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2-9

「奥様、実は俺、そのスタンビー?の町の立派な竜と知り合って、仲が良いのです」



「……冗談、ではないのね。

それで、どんな話かしら」



「理解して頂きたいのは、その事を笠に着て誰かに言いふらすつもりは微塵もありません、ということです。

ただこの地の事をなにも知らない俺が、一から始めたとしても何者かで有りたいと思ったんです。

俺はその思いと、道すがら助けてくれたケインさんという人の助言もあって、借金奴隷になることを選びました。

ですが、その選択について立派な竜はほんの少し怒ってました。相談くらいしてくれても良かっただろうと」



「その点は理解できるけれど…いえ、特別なスキルを使えば離れていても連絡できるわね。

推察するに、相当親密な仲だということでしょう…。

ふぅ…笠に着ないなんて、そう言われても安心できないわ。この話の終わりはどんなものなのかしら?」



「立派な竜とは一ヶ月の間一緒に過ごしていました。俺がその気になって嘘でも何でも言えば、この街に圧力をかけてもらうことも出来るでしょう。

ですが、しません。何故かというと、さっき言ったように今の奴隷としての生活が、何も持っていない俺にとって財産だからです。

だからこの生活をさせてくれる方々に対して不利益になるような事はしたくありません。

仮に、もしも立派な竜がこの街を攻めて来るような事があれば、思い止まるように説得するつもりでいますので」



奥様は今度こそ考えるようにじっとして、視線だけあちらこちらと揺れ動いていた。



「コロウって、凄い人なの?」



多分あまり理解できなかった様子のダミカ。


解るように(いち)から説明し直すのめんどくさいな、後で適当に教えることにして、今はほっとこう。


奥様へ視線を戻すと、考えてたことは纏まったみたいだけど、喋りはせずに俺を待っているみたいだった。きっとここからの話が本命だと思ってくれてるんだろうな。



「話の本題ですが、今の俺にできる事はダミカの下でする作業くらいしかないでしょう。

でもこの先、この生活にも慣れてきたら他の学びを得たいと考えてます。

またそういう目的でここにいれば、立派な竜もこの境遇に納得してくれると思います」



今までのは前座だ。俺のこの要求に耳を傾けて貰えるようにしていた準備でしかない。


話の流れを理解してくれた奥様はゆっくりと話し出した。



「そう。普通は奴隷の要求は聞くものでもないのよ?

だけど…本当に因みに程度の話で、どんな事を学びたいのか聞かせてもらえるかしら?」



奥様はちょっとだけ愉しそうに聞いてきた。



「戦いについて、です。

今の俺は身を守る術に欠けていますので、その方面で知識と経験を積みたいと考えています。

竜も俺が大した武力を持ってないことを気にしていましたから」



俺が話す間、奥様はじっと目の奥を見定めている様子だった。嘘が無いか探っているみたいだったけど、いくら疑ってくれても構わない。全て事実だ。


やがて諦めたように視線を下ろすと、奥様だけに用意されたガラスの器に入った、ワインみたいな飲み物を一口呑んだ。きっとこの世界では貴重な物なんだろうけど、あまり味わっていないみたいだったから勿体無く感じてしまった。俺が気にする事でも無いだろうけど。


しばらくダミカの食事する音だけが聞こえていたが、ゆっくりと奥様が喋り出した。



「………二週間後に奥地までの魔物の調査と素材採集の依頼があるの。これは商業ギルドに所属する他の商会からの定期的な依頼で、つまりは私達の大事なお得意様。依頼の契約書には毎度、景気の良い報酬が記載されているわ。

それには荷運びの為の奴隷が何名か必要になるの。勿論依頼内容に不足なく、足を引っ張らないような人選をしなければならないのだけど。もしかしたら、主人のお眼鏡に叶えば貴方が選ばれるかもしれないわね?」



ふーむ、なるほど。安全な場所で稽古を付けてくれるような人を呼ぶとか、そういう特別な対応は期待できそうにないかな。


依頼内容は恐らく魔物のテリトリーに入って戦い、その魔物の素材を回収してくるって事なんだろう。それも報酬が期待できるという話から、まあまあ規模の大きなものだと言えるってことなのかも。


この世界では魔物に対する戦闘力は重要になってくるだろうし、実際にその場を見て覚える事は多いだろう。


異世界の話に特有の、魔物相手に戦う冒険者という職業を思い浮かべる。そういう人達の仕事は一度見て理解しておきたいと思う。俺も奴隷から抜け出たら、その次にすべき事の一つとして考えても良いかも。尚更見てみたい。


しかし、この話は俺のご主人様の稼ぎに繋がる重要な情報だ。それをわざわざ奴隷に話してくれたということは、それだけ俺を買ってくれているということかもしれない。


…いや、俺が他の奴隷に聞き出せば得られる情報だっただろうか。なら話しても問題ないと判断したのかな。でも一応感謝すべきだ。



「貴重な情報ありがとうございます。

因みに、定期的にという話でしたが、以前まではどの奴隷が選ばれていたのでしょうか?」



奥様はくすっと笑った。



「そこで沢山食べてる子に聞いてごらん?」



「えっ」



まさか、ダミカが?


でも言われてみれば、彼女は奴隷頭で獣人族だ。生物としての基礎能力が人間族と比べて高いと聞いてる。それに感情の起伏も少ないのは、そういう命の危険がある場ではプラスに働くだろう。



「…ダミカ、今まで何回くらい奥様の仰る依頼に参加してきたの?」



「魔物の皮とか魔石とか運ぶやつ?」



おっと、さては話の流れ掴めてないな?



「そう、そんな感じの」



「……10回くらい?」



「そんなに…。

危なかった事とかある?」



「うん。豹に木の上から飛び掛かられて、喉に噛みつかれそうになった。

その時は死んだと思った」



おおう…そんな事があったんか。ダミカが今も無事で良かったけど…その場面想像しただけで背筋凍るわ。



「うふふ、そういえばそんなこともあったわね。

ダミカちゃんが死なずに済んで良かったけれど……ちょっとだけ怖がらせるような話になっちゃったわね」



確かに怖かった。でもそんな話されたくらいでやっぱやめたとはならんよ。


こちとらもう生きる目標失ってるんよ。命が惜しくてやりたくないって思いが俺の中にあったとしても、その思いすらどうでも良い。命の危険がある仕事は俺がして、ダミカ達には少しでも長生きしてもらいたいと思うよ。



「俺は怖がる心を自覚してますが、やるべき事も理解してます。

二週間後を目標に、与えられた仕事に励みますよ」



「あら、ご立派。でも、仕事…ねぇ。

愉しい食事に仕事の話は野暮よねぇ?

温かい食事が冷めてしまわないかしら?」



おっと、このまま同じ話題で進めては奥様のお気に召さないかも。機嫌を損ねては今後に関わる。ここいらで話題変換といこうか。



「では、奥様の興味のあるものについてお聞きしてもよろしいでしょうか?」



「うふふ、やっぱり貴方って良いわね。

言葉の聞き取りにくさがちょっと気になるけれど、言葉選びはまるで貴公子って感じで…。それでいて鼻に付かないもの。

ねぇ、貴方の歳はいくつ?」



奥様の興味が、話の内容から俺個人へと切り替わった感じがする。なんだか危ない橋を渡る前のような気持ちになった。


一旦、まだモグモグ食べてるダミカを見て自分が落ち着いているかどうかを確認する。どうやら、まだ心の中は妻と子から引き離された悲しみで冷えきったままだ。取り繕っただけの張りぼてのような人間がここに有るだけのようにも思える。


いつになったら安定した心を取り戻せるのかな。



「貴公子なんて、なんだか変な感じですね。

俺はもう36歳ですよ。言葉選びは年相応です」



「え、36?

お父さんと同じくらい…」



奥様もびっくりした表情だったけど、ダミカの方が驚いていた。



「ダミカのお父さんと同じくらいなんだ…。

その歳で娘を売らなきゃいけないって、ちゃんと仕事してないのかな」



でも俺の方も思ったことを言わずにいられなかった。他所の、しかも違う世界の家庭に口出しすべきではないだろうけど。これはきっと同じ父として、子の扱いが間違ってると思ってしまったからだ。



「ううん、お父さん仕事はしてた。

私が11歳の時、戦争に駆り立てられたから、何処かへ私を預けなきゃいけなかったの」



お父さんは戦争に…。そうだったのか。


ろくでなしな人かと思ってしまってた。その思い込みを恥じ入るけれど、戦争というものがついて回る状況に対して困惑した。そんなもので家族を引き離されるのも嫌だろうなと。



「……ダミカちゃんのお父さんに頼まれたのよね。

帰ったら買い取るから誰にも売らないでって」



「いつまでも待てる」



そう言って、ダミカはつるんとした豆を食べていた。強い女の子だったんだな…。だから奴隷頭にも選ばれるのか。

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