第14話 -企業買収-
目覚ましが鳴る前に目を覚ました俺は、枕元の時計を見る。
デジタルの表示はAM6:47を示していた。
モヤモヤした気分を洗い流すように、狭苦しいユニットバスの洗面器に顔を突っ込んで頭から水を浴びると、少しだけ気分が晴れた。
(まずは自分の事!)
そう言い聞かせると、ひと房108円のバナナを二本千切って胃に収める。
丁寧に身支度を整えると、くたびれたスーツに身を包んで会社へと向かった。
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事務所に入ると、珍しく始業時間前に部長の中山と課長の小島が揃って出勤していた。
人目を気にするような素振りで、何やら熱のこもった話をしている。
「お早うございます!」
俺は大き目の声であいさつをすると、自分の席に腰かけた。
「お早う、鈴木くん!」
「お早うございます、北原先輩!」
俺は安物のチェアーごと北原さんの方に移動すると、コソコソと話をしている部長たちの方を目で指しながら話しかける。
「また何かトラブルですか?」
北原さんは困ったような表情を浮かべて答えた。
「後でバッセンで話すわ、さぁ、仕事よ!」
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「えっ!?買収??」
俺の投げたストレートは大きくすっぽ抜けて、宇宙開発へと旅立つ。
バックネットに当たって丁度良く北原さんの元に戻って来たボールは、綺麗な球筋で俺の元に投げ返された。
「買収ってどういう事ですか?」
俺は慎重にボールをコントロールして、北原さんのミットに投げ込む。
スパンッ
小気味よい音を立てて北原さんが捕球する。
「中国系の企業らしいのよ」
北原さんの返球は、寸分たがわず俺のグラブに飛び込んだ。
「買収されるとどうなるんですか?」
「部長たちの話だと…」
北原さんが休憩を取る様に立ち上がったので、俺もマウンドを降りて北原さんの元に行く。
「その会社が欲しいのはウチの工場設備と販路だけだから、工場系の一部の社員と営業の一部だけ残して他は切られるそうよ…」
絶句したまま立ちすくむ俺に、北原さんが笑顔を向ける。
「でも、対抗措置の準備をしてるそうよ」
「え?対抗措置?」
「私も詳しくは分からないんだけど…」
北原さんは、そう前置きして話し始めた。
「エンプロイー・バイアウト、従業員による会社の買収の事をそう言うらしいの」
「従業員って…、俺達がお金出し合って買うって事? そんな金額なんですか??」
「そうねぇ…、鈴木くんがプロ野球選手にでもなって、契約金たっぷり貰えたらいけるかもね!」
北原さんが悪戯っぽい笑みを向ける。
「そ、そんな…」
しどろもどろな俺を見て北原さんが声を出して笑う。
「冗談よ、今、地元のファンドと掛け合ってて、融資してもらえそうなんですって」
「あ、そ、そうなんですか…」
俺は正直よく分かっていなかったが、北原さんの笑顔を見る限り、ひとまずは安心してもよさそうだ。
「それにしても…」
「ん?」
「いや、社会人になったら、毎日ルーティンワークして仕事終わったら飲みに行って、みたいな平凡な日常が定年まで続くんだと思ってましたけど…」
俺はここの所の平凡とはかけ離れた日常に、もう何が本当なんだかよく分からなくなっている。
「案外、平凡な人生なんてそうは無いものよ」
達観したように呟く北原さんが妙におかしくて、俺は声を出して笑った。
「なによ!」
「ごめんなさいっ!」
ふくれっ面を作る北原さんに速攻で謝った俺は、笑顔で続けた。
「まずは自分の事ですねっ!」
北原さんは、ふふっと笑うと、いつもの様に悪戯っぽい笑顔で俺に言った。
「がんばろうぜ!すずき!」




