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第17話 ブライダルベール 〜願い続ける〜

 色々な花に水をやる。

 それが日課であり、生き甲斐だ。


 ツユクサ。

 花言葉は『懐かしい関係』

 椿、葵、花子。今となっては懐かしいものだ。


 ペチュニア。

 花言葉は『一緒なら心が安らぐ』

 花子といれば、心は安らいだ。


 オミナエシ。

 花言葉は『儚い恋』

 恋する儚さは、良く知っている。


 トリトマ。

 花言葉は『恋する辛さ』

 恋は必ずしも、辛さを伴うのかもしれない。


 スカビオサ。

 花言葉は『全てを失う』

 花子を失った。


 ヒガンバナ。

 花言葉は『諦め、独立』

 俺も諦めたらこの辛さも、少しは安らぐのだろうか。


 ブライダルベール。

 花言葉は『願い続ける』

 それでも、俺はーーー




 三月の半ば。雪は溶け、温かい風が吹き始める。

 木が生い茂っており、桜の木の蕾が少し開いている。


 葵に言われた「高嶺さん。今の蓮を見てどう思うだろ?」

 それは、俺の脳裏に焼き付いていた。

 花屋は俺にとって『楽しい』だと思う。


 花屋の前で百合とした約束の日。

 俺は行かなかった。行きたくなかったんだ。

 百合ともう一度会うと、もう戻れない。彼女の事を好きになってしまう。そんな気がして。

 罪悪感を押し殺して、百合を忘れようとした。


 次の日、土砂降りの雨が降った。

 テレビを付けてニュース番組を見ると、年度稀に見る降水量らしく、外では傘が吹き飛ばされるサラリーマンが映っている。

 電車も遅れているらしく、外出は難しい様子だった。


 百合はもういないはずだ。

 済まない事をした。俺の事、怒ってるだろう。

 気が付くとこんな大雨の中、傘を差して花屋へと向かっていた。

 強風により前に歩くのさえ困難で、傘はすぐに潰れて役に立たなかった。

 こんな雨に打たれ続ければ、風邪じゃ済まない。こんな時に、ずっと待っていられるはずないんだ。

 それなのにーーー


「何で……」


 豪雨の中、花屋の前に立っているのは百合だった。

 身体全身がずぶ濡れになっていて、それでも百合はじっと待っていた。

 いないものだと思っていたから俺は驚いた。

 百合は俺に気付くと、ニコッと笑顔を浮かべた。

 雨に滴る百合の姿はとても美しかった。


「蓮さん! こんにちは」

「どうして……ここに……!」


 そこには何時もの元気な百合がいた。

 約束を破った俺に怒るどころか、笑顔を振りまくなんてどうかしている。


「だって約束したじゃないですか」


 俺はその言葉を聞いて思い出した。

『待ってるから。あの花屋の前で』


 ちゃんと百合は昨日も来てくれたんだ。

 そう考えると俺は深々と頭を下げるしか無かった。


「百合、ごめん」

「全然! 蓮さんなら来てくれるって信じてましたから」


 百合の優しさが心に染みる。

 俺も百合なら待っていてくれているって、心の何処かで信じていた。

 出逢ったのはごく最近で、話したのも僅かしか無いのに、俺達の中ではこんなにも信頼関係が芽生えている事に驚いた。


 すると、降ろされているシャッターがゆっくりと上がり花屋が顔を出す。

 俺達は急いで中に入る。


「蓮さん。この花素敵ですよね~」


 百合の目の前にあるブライダルベールを指してそう言った。


「ブライダルベール……」


 そうか、百合も願い続けていたんだ。俺がここに来てくれる事を。

 約束を果たしてくれる時を。


「蓮で、蓮で良いよ」

「いいんですか? じゃあ……」


 百合はこほんと咳払いをして、照れながら心の準備をした様だ。


「……蓮?」


 みんなからそう呼ばれている名前は聞き飽きている筈なのに、百合の呼び声は何処か懐かしく、自分でも驚く程に嬉しかった。


「もう一度、そう呼んでくれないか」


 百合は応えて呼んでくれた。一度とは言わず何度も。

 俺は嬉しかった。この懐かしさにいつまでも浸っていたかった。


 百合は長い髪を搔き上げてこう言った。


「良い名前ね」


 一緒だ。あの時もそう言われたんだ。


 百合は花子の生まれ変わりなのではないか、とさえ思える。それ程に似ているのだ。

 花子に代わりに、俺との約束を果たす為に現れた。

 そんなメルヘンチックな妄想をしたが、それが本当なら少し嬉しい事だと思った。


 やはり百合は花子に面影が重なる。花子を思い出す。

 ただ、俺がこうやって今見ているのは、楽しさを分かち合っているのは、確かに百合であった。


 俺達はこうやって再会を果たし、話をした。

 俺にとってその時間は何よりも『楽しい』だった。


 記憶の事や、事故の事。また聞けずじまいだったが、急ぐ事はないと今日は話には出さなかった。

 会話の中にはこう言う話があった。


「学校って楽しいですか?」


 百合はずっと寝たきりの状態で病院で過ごした。過去の記憶も無い。

 つまり、学校というものを知らないんだ。


「人によるかな? でも楽しいものだよ」

「高校に行きたいんです……私……」


 百合の身体がゆらゆらと揺れ始め、俺にもたれかかってきた。


「おい、大丈夫か……?」


 百合を良く見てみると、顔色がほのかに赤くなっている。

 もしやと思いデコに手を添える。


(熱っ……!)


 百合のデコには、触れたこちらの手が火傷する程の熱が篭っていた。完全に熱を出している。


「百合……百合!!」


 息が荒くなっている。立っているのもやっとの状態だ。

 俺とした事が、百合との会話に夢中になっていた所為で気が付けなかった。


 俺は上着を百合に被せて背負う。

 そのまま百合を余り揺らさない様に、尚且つ急いで俺の家に向かって走った。

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