きっかけ
「……さて、本日はこのくらいにしましょうか。最初よりは随分と良くなりましたよ、最初よりは」
「……はい。本当に、ありがとうございます白河さん」
「ふふっ、どういたしまして」
それから、数十分ほど経た宵の頃。
徐にバンドを外しながら、クスッと微笑みそう口にする白河さん。そんな彼女に、深く謝意を告げる僕。……うん、本当にありがとう、白河さん。
……ところで、最初よりはって二回言いました? どうやら、今がそれほど良いというわけでなく、最初がよほどひどかったということで……まあ、自覚は重々あるけども。
「……そう言えば、ずっとお聞きしてみたかったのですが……桜野先輩を好きになったきっかけって、何かあるんですか?」
「…………へっ?」
「確か、去年は別のクラスだったんですよね? だとしたら、接点らしい接点はなかったのかなと」
「……ああ」
それからややあって、ベンチから鞄を掴み尋ねる白河さん。……きっかけ、か。彼女の言うように、去年は別のクラスだったので今年以上に接点なんてなかった。お話ししたことがないのはもちろん、顔を合わせたことすらない。ただ、僕が一方的に彼女を知っていただけ。なので……まあ、端的に言えば――
「……その、恥ずかしながら……いわゆる、一目惚れでして」
「……そう、なのですね。いえ、恥ずかしいことは何もないと思いますが」
そう、逡巡しつつ話す。……うん、我ながら何とも単純だとは思うけれど……それでも、こうとしか答えようがなくて。……ただ、それはそれとして――
「……おや、どうかなさいましたか先輩」
「……あ、いえなんでも……」
すると、ふっと微笑みそう問い掛ける白河さん。理由は、僕がじっと彼女を見ていたからで。
その後、佳月の輝く空の下を共に進む。その間、柔らかな――そして、時に悪戯っぽく微笑む白河さん。それはほぼいつもの通りで、きっと何も気にするようなことはない。ない、はずなのだけど……あの時、ほんの一瞬ふっと見せたあの表情が、どうしても脳裏に焼き付いて離れなくて。




