『師姉から官位も剣も奪い取った優男鎮魔師ですが、お守り役の師妹弟相手になぜか今日もツッコミに大忙しです』第1話 それから(本編とは別主人公の物語です)
空燕の墓は、鎮魔司の中庭、南天の木の傍らに築かれた。葉をゆるやかに揺らすその樹の下で、空を見上げるように静かに佇む墓石は、彼の生前の穏やかな微笑みを思わせた。
空燕がこの世を去ってからというもの、皆の胸にはぽっかりと、言葉にできない空白が空いた。だが、それでも時は容赦なく流れ続ける。誰一人として、その流れを止めることはできなかった。
無期限の休暇を取っていた子豪には、あちこちから非難の声が飛んだ。けれど彼は迷うことなく鎮北将軍の任に戻った。
空燕の死を朝廷に報告した憐は、そのまま彼の遺志を受け継ぐようにして鎮魔司の長司へと就任した。湊国史上、初めての女官吏の誕生である。誇らしさと哀しさが入り混じったその瞬間を、憐は決して忘れなかった。
仔空が心配そうに見守る中、憐は子豪の別宅を当然のように鎮魔司の本拠地として使い続けた。子豪もそれを当然のことと受け入れ、まるで帰る場所を求めるかのように頻繁に戻って来た。彼らの間には言葉にしない了解と、過ぎし日の絆があった。
日々は、どこか物悲しさを湛えつつも、確かに続いていた。時折、何気ない瞬間に故人の不在が胸を突いたけれど、それでも、生きている者は、生きていくしかないのだ。
やがて、変化の兆しも現れた。暫くして、憐の夫・陽一が鎮魔司に共に住み始めたのだ。柔らかな笑顔と穏やかな声が、屋敷の空気を少しだけ明るくした。
空燕が生前に親しくしていたお隣の老夫婦は、彼の訃報を聞き、まるで自分の息子を失ったかのように嘆いてくれた。
「自分達より若い者を連れて行くなんて、天地の気まぐれは間違っている」と、静かに涙を流したその姿は、空燕が確かにこの世に存在していた証だった。
空燕亡き後も、鎮魔司の面々は老夫婦との交流を大切にした。だが、月日は残酷に流れ、お爺さんが静かに息を引き取った。お婆さんもその後、体調を崩し床に伏すようになった。
その日も、陽一が彼女の脈を丁寧に取り、憐が薬を用意し、仔空と秀明、博文が枕元に寄り添っていた。お婆さんは皆を見回し、穏やかな顔で言った。
「あなた達と出会えて良かった。お陰で今まで本当に楽しかったわ。一人で寂しく死なずに済む……それが、何よりの幸せよ」
彼女たちには子供がいなかった。だから彼女は、最期の贈り物のように、文と家の権利書を仔空たちに託した。
文には「家と残った財産を鎮魔司に託す」と丁寧な筆致で綴られていた。
実のところ、鎮魔司にはそれなりに貯えがあった。空燕が遺してくれたものだ。彼は基本的には質素で、仲間との食事や酒、たまに訪れる妓楼に少しばかりの金を使うことはあっても、浪費することは決してなかった。
その金は、まだ若く未来のある秀明や博文が独り立ちするための支えとなった。憐には鎮魔司長司という重責と、その職に伴う奉緑が託された。
もちろん、財産というものは、多いに越したことはない。何よりも、老夫婦がその繋がりと信頼を以て鎮魔司に遺してくれたことが、何よりの宝だった。
遺された家は、陽一の診療所として命を救う場となった。白壁の家に風鈴が揺れ、子どもたちの声が通りを駆けてゆく。鎮魔司は静かに、だが確かに変化していった。
月日は淡々と、けれど力強く流れていく。秀明と博文は、華機のもとで修業を重ね、医師としての道を歩み始めた。彼らの瞳には、かつて空燕が灯した希望が、今も宿っている。
それから五年が経った頃、烙陽で叛乱が勃発した。その混乱を瞬く間に鎮めたのは、他でもない憐だった。その功績が認められ、彼女は湊国の将軍の一人として任命された。
湊国初の女将軍の誕生だった。軍職と官職──両方の地位を兼ねるという、かつてない前代未聞の栄誉。その瞬間、空燕が見守ってくれているような気がした。
本作は2025年kindle出版のため、一部を残し削除致しました。ご覧いただきありがとうございました!
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