第16章 それぞれの未来ー3
この章で完結になります。
少し長めになります。最後まで読んで頂けると嬉しいです。
レイラが学園を卒業してから四年が経った。
レイラは夫のノーランと共に王城の官吏になった。そして一年後にレイラは妊娠したが、そのまま臨月まで働き、その後一年の産休を経て、間もなく復職することになっていた。
今日は息子のノルディーを連れて職場復帰の挨拶に王城に訪れていた。そしてそのついでにレイラの復帰に当たって王城内に開設されることになった、託児所のお試し保育も兼ねていた。
「まあ、ひと月見ないうちになんて大きくなったのかしら。もうしっかり歩けるのね。早いわ。
うちの子達なんて歩くまで一年二か月もかかったから、みんなで心配したのよ」
ケイト=ウエスティン公爵夫人は保育室の中をトコトコ上手に歩いているノルディーを目を細めて見つめながら言った。
夫人はレイラ達の結婚の時の保証人になってくれた人物で、女性達の憧れの初の女性外交官だ。
そして二歳になる男女双子の母親でもある。
ケイトはあのマントン先生から婚約破棄された後、王城の官吏となった。
王宮と違って行政機関で働くのはほとんど男性なので、ただでさえ女性は働きにくい環境だ。それ故に、訳ありのケイトにとってはかなり過酷な職場だった。
噂好きなのは女性だけではない。寧ろ男性の方が性的な嫌がらせまでしてくるので面倒だ。
美形で人気者だった侯爵家の嫡男から婚約破棄をされたケイトを、蔑み、馬鹿にし、侮辱をした。
特定の恋人ができたからと捨てられるのもみっともないが、そんな相手さえいないのに捨てられてしまうなんて、どんなに女として魅力がないんだ。男達はケイトをそんな風に見たのだった。
まあケイト自身もそう思っていたので、王城で働くと決めた時、彼女は結婚するという選択肢を捨てていた。男に縋るような生き方なんて金輪際ごめんだと思った。
それ故に男達に何を言われようが彼女は平気の平左だった。ただし、ただ大人しく言われるままになっていたわけでもなかった。
彼女は元々天然とホワッと柔らかな印象の女性だったが、男に媚びることは一切しなかった。男性にどう思われようが言うべきことははっきりと、ふんわりとした口調で意見した。
そして彼女は仕事に邁進してあっと言う間に頭角を現した。それに対して嫌がらせをして、彼女の足を引っ張ろうする輩も当然存在したが、その連中はいつの間にか王城から消えていた。
ケイトの崇拝者達が裏から手を回していたせいだ、ということは明らかだった。
そしてそんな崇拝者の筆頭が、ウエスティン公爵令息のハリスだったのだ。
彼はケイトの同級生で、生徒会の仲間でもあった。
ハリスは学生時代から密かにケイトを思い、ずっと陰から彼女を支え続けていたのだ。
ウエスティン公爵家は王族の血を引く名家で、代々外交を担う家柄だった。当然のようにハリスも幼い頃から外交官になりたいと思っていた。しかし、一時期外国語の成績がふるわずにその夢を諦めかけたことがあった。
そんな彼のために外国語の勉強中に協力してくれたのがケイトだった。
「ねぇ、君も外交官になって、一緒に外国へ行かないか?」
官吏試験勉強の時にハリスはケイトをこう誘った。卒業したらすぐに結婚する予定だった彼女に、そんなことは不可能だと百も承知していながら……
そして奇跡が起きた。
もちろんハリスは何よりもケイトの幸せを祈ってはいたのだが、それでもやはりあんな男と別れて良かったと思った。
酷く憔悴したケイトを友人達と必死に励ました。これから君は自由だ。君のその能力を思い切り惜しげなく活用できるのだと。
するとケイトはかつてハリスに言われた言葉を思い出し、外交官への道を選んだのだった。
この時ハリスは思った。ここまで待ったのだ。時間をかけてゆっくりと、友人から恋人になろうと。
そしてそのねがいは叶った。仕事を共にするうちに自然にケイトの心の傷は癒えて、ハリスと幸せな家庭を築きたいと思うようになっていったのだった。
そして仕事と恋に励んだ結果、さなぎが蝶に羽化するかのようにケイトは美しくなっていったのだった。
赴任先から母国へ帰国して、ウエスティン公爵家の令息の婚約者として社交界に姿を現すと、周りはケイトのその美しさに驚嘆した。
そしてそれまで散々彼女を蔑ろにしてきたくせに、彼女に擦り寄ってくる者達が続出した。
もちろんハリスやその他の同級生達に阻止されてそれは叶わず、皆早々に諦めていったが。
しかしその中でたった一人諦めずにケイトのストーカーになった男がいた。
そう、それは彼女の元婚約者だった男だ。自分勝手に婚約者を捨てたくせに、三年振りに再会した途端ケイトに向かって、
「モンシロ蝶がようやくアゲハ蝶になったね。この時を僕は待っていてあげたんだよ。ようやく君は美しい自分に釣り合うようになったね」
と言ってきたのだ。
ケイトは元婚約者を殴ってやりたかったが、ハリスやウエスティン公爵家に迷惑をかけたくないのでぐっと堪えてこう言ってやった。
「私は現在の婚約者であるハリス様のおかげで変われたのです。貴方の側に戻ったら、またモンシロ蝶どころか醜い蛾になってしまうのでご遠慮しますわ」
と。
それでもマントン先生はケイトを諦めずにストーカーを続けたあげくに、その途中で大怪我をして、世間にその行為がばれて王都と社交界から消えて行ったのだった。
✽
「私もそろそろ仕事に復帰しようと思っているの。当分は国内の業務にしようと思っているけれど。
だからその節はよろしくお願いしますね、エリザベス先生」
ウエスティン公爵夫人が王城の託児所責任者であるエリザベスにこう言うと、エリザベスは驚いた顔をした。
「公爵家にはご立派な乳母や侍女がいらっしゃるのですから、こちらへ預ける必要はないのでは?」
「あら、それならカーティエ伯爵夫人(レイラ)も同じでしょ。
わたしは食事は三食子供達ととりたいし、休み時間には顔を見たいのです。
それに偏見を持つ前に、多くの同世代の子供と付き合わせたいのです。
貴女もそうでしょ、ガイルダート(ローザ)侯爵夫人?」
ウエスティン公爵夫人がローザに話を振ると、彼女も少しだけ膨らんだお腹をさすりながら頷いた。
「はい。私もこの子が初めてのお誕生日を迎えたらここへ預けたいと思っています。
屋敷に置いておくよりも、送迎も含めて触れ合う時間が取れると思いますので。夫(バートランド)も賛成してくれていますし。
よろしくお願いしますね、エリザベス先生」
「わかりました。保育の勉強はしっかりしてきたつもりでしたが、まだ私には母親の気持ちはわからないのですね」
そう、少し自虐的に苦笑いしたエリザベスは、婚約破棄をした後、王太子の子供達の家庭教師になった。それは王妃の推薦だった。
失敗を経験した者の方が良い教師になれるものだと。しかも努力家な彼女ならなおさらだと。
実際に彼女は良い教師となったのだが、このことによりエリザベスは教育に関心を持つようになり、それが保育へと繋がったのだった。
「そんなに気負わなくても、貴女にだって数年後に親になればすぐにわかるわ」
レイラが言った。
実は来月エリザベスは結婚する予定になっているのだ。
相手はかつては彼女の婚約者だったクライス王子の側近だったハインツだった。
今、ハインツは王太子の側近としてその能力を存分に発揮させていた。
しかも二人は同じ職場の同僚となって、四年という時間をかけて仲を深めていったのだ。
これは王妃様の計らいではないのかと本人達はおろか友人達も皆そう思っていた。
ところがハインツをスカウトしたのは王太子自身だということが後に判明した。王太子自身がこう言ったからである。
「ハインツをスカウトしたのは私だよ。弟の側近にしておいたらまさしく宝の持ち腐れだからね。
だから私が有効利用したんだよ。正解だったろう?」
と。
そしてその王太子の弟のクライス第二王子は、昨年一代限りの公爵になって王宮を離れた。
だがそれはあの婚約解消のせいなどではない。二人の婚約解消は性格の不一致と公表され、どちらかの有責というわけではなかったからだ。
ただ単に王太子の二人の王子が成長したために、予定通りにクライスが臣下に下っただけだった。
クライスはエリザベスと婚約を解消した後、王妃の命令で再教育を施されて、欠如していた人への思いやりもそれなりに持つようになった。
しかし、クライス王子への婚約の申し出は全くこず、こちらからアプローチしても断られるばかりで、一向に相手が見つからなかった。
何故そんな事態になっているのかというと、円満な婚約解消だったとされてはいるが、エリザベスのあの噂を流していたのがクライス王子であったことが貴族達に気付かれてしまったからだ。
気に入らないという理由だけで婚約者の悪い噂を流すよう相手となんか、たとえ高貴な身分の方でもお断りだわ。恐ろしくてとても結婚などできない……とご令嬢達が皆尻込みをしてしまったのだった。
相手を見繕って欲しいとクライスは両親に嘆願したが、
「後で文句を言われてはたまらない。自分で見つけろ」
と、けんもほろろに拒否されたのだった。それ故にクライスには未だに婚約者どころか恋人もできなかったのだった。
✽
「それにしてもルディーちゃんは本当にカーティエ伯爵様に瓜二つね」
エリザベスがルディーを抱き上げて、ニッコリと微笑みかけながら言った。
年がら年中会っているエリザベスに、すっかり懐いているルディーはキャッキャッとはしゃいでいる。
「ええ、容姿だけでなく成長のスピードも夫にそっくりみたいなんですよ。とにかく早いの。
私が幼い頃はどうだったのかは元家族が誰も知らないから、私にもわからないのですが。多分父親の方に似ているのでしょうね。
でも、普通男の人って子供が自分に似ていると嬉しがるというでしょう? それなのに夫は私に似ていて欲しかったようですわ。なんか息子に妻を奪われそうで嫌なんですって。
だから次は私そっくりな娘を欲しいと真顔で懇願してきたから、さすがに私も引いてしまったわ。産み分けなんかできないし、したくもないわ。夫の子ならどちらに似てもかわいいに決まっているのに」
「本当に貴女達は未だに新婚さんみたいに愛し合っているのね。ランチはまだだけどもうお腹一杯だわ。ご馳走さま」
エリザベスの言葉にローザとケイトも同意した。
そして四人の淑女達はまるで学生時代に戻ったかのように、明るい笑い声を上げたのだった。
最後まで読んで下さってありがとうございました!




