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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第一章 幼馴染の動悸が止まらない —— 始まりは、文化祭の微熱から

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第1話:日常の異変と、スケッチブックの片隅で

「誉田くん、そこの脚立お願い!」


クラス委員長の指示が飛ぶ。

ここは俺、誉田(ほんだ) (ともる)のクラス、志筑(しづく)高校1年B組の教室。

今日と明日は文化祭の準備なので、メイド喫茶をやることになった教室は、早くもワチャワチャとお祭り騒ぎだ。


「おい、灯。お前、そっちばっかり見てないで手ぇ動かせよ」


隣にいたサッカー部の海老名が、肘でつついてくる。

俺は言われた通り、女子たちに脚立を渡した。

教室のあちこちで女子たちが楽しそうに「ご主人様」の練習をしたり、男子が必死に段ボールで看板や簡易的な棚を組み立てたりしている。

俺はというと、そうした賑やかさから少し離れた窓際の席で、こっそりスケッチブックを広げていた。

今日のモデルは、黒板に可愛らしいメイドの絵を描いているクラスメイトの清水だ。

筆ペンを滑らせて、清水の楽しそうにチョークを走らせている姿を中心に、慌ただしい文化祭前の準備風景を捉えていく。

筆ペンで描く絵は、油絵や水彩画とはまた違う難しさがある。


だけど、だからこそ面白い。


墨の濃淡だけで、夕焼けの空の赤や、青い海の深さを表現することの奥深さに、俺はいつも惹かれている。

サラサラと走り描きで大まかなデッサンをすると、手元を眺める。

握られた筆ペンは、祖父からもらった万年筆と並んで、俺の愛用品の一つだ。

高いものではないけど、手に馴染む感覚が心地よくて、気がつくといつも持ち歩いている。

大手メーカーのものなので、無くしてしまっても、どこにでも売ってるのですぐ買えるのも嬉しい。


そして、俺は筆ペンで描いた絵を、こっそりとネットのイラストサイト『残響画廊(こだまがろう)』にアップしている。

バズることを狙っているわけではない。描き溜めた絵をどこかの誰かに見てもらいたいというだけだ。

珍しいと思われるのか、筆ペンで描いたイラストはなぜか評判が良くて、どの題材でも、安定して「いいね」を稼ぐ。

うれしいことに、たまに作品がバズることもある。

最近、一番バズったのは、学校の屋上から見た燃えるような夕焼けの空と、街のシルエットを描いたものだった。

黒い筆ペンだけで描いたのに、「色が感じられる」ってコメントがめちゃくちゃたくさんついたっけ。

見る人が集中すると、まるで色がついているかのように見えるらしい。意識して描いてないけど、そんなものなのかな、と思う。

サイトに投稿していることは、誰にも言っていないし、言うつもりもない。俺だけのひそやかな趣味なのだ。

絵を描くのは好きだし、クラスの何人かは俺が絵が上手いと知っているようだ。

だけど、投稿していることがバレて、「誉田のくせに」とか言われるのは、なんだか妙に恥ずかしくて嫌だった。

もともと目立って何かするのは苦手だ。わかってくれる人が喜んでくれたら、それで良い。

それに、もし、サイトに投稿していることで、美術部の連中が再入部を勧めてきたりされても面倒だ。いまさら辞めた美術部に戻る気もない。

清水たちの様子を描いたら、棚を設置している連中の様子も描きたくなって、段ボールの組み立てに四苦八苦している海老名と数人の様子を描きだすことにした。

クラスの楽しそうな雰囲気に俺も乗ってきたのか、ペン先からスラスラと線が生まれていく。


「んー、今日はなんか調子いいな」


ザっと全体を描けたけど、調子も出てきたし、もう少し描きこんでひと段落にしよう。

その時だった。


「ねぇ、灯くん、こっそりサボって何描いてるの?」


「うわぁっ……」


不意に背後から声をかけられて、心臓が跳ね上がった。

しまった、集中しすぎて気づかなかった……。

慌ててスケッチブックを閉じようとしたが、時すでに遅し。

ポニーテールを揺らしながら俺を覗き込んでいたのは、幼馴染の神栖陽菜(かみす ひな)だった。

陽菜は陸上部の次期エースと言われている三段跳びの選手で、俺とは真逆で、いつも元気いっぱいの、絵に描いたような体育会系女子だ。

キャラは正反対だが、ご近所同士、小さい頃から気が合って仲良くしてもらってる。

懸命に文化祭の準備にいそしむ陽菜。

まくったジャージの袖から伸びる引き締まった腕と、ポニーテールからちらちらみえる、汗ばんだ首筋が健康的だ。

彼女が少し屈む。

張ったジャージのズボンが、陸上選手特有の、むっちりとした太ももや、ふくらはぎのラインをさりげなく強調していた。

本番のメイド服になったら、刺さる男子生徒は少なくない、と思うのは「幼馴染み補正」だろうか?

一瞬、陽菜のメイド姿が浮かんだが、今はそれどころじゃない。


「あー、別に、なんでもないよ、ちょっとメモを……」


俺は極力さりげなく、スケッチブックを抱え込んで、なんとか見られないようにする。

さすがに女子の横顔を盗み描きしてるのがバレたら、いくら幼馴染みでもマズイ。


「えー、見せてよ!あ、もしかして、私描いてくれた?」


そう言って陽菜は身を乗り出してきた。


「ねー、見せて……はうっ///」


その時、陽菜の顔が急に赤くなった。妙に視線が定まらず、もじもじしている。


「あれ? う、うーん、なんか変……」


陽菜は顔を手のひらで扇ぎ始めた。

頬があからんで、額にはうっすらと汗がにじんでいる。


「陽菜、どうした?熱でもあるのか?」


俺が尋ねると、後ずさりした陽菜は首をぶんぶん振った。


「ち、違うの!なんか、急に心臓がバクバクしてきただけで……。きっと、文化祭の準備の頑張りすぎで、身体がなまってきたなのかなぁ、私!」


そう言うと、陽菜は「ちょっと走ってくる!」と叫んで、教室を飛び出していった。

おいおい、文化祭の準備中だぞ。それに、そんなことで走って解決するのか?俺は首を傾げた。

それから陽菜は、他のクラスメートを尻目に、教室に戻ってきては、また飛び出していく、という奇行を繰り返した。

そのたびに顔を赤くし、胸を抑え、ジャージの裾をぎゅっと握りしめている。

だんだん他の女子の視線がキツくなる。心配そうな女子の一人が、肩で息をしている陽菜に近寄って話しかける。


「どうしたの? 陽菜ちゃん、無理しなくていいからね」


陽菜は少し引きつった笑顔で返すと、俺の方にツカツカと歩み寄った。

俺も不安になって話しかける。


「本当に大丈夫か?」


「う、ううん、大丈夫!灯くんこそ、最近なんだか変だよ!」


「俺が?」


「なんか、ドキドキするんだよね、灯くんの近くにいると。……きっと、私は練習不足なんだ!もっと頑張らなきゃ!」


陽菜はそう言って、また教室を出ていってしまった。

俺は体育会系女子の考えることはよくわからない、と溜息をついた。


文化祭の準備は順調に進み、可愛らしいメイド喫茶の飾り付けもほぼ完成して、解散となった。

一息ついたクラスメートたちがお互いに労いの言葉をかけて教室を出て行く。

俺もそろそろ帰ろうと、教室を出ると、制服に着替えた陽菜が、俺の元へやってきた。


「灯くん!一緒に帰ろっ!」


幼馴染みに笑顔で返して、並んで歩く。


「陽菜、大丈夫か?今日ずっと変だったぞ」


「……うーん、不思議なんだよね」


陽菜は小首を傾げた。


「でも、練習してたらマシになった!」


走るように腕を振り、ニッコリと俺を見る

陽菜の顔は、なぜか少し寂しそうに見えた。


「あ、ホコリついてるぞ」


俺は陽菜のブレザーの裾についているゴミを、なんの気なしに払ってやった。

すると、陽菜はまた顔を真っ赤にして、体全体をビクンと震わせた。


「ひゃっ!な、なんか、体が、熱っ……」


陽菜は顔を手で覆い、太ももとふくらはぎを交互にさすり始めた。


「やっぱり、運動のしすぎだよ、これ!熱を放出しないと!」


そして、バタバタと校舎の廊下を走り去っていく。


「なんか最近、あいつ、変なことばかりするなあ……」


呆然とする俺は、廊下の真ん中に一人取り残されたのだった。

確か、文化祭の数週間後、陽菜の出場する大会があったはずだ。高校初の大会に、気持ちが高ぶっているのかもしれない。


「……大会のプレッシャーなのかな?」


俺は小さくそう呟き、ただただ首を傾げることしかできなかった。

【次回予告:図書室の影からの独り言】 「……フフ。観察対象ターゲット、確認しました。 誉田灯……貴方の周りで発生している『非科学的な熱量』、非常に興味深いですね。 明日、図書室でそのデータを採取させていただきますよ……。 次回、第2話『図書室の密談は、妄想の始まり』。 逃げても無駄です。私のデータベースに死角はありません。」

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