第16話 Los Angels Angelies(ロサンゼルス・エンジェリーズ)
『まもなく終点ロゥスァンジェルスです。東海道線と地下鉄はお乗り換えです…』
聞きなれた声による聞きなれないアナウンスに目を覚まし、降りる準備をした俺は、先輩の後について、チケットを握りしめて改札へと向かう。
コテコテの大阪の街並みを予想して改札を出た俺を出迎えたのは、アメリカンな街並みだった。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった俺を目ざとく見つけたリリーフの藤田がちょっかいを出してくる。
「なんだよ、佐々木!お前LAに姉ちゃんでも囲ってんのか?」
車内で酒でも飲んでいたのだろう、昼間っから高校出たての若者に投げかける言葉ではない。
「いや、違いますよ、藤田さんじゃあるまいし」
あっさりと否定して取り合わない俺に、秋田が絡んでくる。
「佐々木はディズニーランド行きたいんだよな?」
本物のディズニーランドはLAの隣、カリフォルニアのアナハイムにある。
実は明日の対戦相手のLAエンジェリーズも、LAと謳っておきながら実際に本拠地を構えているのはアナハイムだ。
寮で見た地図を信じるなら、それは俺の知識では兵庫県の辺りに位置していた。
(こんな簡単に本場のディズニー行けるんなら、北原さんとなら行きたいけど…)
妄想に浸りそうになる俺を、秋田の声が現実に呼び戻す。
「おっ、バスあっちに来てるぞ!」
俺たちはチームバスに乗り込んで、急にアメリカサイズに広くなった道路をエンジェリーズのホームスタジアム【The Big A】近くのホテルへと向かう。
入口に巨大な赤い帽子のモニュメントが鎮座するそのスタジアムは、ゴジラ松井が在籍した事でも知られ、何より現在では最強打者の呼び声高いマイケル・トラウトンや、野球少年の夢であるエースで4番をプロでやってのけた前代未聞の二刀流選手・小谷翔が在籍する事で有名だ。
少年のように身を乗り出して球場を眺める俺を面白がった監督が、バスを止めた。
「おい、秋田!お前佐々木連れて敵さんの練習見てこい!」
「はい?何で…」
秋田は反論しかけたが、監督に睨まれてすごすごと引き下がる。
「はいはい、分かりましたよ」
「監督、ありがとうございます!秋田さん、よろしく~」
俺と秋田を降ろして去っていくバスを見送ると、秋田も満更ではないように伸びをして笑顔を浮かべる。
「よし、じゃあ、羽を伸ばすか!」
不思議なことに、降り注ぐ日差しやカラッとした爽やかな風まで日本とは違うように感じる。
「お前、この球場初めてか?」
「はい、初めてです!」
俺たちは公開練習を見るために入場券を買って、一塁側の内野席へと向かう。
「わぁ、めちゃグランドと近いですね!」
「ネットも無いから臨場感っつーか、一体感が違うよなぁ~」
「東京ドームとは随分違いますね!」
最前列で練習そっちのけで球場を見回してわぁわぁと騒がしい俺たちに、トラウトンが気づいて近寄ってきた。
近くで見ると、大型の冷蔵庫みたいな分厚い体をしている。
この巨体がプロでも1・2を争うスピードで塁上を走るという事実に、俺は努力どうこうで埋めることのできない差を痛感した。
「ヘイ!」
(やばっ、俺英語できない)
「自分、ごっつい球放りようるやん!」
俺の心配は全く不要だった。トラウトンは何故か関西弁だ。
「あ、ありがとうございます…」
「なんや、自分、マウンドではイキっとるんに、普段はおとなしいんやな」
「あ、ありがとうございます…」
「なんやそれ!」
トラウトンは声を上げて笑うと、急に真面目な顔になって俺に言う。
「まぁええわ、マウンドではもっとイキれよ!せやないとつまらんからな」
「あ、は、はい!」
トラウトンのオーラと関西弁に気おされてたじたじになっている俺に、いつの間にか近くに来ていた小谷が話しかける。
「佐々木君は、明々後日先発なの?」
「は、はい、たぶん」
「そっかぁ、投げ合ってみたかったけど、僕は明日先発だから君とはバッターとして対戦だね、楽しみにしてるよ!」
「あ、ありがとうございます…」
去っていくトラウトンと小谷の背中を見ながら、ふぅっ小さく息を吐いた俺の頭を秋田がはたく。
「お前、先発予定ばらしやがって」
「あ、ごめんなさい」
「それよりも俺だよ!」
「どうしたんですか?」
「さっきの聞いてなかったのか?俺、明日小谷と投げ合わなきゃいけないんだぞ」
(それはご愁傷さまです)
素直な感想が喉まで出かかったがなんとか飲み込んで、代わりに取り繕うような慰めの言葉をかける。
「でも、バッターで出てこられるよりいいでしょ?」
「まぁな…」
秋田はしぶしぶといった感じで納得した。
(俺はあの二人を相手に投げなきゃいけないのか…)
俺の背中に震えが走る。
今までに感じたことのない感覚は武者震いというヤツだった。




