はじまり
ざらざらとした空気が漂い、建物ばかりが立派な治安の悪い区域。
末端に行くほど規則ギリギリで所狭しと乱立する小屋や、布切れに潜り込む小汚い服の人間が転がっている。
光の差さない建物の影では、何があっても誰の気にも留められない。
ここは、『自立と巡りの神メラクト』を主軸に信仰を行う、メート国……の王都外壁の外側に広がる居住区の一角。
外壁の外側で生活する人々は、国が主軸としている神との契約は行なっているものの、正式には国民であると認められていない。
おまけに、近年では特に隣国からの流れ者が多いせいもあり、国の定める『正式な国民』からは煙たがられている。
奇妙なことに、魔法を使えないものは国民ではないらしい。
『魔法を使える方が珍しい』にも関わらず、まるで使えない方がおかしいとでもいうような風潮へと変わったのは、一体いつからなのか。
魔法と信仰は密接に関わっているが、魔法が使えるかどうかは信仰とは関係がない。
にも関わらず、契約しても魔法が使えないものは、信者ではないという疑惑をかけられ、その疑惑が行き過ぎた結果やがて追いやられるように王都の外にしか行く場所がなくなる。
それがまるで正しいことかのように繰り返され、今では暗黙の了解となって定着していた。
そんな経緯から、壁の外には信仰意識の薄い人間が多く住むようになるのは当然の結果だった。
信仰の下で発動させる『魔法』が全ての社会で、魔法なき人間は限りなく弱い存在だ。
壁の内外問わず、まばらに存在する『祈りの家』にて信仰を捧げる。
それは恩恵の一端を受けて生きる人間の義務であるものの、その事実を忘れ……いや、正しく知らずに勘違いしている人間が実に多い。
契約するのは人間が願い乞うからであり、その意志はずっと人間に委ねられているのに。
壁の外側は、そこの住人たちですら「掃き溜め」や「魔窟」とさえ呼ぶほど、ひどく荒れた場所だった。
犯罪が横行し、殺人が日常となり、壁の内側に住まう人を羨む日々。
本来磨かれ育てられるべき子供達でさえ壁の内へ入るための道具と化し、身を潜めていた騎士たちに保護されなければ今頃存在していなかっただろうと断言できる。
……あの時は、混乱と騒動の真っ只中だった。
真偽の不明な情報も多く、国の上層部ですら噂話を追いかけて奔走する日々。
未だわかっていないことも多い。
隣国の反乱だけでなく、どこかの神子が逃げたと言う噂話や、主神と定めた神が立ち去ったという話まで。
『人間至上主義』を謳う犯罪集団も、相変わらず悪い噂が絶えない。
しかし、一年前からは外の空気が良い方向へ変わったという住民が増えてきた。
その変化の一端を担っているのが一人の少女であることは、外の住人を庇護するものたちにとっては割とよく知られた事。
知らぬは本人ばかり、彼女は周囲の様子に気づくことなく日々を全力で生きていた。




