2-11
今得ている情報だけでランドルを救えるかを考える。時間は…あまりかけない方がいい。なら、もう少し調べたい。
バラバラになった部品を見たところ、一つ気になることがあった。
…俺は奴隷の仲間を助けられるなら、俺の立場なんていくら悪くなってもいいと思える。そもそも本当の意味で俺に価値なんて無い。もう、出たとこ勝負だ。思いっきり勝手なことさせてもらおう。
「監督、この木工細工の製作元は信用出来るのでしょうか?」
「何?お前、急に何を言い出す?」
「調べさせてください」
俺は床に散らばった物をあらため始めた。
すると警備の人が止めにかかってくる。
「お前まで触ろうとするな!」
掴みかかってきた腕、俺の肩を狙っているのが見てとれる。その腕を捻り上げればネビス様に怒られるかもしれないので、俺はがっちり握手してみた。
「大丈夫です、もしこれ以上壊したらそれは俺の借金を増やす事にしてくれて構いません。
彼を助けたいだけですので」
「そんなこと……正気か?」
「はい。
だから邪魔しないでください。貴方のせいでこれ以上壊した時は、それを弁償する覚悟あるんですか?」
気持ちが昂って、握手する手に力が入る。するとそこからミシッと音が伝わってきて、顔には出さなかったけど内心びっくりした。
「ぐっ!?痛い!離せっ!」
言われた通りぱっと離すと、警備の人は三歩後ずさる。心なしか倉庫監督の距離も遠く感じた。
逆に近寄ってきたのはダミカだった。
「コロウ、誰にも暴力振るわないでほしい…。
お願い」
…しまった、今の俺が周りからどう見えているか考えてなかった。
「心配かけるつもりじゃなかったよ、ダミカごめんね。
誰かを痛め付けたい訳じゃないんだ。信じてほしい」
ダミカは頷いて、一歩下がった。信頼はされているみたいで良かった…かな。
気を取り直そう。ランドルが落とした素材をいくつか拾い上げる。部品一つ一つに精巧な木彫りが施された木工細工。木彫りの芸術はお寺とか神社とかで見られる欄間で見たことあるけれど、これはもっと細かい。超絶技巧と言っていいレベルだ。どれだけの時間と労力が注ぎ込まれているのか見当も付かない。すごい品だ。
これを壊したとなれば、とんでもない金額を押し付けられるかも…。ランドルの気が動転してしまうのも頷ける。
「監督、これはどういう品物になるんでしょうか?」
「……これは完成品ではない。行灯だ。組み上げた木枠の内側に紙を張り、中の台座に蝋燭を立てて使う。
大量発注を受けた木工職人の工房が、置き場所を確保するために持ってきたのだ」
なるほど。なら部品が壊れてなければもしかしたらなんとかなるかもしれない。俺は早速組み上げ始めた。
「むむ…器用なものだな。
お前どこぞの工房で勤めた経験でもあったのか?
これだけできれば何かしらの職に就けただろう」
え?この程度で器用って言われちゃうの?あなた男に産まれたのにプラモデル作ったこと無いんですか?………あるわけ無いか。ここ異世界だったわ。
「できませんよ。だって言葉をまともに喋れませんでしたから」
そう言ってから気付く。今は割りと普通に話せていると。また言語スキルのレベルが上がったかも。
そして全て組み立てて、残る部品は無くなった。
「これ全部元に戻ったの!?」
ランドルが興奮気味に聞いてくる。
「…見た目はね。でも割れがあったり傷で装飾の見映えが悪くなってる部品もあった。これじゃ新品とは言えないかな。
…監督。これを見てください」
がっくりしているランドルを他所に、一つの骨組みを持ち上げて手の上で前後に揺らしてみる。すると部品の接合部がギシギシ音を立てて、全体が歪んでいく。そのまま揺らし続けると、部品の一部が外れてしまった。
「この品は、今組み立てただけですが、それでは耐久性が低いことが解ると思います。こういう物は本来、部品同士を固定するための糊が使われるはずですが、それがほとんど使われていませんでした。
多分ですけど、製作過程でその処理がされないまま納品されているのだと思います」
「それは…なぜ使われなかったんだ?」
「忘れたのか、意図的にかはわかりません。
ランドルの言葉を信じるなら、運ばれてきたときにはバラバラになってしまう程の強度しかないわけですもんね。そうとわかってて納品はしないでしょうが、こうなってしまった以上は確かめる必要があります」
「どうするつもりだ?」
「監督、この工房の場所を教えて下さい。
なぜこうなったのか、俺が直接聞きに行きます」
警備の人からは奴隷ごときが、と言い出しそうな雰囲気がある。まあその意見はわからんでもない。
だがダメだと言われても、俺には説得できる自信がある。
監督の方は何かを言いかけて、考えた。そしてまた言葉を発しようとしたが、急に思い出したように斜め上に目を向けた。
「……コロウという名前だったな。お前、一度奥様に話を通してこい。
今なら支店にいらっしゃるかもしれない」
ピンときた。この前奥様に残した俺への印象が良かったから、何かあれば便宜を図るようにというような通達がされていたのかも。
「ありがとうございます」
監督に礼をして、一度寮に戻ろうとするとランドルに呼び止められた。
「待ってくれ!俺も一緒に行く!」
「ダメ。お前は皆に迷惑かけた時間を、ちゃんと働いて返しなさい。
俺に尻拭いしてほしくないって言うんだったら、最初からしっかり自分の作業を全う出来る人間になっておきな」
ちょっと、厳しく言ってしまっただろうか?心配をしてしまったのが言った後だったけど、ランドルはがっつり心のダメージを負ったみたいだった。良かった良かった。良かったかな?
「コロウの分は私がやっとく」
あ、ダミカさん頼りになります。ありがとう。
寮に戻った俺はアンネさんを探した。服を手に入れるためだ。それは俺にプランがあるから。
「あ、いたいたアンネさん。
この前着せてもらった服を貸してください。じゃないとまた脅しますよ」
「ひ、ひいいぃ!」
よし、服は手に入ったぞ。あとは…。
「キースって今何処に居るかわかります?」
「ちゅちゅちゅ厨房で検品作業中ですぅ!」
教えてくれてありがとうございますぅ!
厨房に行くと誰もいなかった。でも物品の搬入口でキースを見つけられた。
キースとはダミカの次くらいに話をする。他の奴隷と比べて馬が合うし、彼自身が話上手だ。そういう性質を買われてか、俺のような倉庫番とは違って、対人関係の業務を多く割り当てられている奴隷だ。
そんなキースを拉致って奥様のいる支店に向かう。場所は俺がケインさんに連れられて売られに行った店舗だ。
奥様に説明ついでに、キースにも事情を伝える。だけど、今日の奥様は前と様子が違う。
「事情はわかりました。ですがこれは奴隷である貴方の裁量の範囲を越えています。
人を遣わせましょう。もういいから倉庫へ戻りなさい」
ふむ、なるほど。今か、前か、奥様はどちらかで仮面を被っていたということだな。
とはいっても、前にあれだけ俺に優しくしてくれたのは全て演技だった、というわけでも無いはずだ。奥様にはどこかしら優しい面もあるんだと思う。
ただし、それはプライベートの時とかの限定的な状況でしか見せないんだろうね。今は仕事中。気を引き締める必要も有るだろうさ。
だけども俺の代わりに行く人が、ランドルの身を案じてくれている人になるとは限らない。奴隷の扱いについて、ここに来てから色々感じてきた。基本的に労働力としての『物』のような扱いを受けているが、人であることは最低限認められているような、そんな感じがする程度のものだけど。でもそれについても本当に人によるけどね。
だから今回ランドルがどういう処分になるかはわからない。俺はそこら辺についても工房側との話し合いで、重い罰が与えられないように保証してもらいたいと考えているのだ。
奥様を悩ませてしまうかもしれないけど、ここは俺の我が儘を言わせてもらおう。
「奥様、ランドルという奴隷は見込みがない男でしょうか?」
意味が解らず奥様はキョトンとした様子を見せたが、意味を理解してか少しだけ眉尻を下げて、憂いを帯びた表情を見せてくれた。
だけど言葉にはせず、無表情に戻ると努めて静かな声で話し始めた。
「奴隷仲間の心配ですか。処分については私の知るところでは無いわ。
話を聞く限りイーダが見ていたのでしょう?貴方の方で直接確認してきなさい」
イーダさんは倉庫監督だ。ランドルの心象はすこぶる良くない。期待なんて、したところで無駄だろう。
「そこを何とか、奥様のお力を頂きたいのです。
未来有る男子なんです。活きが良いので、彼を見てると我が子を思い出すんです…」
あの子とランドルの姿は全然似ても似つかないし、何なら気質も違っている。だけど思い付きの出任せで口にしてみたら、我が子を思い出してしまうのは不思議だ。
「俺に、この商会職員の肩書きを貸して頂けるなら、万事滞りなく工房側との話し合いを治められる自信があります。
奥様、どうかどうかお願い致します」
「お…おい、コロウ、奥様にあんまり無茶いうなよ」
キースは俺の身分を鑑みない発言について恐ろしいと感じてるようだ。隣にいるだけなのにビビり散らかしてる。
まあ、こんなこと言ってたら奴隷が何言ってんだって怒鳴られてもおかしくないと思う。でも言われたっていいと思うくらいの覚悟でこっちも物申してるんだからね。
「…うちの肩書きは奴隷に貸せる程、安くありません」
あれ?行けると思ったのに、だめだったの?
頼み込むために下げていた頭を上げると、奥様と目が合った。そこには予想に反して優しげな目。
「人を遣わせるのはやめましょう。私が直接行くことにします。奴隷の貴方達は私の道案内をしなさい」
えっ、奥様それって…。
「地理に詳しくない俺はおまけってことですか?」
「コロウ……お前頭良さそうなのに天然かよ」
奥様は口元が引き攣っていながらも、目は少しだけ笑っていた。




