28 写真の男の子
学校が終わって家に着くと、机の上に置いてある写真をそっと手に取った。一昨日、佐々木の家で、真理子の遺品の中から無断で持ち帰ってしまったものである。
昨日は結局、鴻池家からの帰りのバスで寝てしまい、目的地に着くと佐々木に起こされた。そのまま家まで送ってもらうと、両親は旅行から戻っており、兄はリビングで漫画を読んでいた。
夕飯は、旅行先で買ってきたという日本酒とそれに合わせた懐石鍋や刺身だった。両親は「これは本当に美味しいから飲んでみろ」と、和也にも日本酒を勧めてくれた。確かにスッキリとした爽やかな味わいで、飲みやすかった。しかしそれ故に、つい飲み過ぎてしまい、リビングで眠り込んだらしい。結局、兄の優也が部屋まで運んでくれたのだ。そんな経緯もあり、写真を改めてじっくり見るのはこれが初めてだった。
写真の裏には、やはり『2018年9月 和也くんとのピアノレッスン』と記されていた。
和也という名前はそれほど珍しいものではない。同名の他人という可能性も考えられる。しかし、佐々木の家の玄関に足を踏み入れた瞬間の既視感や、防音室に入った時の込み上げるような懐かしい感覚が、今でも鮮明に蘇る。それらが単なる偶然だとは思えなかった。
写真をじっくりと観察してみる。一方の男の子は、紺色のセーターにジーンズ姿で、もう片方の子は白いパーカーを羽織り、黒のズボンを履いている。なんとなく、白いパーカーの方が佐々木のように思えた。
写真の日付は2018年9月と記されている。つまり、真理子が亡くなる2か月前だ。そして、和也が交通事故に遭う半年前でもある。
「あ……」
思わず声が漏れた。そうだ、自分はこの半年後に交通事故に遭い、相貌失認と地誌的失認を患ったのだ。その時医者に、「今のところ治る見込みはありません。障害を治すのではなく、障害とどう向き合っていくかを考えましょう」と言われたのを覚えている。
その日を境に、人生は一変した。学校では、障害のことがすぐに広まり、担任の先生が朝の会で「和也くんのためにみんな名札をつけましょう」と話してくれた。友人たちも初めのうちは優しく、掃除当番でゴミを捨てにいく係になると「和也くんは無理しないでいいよ」と気を遣ってくれた。だが、その優しさが、徐々に疎外感へと変わっていった。また、休み時間には、クラスメイトの一部が名札をわざと入れ替えて別人のふりをし、話しかけてくることもあった。そして間違えたまま会話を続けると、「マジで分かんないんだ!俺とこいつ、全然顔違うのに!」とはしゃいだ。彼らにとっては何気ない遊びの延長線上なのだと分かっていたが、すごく悔しかったのを覚えている。でも、曖昧に笑い返し、その場をやり過ごすしかなかった。
そしてもう一つ、事故によって失ったものがあった。それは、事故に遭う前の数ヶ月の記憶だ。しかし当時それは、一生抱えていくことになった二つの障害と比べたら、もはや取るに足らないものだった。目の前の現実と未来への不安で心がいっぱいで、過去に目を向ける余裕など、どこにもなかったのだ。
もしも事故で失った記憶の中に佐々木との思い出が含まれているとしたら……。この写真に写っているのが本当に自分だったとしたら……。
写真を持つ手に自然と力がこもる。記憶の糸をたぐるように目を閉じた。
ナチュラルに飲んでますが、未成年飲酒を推奨するものではないです笑




