事実上の左遷
目の前に置かれた辞令には、俺と桜木の名と共に、「中佐」という新たな階級が記されていた。
本来なら喜ぶべき昇進だ。だが、このタイミングでの一階級昇進が、あの日散っていった教え子たちの命と引き換えに与えられた「口封じ」のように思えて、吐き気がした。
「今回の件、ご苦労だった。」
人事担当官の声は事務的で、冷え切っている。
「本題なんだが……2人は来年度、戦闘補佐隊の仕事を中心にしてもらいたいから、集団戦闘基礎と応用以外の授業は持たないことにする。」
その言葉に、隣にいた桜木の眉がぴくりと動いた。あいつの中にある、教官としての誇りが音を立てて軋むのが分かった。
「つまり、班すら持てないと?」
桜木の声には、隠しきれない不満が滲んでいた。だが、担当官の返答は、俺たちの胸の最も脆い部分を容赦なく抉り抜いた。
「これは保護者のことも考えての判断だ生徒を死なせた教師が変わらず教えているというのは、なかなか気持ち的に難があるだろ。お前らのせいではないけどな。」
――生徒を、死なせた教師。
その言葉が、鋭い刃となって俺の腹部の古傷を突き刺す。
安宅の父親に言われた「あなた方を許すことは一生ありません」という言葉が、呪詛のように耳の奥で蘇る。 生き残った俺たちが、平然と教壇に立ち続けることを、遺族たちは許してはくれなかったのだ。
事実上の左遷。軍人としての実務に追いやり、生徒たちの視界から俺たちを排除するための「改革」。
なるほどな……
「では他の授業はどうしますか? 生徒数が減ったとはいえ教官も減っていますし、人手は圧倒的に足りませんよ。」
食い下がる桜木を、担当官は淡々となだめる。
「八王子本部や立川基地から人を送り込むことにする。前以上に立川基地と士官学校の境目を無くすことにする。だから君たちが使える部屋とかは今年度と変わらないが、戦闘補佐隊の仕事をそこでしてもらうことになる。」
「……分かりました。」
それ以上、何も言えなかった。
俺たちがこの学校に留まることは、生き残った生徒や、亡くなった生徒の家族にとって「痛み」そのものなのだ。
人事部を出て、人気のない長い廊下を歩く。コツコツと響く二人の足音だけが、虚しく天井に吸い込まれていった。
ふいに、隣の桜木から重いため息が漏れる。
「実力が無いということか?」
「違うだろ。改革を見せないといけないんだろ。」
中佐という本来ならまだ与えられないはずの重すぎる肩書きを背負わされながら、俺たちは教官であることを公に禁じられたに等しかった。
……俺たちはもう、お前たちの後輩を導くことすら許されないらしい……
罪悪感で泥濘んだ意識の中で、俺は新しくなった階級章の重みに、ただじっと耐え続けていた。




