悲しみ
プリーメルのライヴが終わって3ヶ月が経った。あれから両親と色々話した。進路のこと、これからの生活のこと。あのステージに立てたことで、わたしが進むべき道はプロの演奏家になることだとはっきり分かった。
そして、まだまだ学ぶべきことがたくさん見えてきた。わたしは前々から音大のオープンキャンパスに参加し、情報を集めていたので、その中から志望校を絞った。推薦入試は今月中旬に行われる。小さい頃から父の伝手で、プロの方にフルート、ピアノ、ソルフェージュのレッスンを受けていたのが、ここに来て更に熱が入った。
今日も先生にレッスンを受ける日になっていたので、そろそろベッドから出なければと思っていた。しかし、なんだか具合いが悪い。きのう何食べたっけ?と思い出そうとするが、思い出せない。とりあえず支度をし、自室からよろよろと階段を降り、リビングに向かう。リビングでは父が朝ごはんの用意をしており、母はコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。」
そう言うと、母はわたしの顔色に気づいた。
「おはよう。…玲香、あなた具合いでも悪いの?」
「…うん。ちょっとね。けど、大丈夫。」
「無理しないほうがいいんじゃないか?受験も控えてるし。」
「…うん。」
父も心配そうな顔で、スープを運んできた。見ると余計吐き気がしたが、食べれば治まりそうな気がしたのと、父の料理が食べられるのも残りわずかだと思い、ひとくち口に含む。テーブルにあったレーズンパンも口に運ぶ。すると、つけていたテレビで、朝の情報番組が始まる。
「おはようございます。今日はまず、おめでたい話題からです。4人組バンド、プリーメルのサナダさんと若手女優、渡部圭子さんが結婚というニュースが飛び込んで来ました。そして、渡部さんは現在妊娠3ヶ月と言うことで、ダブルでおめでたということです。昨日、婚姻届を提出されたとのことで…」
「妊娠3ヶ月…。」
わたしは驚いて父の方を見る。
「いやいや驚いたね!昨日サナダから連絡貰って。ライヴの時、彼女楽屋挨拶に来てたから、まさかとは思ったけど。よかったなぁ~。」
父がそう言うと、やはりわたしは込み上げてくるものを抑えきれず、椅子をがたんとさせてトイレへと急ぐ。
「ちょっと、玲香?大丈夫なの?」
父と母は心配そうにわたしの背中を見送った。
トイレへと駆け込んだわたしは、胃の内容物全てを吐き出した。これ以上吐き出したら胃までひっくり返るんじゃないかと思った。吐いてしまうなら、最初から食べなければよかった。そう思っても、もう戻ることは出来ない。起こった出来事に対処するしかないのだ。これからどうなるのかなどと、心配している暇はない。
悩み、劣等感、満足感、軽蔑、安心感、諦め、尊敬、達成感、愛しさ。ちょっとしたことでも感情を動かされる。1秒だって待ってくれない。それが、わたしの青春。まだわたしの青春は、はじまったばかりだ。そしてその青春のはじまりには、悲しみも含まれている。ただそれは今、吐くことでしか受け入れられないようだ。
こちらで完結となります。
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