ぷんぷんしている小早
関と二人の「サシ飲み」から戻った桜木を待っていたのは、プンプンと怒る小早だった。
「ズルいです! 関と二人だけで飲みに行くなんて! 今度は絶対に私とサシで飲み連れて行ってください!!」
仲間外れにされたのがよほど悔しかったらしく、目の前で「むー」と不満げに桜木を見上げて迫る小早。俺が「いや、隠せてなかったぞ?」と苦笑いしながら助け船を出すと、桜木は大きな手を小早の頭にぽんと置いて「また今度な」と適当にあしらっていた。
「約束ですからね!」と吐き捨てるように自分の部屋へ戻っていった小早の背中を見送り 、リビングには再び静かな夜が戻ってきた。
「……やれやれ。あいつのあの食いつきよう、どこで覚えたんだか」
「はは、それだけお前と過ごす時間が好きってことだろ」
俺はお茶のカップを桜木に差し出し、ソファーの背もたれに深く体を預けた。
「……で、関とはちゃんと話せたか?」
「おう。あいつはもう、ただの教え子じゃねぇよ。……ちゃんと、男の顔になってた」
桜木の言葉に、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。
さっきの小早の態度を思い出して、俺はふっと苦笑いを漏らす。
「それにしても……当の小早のやつは、『結婚』の『け』の字も頭になさそうだったな」
「まあな。あいつにとっては、関は恋人である前に最高の同期で、今はこうして一緒にいられること自体が楽しくて仕方ないんだろう」
「だろうな。だが……」
俺は手元のカップを握りしめ、少しだけ声を落とした。
「関には、早いうちに腹を括らせて、小早と所帯を持たせてやりたいところだ」
桜木が静かに俺を見つめてくる。
「中山、お前もそう思うか」
「ああ。……俺たちの仕事がどういうものか、俺たちが一番よく知ってるからな」
口にしながら、古傷が少しだけ疼くような気がした。
今日笑って過ごせたからといって、明日も同じように無事でいられる保証なんて、この戦場にはどこにもない。いつ命を落とすか分からない日々に、俺たちは全員、足を突っ込んでいるのだ。
「『いつか戦いが終わったら』なんて猶予を待っていたら、その『いつか』が来る前に全てが終わっちまうかもしれない。だからこそ、早く形にして、二人を強く繋ぎ止めておいてやりたいんだ」
「……ふん。まったく同じことを、さっき関の奴にも叩き込んでやったよ」
桜木がニッと口元を歪めたのを見て、俺は「やっぱりか」と笑ってしまった。考えることは同じだ。教官として、あいつらに残してやれる一番の鎧が何なのか、俺たちは痛いほど分かっている。
「小早は呑気なもんだが……関なら、ちゃんとお前の言葉を受け止めて、腹を括るさ」
「ああ。『小早は俺がもらった』って、安宅にドヤ顔で自慢してやるそうだ」
「ははっ、そりゃいい。安宅のやつ、化けて出てきて悔しがるだろうな」
二人で静かにカップを傾け、夜の静寂に思いを馳せる。
結婚なんてまだ何も分かっていない無邪気な少女と、彼女を一生守る覚悟を固めつつある不器用な青年。
明日何が起きるか分からない世界だからこそ、あいつらが互いを抱きしめ合い、後悔なく笑い合える未来を。俺たちは教官として、一人の大人として、どこまでも泥臭く守り抜いてやるだけだ。




