第102話 ドワーフ族の集落にて
果樹園のある場所から道案内として一緒に来てくれた犬型獣人の女性とともにドワーフの集落に足を踏み入れた俺が最初に目にしたのは、森の中のごく一部切り開かれた場所で宴会を楽しんでいる10人ほどのズングリムックリとした体形のドワーフ族だった。
その10人のうちの1人は皆より数段高い場所で呑んでいる。
ドワーフ族長老ヴェルガだった。
「ん? おめえさん見かけねえ顔だな。何モンだ?」
宴会の席の中に足を踏み入れて良いかどうか迷っていると、俺の姿に逸早く気付いた酒を飲んでいた1人のドワーフが話しかけてきた。
「あっちの獣人の娘は見覚えがあるけどよ。アンタの顔は……」
「俺は少し前から森でお世話になっている人間のクロウと言います。昨日の集会の制定の儀の後に御挨拶させて頂いたかと思うんですが、憶えていらっしゃいませんか?」
周囲を見渡しながら、そう言えば俺の事を知っていて此処まで道案内してくれた犬型獣人の女性は如何したんだと思っていると、ちゃっかり宴会の席で御相伴にあずかり、酒を飲んでいる真っ最中だった。
「おらは昨日、坑道の仕事で集会には出られなかったから見てねえな。皆はどうだ」
「おいおい、此処にいる連中は昨日一緒に坑道に入ってただろうがよ。唯一坑道に入ってない者といえば……ヴェルガだな。アイツなら長老だし、集会にも出てるだろう」
そう言ってドワーフは俺の腰を押しながら、宴会の席の真ん中辺りまで連れて行く。
俺の身長が175cmに対し、ドワーフ族の身長は100cmあるかないかなので必然的に抑える場所は腰か足かになる。
俺がもし女性なら叫んで引っ叩くところだな。
此処でふと思ったのは、ヴェルガなら遠目であっても俺だと分る筈なのだが、近くまで近づいて漸くその理由を理解することが出来た。
ヴェルガが飲んでいる席は皆から階段を10段ほど上がった場所。
其の場所なら視界の半分は階段を見ていたという事になってしまう。
こうして前後をドワーフに挟まれる形でヴェルガの近くまで連れてこられた俺だったが、俺が目にしたのは階段に対して横向きで大きな器で酒を飲んでいるヴェルガと、その向かい合わせに成るような形で座っている何処かで見たような気がする、他よりも更に一回り小柄なドワーフだった。
「ヴェルガ、宴会の席に客が来たんだがコイツの事、何か知ってるか?」
そう言って俺の後ろから押していたドワーフが俺を前へと押し出す。
「……まったく、儂の事は長老と呼べと常日頃から言っているだろうにィィ!?」
此処で漸く俺の事に気が付いたのか、持っていた器を地面に落して驚愕の表情を見せていた。
器の中の酒は既に飲みほしていた事もあって周りが水浸しにならなくて良かったのは幸いだったが。
「ヴェルガどうした? 飲み過ぎて遂におかしくなったか?」
「だから長老と呼べと……はぁ、もうええわい。この者はクロウといって人間族だ。昨日の制定の儀の後に行われた集会に於いて披露された。しばらくはエルフの長老宅に住むことになったから皆にもそう伝えておけ。決して危害を加えようとするなとな」
「分かった。ニンゲン、そう言う事なら歓迎する。一緒に飲むぞ」
「まぁ、待て待て。儂から少しこの者に話があるのでな。お前達は宴会を続けてても良いぞ」
ヴェルガがそう言うと、ちゃっかり料理が乗せられている皿を持って俺を此処まで連れてきたドワーフが階段を下りてゆく。
「ハァ全くあやつ等ときたら。神子様、御見苦しい点をお見せして申し訳ございません」
「いえ、急に来た俺も悪いんで。それに俺を此処で神子と呼ぶのはちょっと」
そう言いながら俺は困った顔で、此処に居るもう一人のドワーフへと目を向ける。
「御心配には及びません。この者は会議場で共にいましたので、神子様の事は既に知っています」
「何処かで見かけたような気がしていたけど、もしかして会議場で酌をしていたドワーフ?」
「はい。ヴェルガの妻のアレクサと申します」
妻っていう事は女性という事だよな。
思いっきり失礼な話だと思うけど、ハッキリ言って女性には見えない。
「何か失礼な事を想われているような気がします……」
「ところで神子様、此方には何用で参られたのですかな? 此処は他の集落とは違い、あまり見て楽しむような物もなく、むさくるしい奴等が飲んで騒いでいるだけの場なのですが」
そこで俺は魔物の肉を煮炊きして毒抜きする鍋が圧倒的に足りない事を説明する。
ついでに毒抜きの最中に鍋の火を消してしまった事も言い含める。誰がという事は言わなかったが。
「なるほど、そう言う事でしたか。ならば態々神子様が来ずとも……それに折角来ていただいて申し訳ないのですが、今掘っている坑道から採れる鉱石は鍋作りにあまり向かないのです。狩りの際の武器や農作業用の鍬や鋤、鎌を作ってくれと言われるのならば、すぐにでも作れるのですが」
「自分で来た理由だけど、此処に来る途中の大平原で狩った魔物を土産として渡したのは話しましたよね」
「ええ、今まさに毒抜きの作業をしている物ですね」
「その狩っていた魔物の中に武器を持っていたものが居たんで、何かの役に立つかもと思って空間倉庫に入れて持ってきたんですよ。ただ刃毀れなどが酷くて武器として使うには少し不安だけど、溶かして別の物にするのであれば材料として良いかなと思って」
そう説明しながら【ディメンション】を唱え、後方に空間倉庫を表示させる。
そして中から所々に罅や刃毀れ、欠けなどがある魔物が使っていた武器や防具、それに非金属の皮防具等もついでに取り出していく。
「結構な量ですね。皮や布などは後で縫い合わせて別の物に加工するとして……武器の大半は鉄製みたいですね。これなら少し時間はかかりますが、鍋に加工できると思います」
「なら、お願いします」
「分かりました。完成次第持って行きますので、メレスベルの元でお待ちしていてください」
「ありがとう。ところで少し聞きたいんだけど良いかな」
「なんで御座いましょう?」
「今更だけど今日は何かの御祝でもあったのかな。この宴会を見るに、余程良い事があったんだね」
俺がそう言うとヴェルガの顔の表情が何処となく暗いものへと変化した。
「……神子様からしてみれば良い事ではないかもしれませんが、この宴会はラグルが居なくなったことに対する喜びの宴です」
こう言われた直後『ラグルって誰だっけ?』や『森を悩ませている魔獣の名前かな』と思っていたが、時間が経過するにつれて元・仮長老の竜人族ラグルの事だと思い知らされた。
「居なくなった……死んだことをお祝いする宴だなんて。一時期は長老として肩を並べていたんだろ!? それなのにどうして不幸を喜ぼうとしているんだよ!」
俺の怒声に対して口を開いたのは自己紹介以降、口を噤んでいたヴェルガの妻のアレクサだった。
「確かにこの事は決して許されるべきことではありません。されど、あのラグルによって齎された災害を鑑みるに私達は間違えておりません」
「森に来て早々の俺が軽々と口にして良い事ではなかったんだな。何があったのか聞かせてくれないか」
「今より約3年前となりますか、当時の竜人族長老バヌトゥ殿が今は亡き友人の息子として連れてきたのがラグルでした。当時は今の様に傍若無人ではなく、何かを貰ったら『ありがとう』と言い、朝と夜の挨拶も誰かに注意されることなく自然に口から出ていたのですが……ある時、急に何を思ったのか自分自身が森に選ばれたものだと錯覚しやりたい放題へと変わって行きました。始めは子供たちが持っていた玩具を取り上げるなど些細な物でしたが、次第に『お前の物は俺の物、俺の物は当然俺の物』という風になって行きました。当然、各長老から注意しましたが言う事を聞くのは注意された1日だけ、翌日には元に戻ります」
「森から追い出すなり出来なかったんですか?」
「それも考えましたが、そうすると奴を森に連れてきたバヌトゥ殿の立場を悪くしてしまうので出来ませんでした。更に力でどうにかするにしても奴は竜人族でしたので、とても適いません。そして魔物に襲われてバヌトゥ殿が亡くなった途端、振る舞いは更に酷くなり、何をするにしても全て命令でした」
「バヌトゥの死因は制定の儀に於いてハッキリしましたが、儂等は精霊様が証拠を発見為さるまで本当に魔物に襲われて命を落としたものと考えていました。バヌトゥの強さを知る者達の中には疑惑を持った者が多数いて調べようという事になったのですが、結局何の証拠も見いだせずに今の今まで……」
まぁ、俺も会議場に足を踏み入れた際に案内役の竜人族が目の前に現れただけで冷や汗が止まらなかったから皆の気持ちはよく分かる。アレとは戦いたくないと身体が拒否を示していたからな。
「そして仮とはいえ長老になってからは更に拍車がかかり、狩ってきた獲物の独り占めや果樹園の独占などやりたい放題でした」
「でも如何してそんなのが長老に選ばれたんだ? 聞いた話だと長老を選ぶのに何割かの住民の賛成が必要になるって聞いたけど、そんな傍若無人なら信頼度も少ない筈だろ」
「その事には儂も気になって昨日の制定の儀の後で獣人族に聞いたところ『賛成しないと想像すら出来ない不幸がお前だけじゃなく、親戚まで降りかかるかもしれないな』と脅されていたんだそうです。其の時に相談してくれればと言っていたのですが、何処からか相談した事が漏れてラグルの耳に入ると仕返しされるのが怖いと周りの者まで怪しんでいたそうなんです」
まぁ、相談した相手がラグル側の者だったらと思うと怖くて相談できないのも頷けるな。
其処まで話したところで辺りが暗くなり始めた事に気が付いた俺はそろそろ戻らないとと思い、俺と一緒にここまで来た獣人の女性は何処に居るのかと階段の上から目で探すと広場の隅っこで酒壺片手に寝そべっている姿が確認できた。
「また、あの子は……酒に弱いくせして周りに合わせて飲むから」
「よく此処に来てるのか?」
「ええ、此処に来れば何時でも酒を飲めるからって、度々来ては酔いつぶれて手間を掛けさせるのよ」
「エルフの集落に帰るのに通り道なんで獣人の集落に送り届けてきますよ」
「で、でも神子様にそんな事をさせるわけには」
「獣人の集落まで誰かを呼びに行って迎えに来てもらうのは二度手間ですからね。それなら担いでいった方が早いかと」
そう会話しながら彼女に歩み寄って行くと、どんな夢を見ているのか壺に頬ずりしながら幸せそうな顔で笑みを浮かべていた。
「そうだ! さっきの武器を取り出した空間に彼女を入れて運べば……」
「残念ながら空間倉庫の中には生きているものを入れる事が出来ないんですよ。取り敢えず此処から獣人の森を経由してエルフの集落まで戻る道を教えてくれませんか」
そう言いながら彼女を御姫様抱っこの形に担ぎ上げる。
ただどうやっても抱えている壺を離さなかったため、壺ごと持ち上げた形になった。
壺にしても女性にしてもあまり重くなかった事には助かった。
目を醒ましていたら『女性に対して重いとは何事か!』と怒られるだろうが……。
その後、ドワーフの集落から教えられた通りに女性を抱えたまま1時間半ほど歩いたところで、獣人の森の入口付近にキョロキョロとしている女性が居る事に気が付いた。
もしかして、この女性が中々戻って来ない事を心配して探しに出ようかと思っているのかと思いながら近づいて行くと、果樹園まで一緒に行った中に居た今、抱っこしている女性の妹らしかった。
「ね、姉さん? 一体如何したんですか!?」
此処で一緒にドワーフの集落に行った際にドワーフの宴会に混じって酒を飲み始めた事。
空が暗くなってきたので抱えて帰って来た事。
何故か壺を離さなかったため、壺ごと抱いて帰って来た事を言うと……。
「まったく何時までも帰ってこないと思ったら、仕事もしないでお酒を呑んでたなんて」
「いや、俺が帰りの道案内も頼んでしまったから」
「だからと言ってお酒を呑んで良い訳じゃないですから。取り敢えず姉さんを引き取りますね」
そう言われても身体の大きさがほぼ同じくらいの女性に壺込みの女性を抱えられるわけがないので、敢えて地面に降ろすと、其の場から服の一部を持って引きずって行った。
まぁ持ち上がらなければ引きずるのが妥当なんだろうけど、服が所々ドロドロになってるのは良いんだろうか……。
その後でメレスベルの家に当たり前の様に帰った後、食事を摂ってその日は終了した。




