第101話 可愛らしい獣人の子供たちと
とある理由で空間倉庫内から取り出す予定だったベヘモスの死体を取り出せなくなった俺は、第二の土産物である、大平原倒した魔物が持っていた武器類をドワーフ族に物作りの材料として渡すべく、世界樹の反対側にあるという集落へと歩き出したのだが、何故か広場に居た4組の獣人族の親子が一緒に付いてきた。
偶々行先が近いところなのかと思いきや、獣人族の子供五人が俺の手を誰が掴むかで、ちょっとした騒ぎが起こってしまっていた。
「ボクがお兄ちゃんの左手を持つの!」
「ええぇ~~、アタシが先にお兄ちゃんに駆け寄ったんだから! 早い者順よ」
左手がこうなのだから当然右手側も、どの子が掴むかで小競り合いになっていた。
子供五人に対して、俺の手は当然左右一本ずつの計二本だけ。
子供たちの親は子供たちが燥いでいるのを穏やかな笑顔で見ているし。
ただ、子供たちの動きを見ていると、俺も何処か和んでくる。
因みに現状はというと、『アタシは!』と強気に発言する犬型獣人の女の子(?)は、頭の上の犬耳と尻尾をピンと張って狐型獣人の何処か気が弱そうな男の子(?)を言葉責めにしているのに対し、責められている男の子は狐耳をしゅんと寝かせたうえで尻尾も元気なく垂れ下がっている。
加えて猫型獣人の……此方はパッと見で男の子か女の子か区別できなかったが、猫耳を寝かせた状態で尻尾をピンッと立たせてオロオロと視線を泳がせている状態となっていた。
あとでこの子の母親に聞いてみたところ、れっきとした男の子だという事らしい。
その後、数十歩おきに順番に交代して俺の手を握るという事が決定したときに、右手一番目を獲得した犬型獣人の女の子がはち切れんばかりに尻尾を振って、手を握りしめようとしてきたところで無意識に俺の手はピコピコと動く、少女の頭の耳付近を撫でていた。
「えう?」
「あっ! ご、ごめん」
「や~~もっと!」
最初何をされたか分からないといった表情の少女だったが、俺が急いで頭の上から手を離すと突然泣きそうな顔に変化してしまった。
左手側に居た子供にも怪訝そうな目をされたが、我関せずといった表情でしっかりと左手を離すまいと握りしめてくる。
この現状にどうすれば良いのかと、少女の母親と思われる犬型獣人の女性にアイコンタクトしてみるも、相も変わらず黙ってニコニコとしてるだけ。
困ったなと思いながら少女の希望通り、頭の上の耳付近を撫でるのを再開してみると、静かに撫でられるがままとなっていた。
手は繋がなくても良いのだろうかと考えたが、少女は撫でられる方が好きみたいなので他の子供は手を握り、少女の番が来たら頭を撫でるという事に何時の間にか決まっていた。
どうでも良い事だが、子供たちや母親らの手も犬や猫の動物そのものかと思ったが、掌には肉球らしきものは何処にも見当たらず、あるのは少し毛深い子供の手と表現するだけの物だった。
そしてそれから30分近く、歩数で言えば2000歩くらいだろうか。
入れ代わり立ち代わりで子供と手を繋ぎつつ足を進めたところで世界樹の東側にある果樹園に到着した。
如何やら親子らの目的地はこの果樹園にあるらしい。
「じゃ、私達は此れで失礼しますね」
「どうして一緒にと思いましたが、目的地は此処だったんですね」
聞けば狩りに行けない森の住人達は何日かおきに交代で、畑の水やり、果樹の収穫、雑草取りなどを子供に教えながら熟しているらしい。
が、子供が俺と離れる事を嫌がって一悶着あったのは言うまでもない。
「お兄ちゃん、またね」
聞きわけが良く、親の事をちゃんと聞く子供も居れば……。
「やだ! お兄ちゃんと一緒に行く!」
ずっと俺に頭を撫でられるがままになっていた少女のように、離れたがらない子供もいた。
「こらっ、我がまま言わないの。お兄ちゃんだって忙しいんだから」
「だって、だって」
「あんまり我儘言うと、お兄ちゃんに呆れられて嫌われちゃうよ。それでもいいの?」
「嫌われるの、や!」
「……ん、わかった。またね……」
その後、項垂れたような表情となった少女は名残り惜しそうに俺から離れて果樹園へと歩いて行った。
さて俺も暗くなる前にドワーフ族に土産を渡してくるかと思っていたところに、先程の犬耳少女の母親に良く似た女性が果樹園の中から俺の方へと走り寄ってきた。聞けば少女の母親の双子の姉らしい。
ちなみに俺が何故『同じ人』ではなく『似た人』だと分かったかというと、頭の上でピョコっとなっている犬耳の一部が白くなっていたからだった。
少女の本当の母親は全体が茶色で、一部が黒毛になっていた。
「えっと、何か忘れ物でもしたんですか?」
「いえ娘達の所為で時間を取らせてしまいましたから、せめてドワーフ族の集落まで道案内も兼ねて御一緒しようかと思いまして」
「それは願ってもない事ですが、果樹園の仕事は良いんですか?」
「ええ、私と同じ顔をしたのが、もう一人いますから」
『そう言う問題なのだろうか?』と思っていると。
「それに此れは皆からの総意なんですよ。いつもは果樹園の世話という仕事を嫌がって中々足を進めない子供たちが、クロウさんが居ると言うだけで文字通り尻尾を振って意気揚々と付いてきてたんですから。それに私の娘は実に情けない事に、私と妹の顔の区別が未だに出来ないんですよ。挙句の果てにママ1、ママ2と呼んでくるときもありますから」
女性はそう言いながら、手を口に当ててクスクスと笑っていた。
「なるほど。ところで一つ気になっていたんですが、あの子たちの父親って何処か出かけてるんですか? それにまだ森の一部分しか見てませんけど、なんか圧倒的に男性の数が少ないような気もするんですが」
何気なく、こんな質問すると見るからに表情が曇ってしまった。
間違いなく地雷を踏んでしまった事に気が付いて謝罪しようとしたところで、女性がポツポツと話し出した。
「昔……と言っても、あの子たちが生まれる少し前になるんですけど、私達獣人族は人間が住んでいる大きな街である時は奴隷として、ある時は何かの実験の材料として、ある時は見世物として鎖に繋がれて汚い部屋に押し込まれていました。其の時はまだ夫たちが元気でしたが日を追うごとに一人また一人と男が奥の部屋に連れて行かれて戻ってくることはありませんでした」
世界に人間だけが居れば良いと考えてやまない、帝国グランジェリドが亜人を使って何かの実験をしていたと前に聞いたことがあるけど、まさに少女らの父親が被害者だったというのか。
「やがて男性の数が次々と減って行き、次は愈々私達の番かと言うところで騒ぎが起こりました。外から壁越しに聞こえてきた声から察するに、私達が居た建物の何処かから火の手があがったらしいのです。其の時は私達も煙にまかれて死んでしまうんだと思いましたが、運良く壁が崩れた事で隙間から脱出に成功して混乱に乗じて街から逃げ出して、何とかこの地に行きつくことが出来たんです。お腹の中にあの子たちが居た事で、何が何でも生き残らないといけないと考えた事も頑張れた要員の一つですね」
「壮絶な話でしたね。そうすると如何して同じ人間族である俺の事を恨まないんですか?」
「私達も最初は恨みから人間達を皆殺しにしてやると息巻いていたんですが、当時私達全員を纏めていた人物、のちの獣人族長老から『皆の気持ちはよく分かるが、負の連鎖を起こしてはならない』と叱咤されました。当初は意味が分りませんでしたが、齢を重ねるにつれて言われていた事が分る様になりました。それでも分からなかった者達は『人間族を死ぬことすら生ぬるいほどに八つ裂きにしてくる』と言って此処から出て行ったまま、未だに帰って来てません」
負の連鎖……人間に恨みがあるからと言って亜人が人間を殺せば、その人間の残された家族が亜人を殺す。で、その亜人に親しい者がまた人間を殺し、また被害にあった人間に親しい者が亜人を殺すという、片方の種族を完全に滅ぼすまで何処まで行っても終わる事のない、悲しき連鎖か。
その当時に皆を纏めていた長老も凄い人だが、夫を亡くした彼女らが納得するというのも凄い話ではあるが。
その後、果樹園から歩き出して1時間が経過したところでドワーフ族の集落に到着することが出来た。
時に近道として獣道を通らなければならなかった事から、正規の道を歩いているともっと時間が掛かった事だろう。そして情けない事だが、俺は途中から歩いてきた道を憶えていなかった。
目的地(ドワーフ族集落)に着いた直後、此処まで道案内してくれた彼女が戻ろうとしたが、俺が『戻る時も頼むよ』と小声で話しかけると、口元に微かな笑みを浮かべて『わかりました!』と元気のいい返事が返ってきたのだった。