットを並べ直しながらつぶやく。作品が売れるよりも教室の入会受付が賑わうこともあり、先生は展示即売会には必ずパンフレットを並べていた。


今日も小学校くらいの男の子を連れたお母さんが、パンフレットを手に取って、先生にいろいろ聞いていた。

確か、俺が教室に入ったときも似たような感じだった。母親と買い物に来ていた時、先生が展示即売会をやっていたのだ。黙々と絵を描いてばかりの俺に何か習い事をさせたいと思っていた母親は、先生と少し話して、その場で俺を入会させることに決めたのだ。その数日後、俺は事態を飲み込めないまま、先生のアトリエに連れて行かれたのだった。


「じゃあ検討してみます」と言って帰る親子を先生と見送る。男の子の後ろ姿が小さい頃の俺に重なって見える。

懐かしさにその子の背中を眺めていたら、俺に振り向いて、小さく手を振る。

嬉しくなって手を振り返すと、先生が驚いた様子で俺を見た。

何事もなかったかのようにニコリと見返すと、先生は柔らかな表情で、スペースの奥に戻っていった。


あの子、入ってくれたらいいな、と思いながら、俺も奥に戻ろうとしたときだった。


「誉田くん?」


振り返ると、声の主は同年代くらいのカップルだ。手をつないでいるので、デートしているのだろう。ショッピングモールにあるシネコンの袋を提げている。


二人は俺のことを知っているようだが、俺はパッと誰かわからないでいた。

呆然としていると、二人が近づいてきた。

ベレー帽をかぶった女の子が嬉しそうに彼氏の手を引っ張る。


「あ、やっぱり誉田くんだよ!」


「え……あの……」


「しばらくぶりですね、先日の文化祭では、お気遣いありがとうございました」


大学生風の男性が会釈しながら言った言葉にハッとする。


「あ……ああ!」


目の前の二人に、俺の記憶していた小見山高校の制服姿の二人が重なっていく。


「典子先輩、田辺先輩!? わー、気づかなかった。どうしたんですか、こんなところで?」


いくら予想外の出会いだからって、手をつないでいるんだ、どうしたもこうしたもないだろう、と自分の言葉に自分でツッコミを入れる。


田辺先輩が大学生風に見えたのは、落ち着いた色のカーディガンを着て、透明なセルフレームの眼鏡をかけているからだろう。

一つ上の学年とはとても思えない雰囲気だ。典子先輩も、ニットのタートルネックにワインレッドのスカート、キャメル色のロングコートにベレー帽だ。

心なしか目元も茶色でパッチリとメイクしてあり、やはり、たった一学年違いの女子高生とは思えない。


そんな二人がシネコンの袋を提げて手をつないでいるのだから、映画デート以外ないじゃないか。


時間も午後を少し回った頃だ。

食事かお茶か、というところかな、と思う。

俺がボンヤリと指のからまった二人のつながれた手を見ていると、視線を感じたのか、二人は赤くなって手を離した。

もうわかってますよ、と内心つぶやきつつ、田辺先輩と視線を合わせると、少し顔を赤らめてぽつぽつ話してくれた。


「あ……ここのシネコンで、リバイバル上映しているのを、典子さんと観てたんですよ」


田辺先輩が言った作品名に聞き覚えがあった。タイムリープが印象的な、夏の切ないアニメ映画だ。リバイバル上映だから、きっと朝の回くらいしか上映してない。この時間でシネコンの袋を提げているのも納得がいく。たぶん、パンフレットか何かを買ったのだろう。


田辺先輩から促されて、俺もここにいる経緯を話す。

小さい頃から日立先生にお世話になっていること、絵画教室の生徒募集も兼ねた作品の展示即売会をやっていて、俺は勉強がてら手伝いに来ていることを手短に伝えた。


「知らなかった」という言葉が二人の表情から読み取れる。定期的にやってはいるが、認知度はそんなものだ。二人だって、典子先輩が俺を見つけなければ素通りしていたはずだ。


物珍しい様子で典子先輩がギャラリーを覗く。

賑やかなショッピングモールの一角という場所に加え、飾られている作品が地域の画家とその卵の手で描かれたものだから、美術館とは違う雰囲気だ。


「誉田くんの絵もあるの?」


「はい、あっちの隅に二つほど飾ってもらってます……生徒の作品なんで、非売品ですけど」


ふふふ、と笑った典子先輩が田辺先輩を促す。息が合っている様子から、付き合いが長いのかな、と思って、ハッとした。

典子先輩を呼び止める。ちょっと怪訝な表情で振り向いた。


「あ、あの、もし、親類や知り合いのお子さんとか、おじいちゃん、おばあちゃんでも興味ありそうな方がいらしたら、このパンフレット、渡してもらえませんか?」


「おじいちゃんおばあちゃんも?」


田辺先輩が聞き返す。俺はコクコクと頷いた。


「ええ、最近はカラオケとかダンスとかの老人サークルとかに飽きちゃった人が入会したりするんです」


目を丸くして田辺先輩が頷く。

最近では、大野のおばあちゃんと塩浜のおじいちゃんがそれぞれのサークルをやめて入会してきて、仲良く作品に取り組んでる、みたいなこともあるのだ。


「へー、じゃあ、私のおばあちゃんに渡してみようかな」


「ぜひ……あ、ちょっと待っててくださいね、新しいの用意します」


典子先輩にパンフレットを渡そうと思ったが、手に持っていたものは、ちょっと折り目みたいなのがついていた。

受付に並んでいた、真新しいものを取り出して手渡すが、なんだかタイミングが合わずに手が触れた。


「ひゃっ……///」


ピクッと典子先輩の身体が震えると、しだいに透き通るようなメイクの顔が赤く染まっていき、モジモジし始めた。


「……?典子さん?」


「慎一くん、わぁ、いっぺあっちぇ……。なんだか、じゃすこぎでぇ、がまんなんね」


「え……急に?」


典子先輩が何を言っているかわからないけど、田辺先輩が慌てている様子を見ると、ギャラリーを観ている場合じゃなさそうだ。

たぶん、典子先輩は、お手洗いに行きたいのではなかろうか。俺の知らないマナー的な隠語なんだろう。


ちょうど、別の通りがかりのおじいちゃんに話しかけられたので、応対しなくてはいけなくなった。おじいちゃんに待ってもらって、キョロキョロしている田辺先輩に伝える。


「先輩、すぐそこの突き当たりを左に曲がって少し入ったところに、トイレがあります!あまり人がいないので、すぐ入れると思います!」


人がいないのは、今朝、そこで用を足したので知っていたのだ。

ちょっと隠れた場所にあるので、よくここに来る人も知っている人は少ないはずだ。

田辺先輩は、一瞬キョトンとしたが、何かを察したらしく、ありがとうと片手をあげると、典子先輩を抱えるようにして足早にトイレの方向に向かっていった。


二人の後ろ姿を見送って、ひと安心した俺は、話しかけてきたおじいちゃんの応対を始めた。


「……で、入会手続きはこんな感じです」


「お兄ちゃんも、ここの生徒さんなのかい?」


「あ、はい、小学校から習っていて……」


「わしも、小さい頃は絵を描いていたんだよ……」


一通り説明はしたけど、このおじいちゃん、手続きと関係ない話をしてきて、しかも長い。もし入会して、このトークで作品制作されたら、集中して作品を創るタイプの俺は正直困る。

だからといって、俺はあくまで手伝いだ。先生と違って、入会する人を選別する権利はない。


「わかった、検討してみるよ」


「はい、もしわからないことがあったら、このパンフレットの電話番号にかけてください」


パンフレットを手渡して、腰を浮かしてお話しは終わりです、と促す。

おじいちゃんはまだ何か言いたそうだが、俺はお腹いっぱいだ。


おじいちゃんの好きなラーメン屋とか、お孫さんの好きな特撮ヒーローとか、そのヒーローの変身ベルトを買いに、ここのショッピングモールのおもちゃ屋に並んだこととか、これ以上、知らない人の個人情報やエピソードを聞いても、俺にも先生にもメリットがあるわけじゃない。


お待ちしています、と先生に教わったとおりに声がけして見送ると、ドッと疲れた。

受付のイスに静かに腰を沈めて、大きく深呼吸する。


「誉田くん、先ほどはありがとうございました、助かりました」


田辺先輩の声に顔をあげると、二人がくっつくように立っていた。典子先輩は、さっきのことがあったのか、まだ赤らんでいる顔で、恥ずかしそうに田辺先輩の腕にしがみついている。

スッキリした雰囲気なのだが、慌てていたのだろう、二人とも服装がちょっと乱れ気味だ。


「ちょっとここら辺、冷えますからね、間に合って良かった」


「……え、あ、ああ、お腹が痛くなってしまったみたいで。ね、典子さん、トイレの場所、教えてもらって助かりましたね」


話を促されてキョトンとした典子先輩だったが、田辺先輩と見合ったあと、ベレー帽が落ちそうなくらい首を縦に振る。


「そ、そうなの。な、なんか、お腹の調子がイマイチなのよ」


もう、二人の関係はおおよそ察しがついてるから、別に慌てて取り繕うこともないのにな、と羨ましさ半分で笑い返す。

トイレに駆け込む前に渡そうとしたパンフレットを、改めて典子先輩に手渡しする。

立っている相手に渡すので、自然と見上げる視線になった。キャメル色のコートからタートルネックの喉元が見える。

襟元の際に、何か痣のような赤い箇所があった。慌ててトイレに入ってぶつけたか何かしたのだろうが、間に合って良かった。

視線に気づいた典子先輩は、パンフレットのお礼と同時に「喉元もスースーしてね」と襟元をびよんとあげた。


俺は仲良くギャラリーの奥に入っていく二人を眺めて、もし、俺が陽菜といっしょに出かけたらどうなるのかな、とぼんやり考えていた。

【担当:神栖陽菜】

「夜の公園って、少しひんやりするけど、隣に灯くんがいると温かいな。

私ね、ずっと焦ってたの。みんなの期待に応えなきゃって。灯くんとの距離も、なんだか怖くて。

でも、ブランコを漕ぎながら灯くんの話を聞いてたら、思い出しちゃった。昔読んだ『がまくんとかえるくん』のお話。

ねえ、灯くん。もし私がボロボロの結果で帰ってきても……また、お手紙くれるかな?」

次回、第14話「夜風の約束と、再燃する炎」。私の「鳥さん」、やっと燃え始めたよ!

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