第24話 Timely Error(適時失策)
『ストライッ!バッターアウッツ!!』
審判の派手なジャスチャーと総立ちの観客に応える様に、右手でガッツポーズを作った俺は、堂々とマウンドを降りてダッグアウトに向かう。
首位のL・A・ドウジャーズを東京ドームに迎えた三連戦の初戦。
俺はこの前のサヨナラ敗けのうっ憤を晴らすかのように、ここまで8回を被安打2、与四球0、12三振を奪う快投で0点に抑えていた。
打線の方も俺の力投に応える様に珍しく5点を奪っており、本人も観客も勝敗よりもプロ初完封なるかという所に興味が移っている。
ダッグアウトのベンチに腰を降ろした俺は、タオルで汗を拭いながら、吉本監督の方を盗み見る。
監督は腕組をしたまま、仏頂面で投手コーチと何やら話をしている所だ。
その表情からは感情の起伏は読み取れない。
(監督は俺と佐々木が入れ替わってる事を知ってるのかな?)
俺は、元の世界の講演会での佐々木の思わせぶりな発言を思い出していた。
その場で発言の意味を問い正したかったが、頭の禿げあがった小男に呼ばれた佐々木は早々に荷物をまとめて会社に戻ってしまい、それ以来会っていない。
チラチラと監督の様子を気にする俺にキャッチャーの小島が声を掛けてきた。
「そんなに監督を気にしなくて続投に決まってるだろ!」
「いや、そういう事じゃなくて…」
「なんだお前!もしかして肩か肘でも痛めたのか!?」
「あ、いや!そんなんじゃないです!」
勘違いから話が大きくなる前に、慌てて否定する。
「なんだよ、驚かすなよ」
「はい、すんません」
思わぬ勘違いに驚いたのはこっちの方だが、とりあえず謝っておく。
「9回は配球変えて、カーブ多めで行くからな!」
「はい!」
小島と打ち合わせと言えない様な打ち合わせをしているうちに、味方の淡泊な攻撃が終わり、いよいよプロ初完封が懸かった9回のマウンドがやって来る。
『バッター、ペプレックに代わりまして、ギャバン・ロックス、背番号48』
投手のペプレックに代わって出て来た代打の選手は、俊足・強打の選手だ。
この選手を塁に出してから上位打線を迎えるのは避けたい。
キャッチャーの小島とのサイン交換を終え、内角低めに投げ込んだスライダーを強振した打球は、高いバウンドのゴロでセカンドのショートの鈴本の方に飛んでいく。
(取ってくれ!)
俺の願いもむなしく、高く弾んだ打球にバウンドの処理が合わずに待って取った鈴本は、捕球だけに終わる。
『1番、レフト、コレック、背番号11』
打順は上位打線に戻って、パンチ力のあるコレックだ。
キャッチャーの小島のサインは、外角低めボールゾーンのストレート。
一塁にけん制球を一球投げた後、ランナーを気にする素振りをしながらセットポジションに構えた俺が、投球モーションに入った瞬間だった。
背中越しにランナーがスタートを切るの感じた俺は、とっさにストレートを高めに投げる。
立ち上がって捕球したキャッチャーの小島が、流れる様な動作でセカンドに送球した。
(これはアウトだろ!)
振り向いた俺の目が捕らえたのは、ボールをファンブル(お手玉)して取りこぼすセカンド有田の姿だった。
(マジか…)
キャッチャーの小島がタイムを取り、マウンドに内野陣が集まってくる。
「すまん、佐々木」
「いえ、大丈夫っす…」
申し訳なさそうな有田に怒る訳にもいかず、俺は少しむくれた表情で返事を返すと、小島が空気を変える様に努めて明るく声を掛ける。
「ドンマイ!ドンマイ!締まっていこう!!」
それを合図に内野陣が守備位置に戻っていく。
ホームベースに戻った小島のサインは内角低めの縦に落ちるスライダーだ。
引っかけさせてゴロを狙っているのだろう。
(今度はちゃんと取ってくれよ~)
祈る様に投げ込む俺のスライダーを、注文通りに引っかけた打球が俺の目の前に転がって来た。
「ファーストッ!」
丁寧に捕球した俺に小島の指示が飛んでくる。
目の端で二塁ランナーを確認すると、進塁は難しいと判断した様で二塁に戻っていた。
俺は慎重に一塁に送球し、ワンアウトを稼ぐ。
『2番、ファースト、ブリーフ、背番号25』
場内アナウンスが次打者を告げると、東京ドームの外野席に陣取るドウジャースファンからここぞとばかりに声援が上る。
初球のサインは、外角に逃げるドロップカーブ。
俺は二塁ベース上のランナーを間接視野に入れると、素早いモーションからカーブを放る。
泳ぐようなスイングで捉えた打球は、一塁側のファウルグランドに転がって行った。
二球目のサインは内角低めのストレート。
俺は一度二塁にけん制球を投げると、ランナーを気にしながら投球モーションに入り、思いっきり腕を振ってストレートを投げ込む。
内角低めややボール気味にコントロールされたスピンの効いたストレートを、窮屈なスイングで打ち返した打球はボテボテのゴロとなり、ショートの鈴本が猛然と突っ込んで捕球する。
その時、中途半端なリードを取っていたセカンドランナーが、何故か慌てて3塁に向かってダッシュをかけた。
(ラッキー!)
俊足のロックスを二塁に残して次打者と対戦するよりも、鈍足のブリーフが一塁に居てくれれば、次打者でダブルプレイも狙える。
キャッチャーの小島が鈴本にサードを指示するのを見ながら、捕らぬ狸の皮算用を始めた俺の耳に悲鳴にも似た観客の叫びが聞こえてくる。
と同時に、鈴本がサードに送ったボールが大きく逸れてファウルグランドを転々とするのが、スローモーションの様に俺の目に飛び込んできた。




