第20話 スイートピー 〜門出〜
入学式。
それは新しい生活の始まり。
これからの期待を胸に弾ませた生徒達が集う初めての行事。
着慣れていない綺麗な制服を、何度も鏡の前で確認する。
藍色のブレザー。グレーのズボン。着慣れていない感じが初々しさを感じさせる。
歪んでいるネクタイを気がすむまで直す。
何かしっくりこない。結び方が悪いのか。中学時代はネクタイなんてしなかったから良く分からない。
「貸しなさい」
鏡越しの俺の背後に、柚樹さんが写り込む。そしてネクタイを結び始める。
流石は人生の先輩。見事な手捌きで、スーツ売り場のマネキンの様な、綺麗に結んでくれた。
「似合ってるわよ」
「そ、そうですか?」
そう言ってもらえると嬉しいが
「蓮ちゃんも、もう高校生かぁ……」
小さい頃を知っているからか、俺の成長を見てほっこりとしている。
柚樹さんのお婆ちゃん感が否めない。
時間の流れが速いとは正にこの事。
俺は玄関に向かいローファーを履く。
「行ってきます」
「似合ってるわよ」
そう言って貰えると嬉しい。何せ自分では分からないものだから。
手を振る柚樹さんに振り返し、歩き始める。向かう先は花ヶ咲高校ではない。
いつものだ。
「あ、蓮!」
「待った?」
「全然。今来たとこ!」
まるでデートの待ち合わせかの様な会話。
百合の制服姿は、誰がどう見たって似合っているの何物でもなかった。
花屋の前に立つ百合は、それはもう絵になっていて、可憐な少女そのもの。
「行こうか」
俺達はこれからの高校生活を迎えに、入学式へと向かう。
桜並木の下を二人で歩く。
ひらひらと舞い落ちる桜の花は、春の始まりを感じさせる。
他にも同じ制服姿をした生徒が、ちらほらと見受けられる。彼らもそう感じ取っているのだろうか。
まさかこうやって百合と同じ高校に行けるなんて思わなかった。横で一緒に歩いている百合を見て、改めて実感した。
そうだ。俺はこれから始まる。始めるんだ。
どこの学校でも校長の話は長く、そしてつまらないものだと知った。
それを終えると、広場にある提示版に載っているクラス発表を百合と見に行く。
「一緒だと良いな」
「だね!」
いや、マジで一緒じゃないと嫌だ。
百合とクラスが離れたら、俺はこの先やっていける自信が無い。
騒めいている人混みに流されながらも、何とか提示版の前に立てた。
そこには「1ーA」「1ーB」「1ーC」の三つに分かれており、それぞれに五十音順に名前が並べられている。
俺は血眼になって自分と百合の名前を探した。
1ーAを上から見ていくと、「柊木 蓮」が載っている。
どうやら俺は1ーAみたいだ。
(百合は何組だ!?)
そのまま下を見ていくと、「橘 百合」と載っていた。
俺は目を擦った。もう一度見ても変わらない。
「同じクラスだ! やった!」
「やったね、蓮!」
喜び。楽しい。期待。そして、幸せ。
そんな感情が久し振りに湧き上がる。俺はこんな時、どう喜んでいたんだろう。
花子が転校して来て、嬉しかったのを思い出した。
俺は心の中ではなく、しっかりとガッツポーズをした。
教卓の前に立っている女性は、黒板にチョークで大きく「小野寺 杏」と書いた。
「私がこのクラスの担任の小野寺 杏です。よろしく!」
くりっとした大きな目、綺麗な輪郭。女優と言われても頷ける。
華奢な体付きは、モデルかと思わせる程にスタイル抜群。
髪型はミディアム程で、右目に少し隠れるぐらいに流している。
そんな女性が、俺の担任。より高校生活が楽しみになってきた。
「じゃあ始めに、自己紹介でもして貰おうかな~」
その一言で、緊張感と不安感が教室に漂う。
俺はたった今、猛烈に緊張している。
此処は当たり前だが知らない人ばかりの部屋。
俺は中学時代、友達がいなかった。その事実が俺を極限まで不安にさせる。
そして、ここでいきなりの自己紹介。最初の難問。
ここで第一印象が見極められると言っても過言では無い。
「名前と趣味、後は何でも良いよ。では一番からどうぞ」
先生の呼びかけに応え、一番の子が席を立ち、教卓の前に向かった。
その女の子は小柄な体型で、制服の袖が少し長いのか、手が指先しか出ていない。
童顔で小動物の様な可愛さを持ちつつも、眼鏡が凄く似合っていてクールさも感じさせる。頭が良さそうな印象を受ける。
髪型はショートボブ。毛先がふんわりとしていて、柔らかそう。
「相沢……瑛里華……よろしく」
ボソッと放たれた声は予想通り可愛い。
そして、下を向いて席へ戻って行った。どうやら大人しい性格の様だ。
(相沢? 何処かで聞いた事ある様な……)
次の子からは皆、緊張しながらも元気良く自己紹介をしていった。
気が付けば俺の番。
しまった、何も考えて無い。どうしよう。
しかし時間は待ってくれない。俺は教卓の前に立った。
「え~。柊木 蓮です。好きなものは……」
周りの多くの目が俺だけを見つめている。頭が真っ白になりそうだ。
一つ、綺麗な目を見つけた。
百合を見ていると、緊張がすっと抜けていく。
「花です。花が大好きです」
男子はクスクス笑い、女子はギャルっぽく可愛い~と言っている。
百合は微笑んでいた。
花子とも百合とも花で繋がった。
だから俺は、花が大好きだ。
花みたいな君が、大好きなんだ。




