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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い
209/262

第208話 マギックエイジ・オンライン VS 呪転竜母ダ・ナイン - Part1


「《第五杖権・地衣》!」


 俺の足裏から、迸るような熱が上ってくる。

 全身を包む緋色のオーラの上に、さらに陽炎のような揺らめきが重なった。

 HPとMPのゲージがぐんと右に伸張する。STR、VIT、AGI、DEX、MATにMDF――ありとあらゆるステータスが強化を受け、アバターにエネルギーが満ちた。


「チェリー」


 俺は一人、魔剣フレードリクを片手に握り締め、呪いに産み落とされた竜たちに向かって足を踏み出す。


「サポートに徹して《聖杖再臨》を温存しろ。戦闘は請け負う」


「ふふっ――頼もしい先輩がいてくれて嬉しいです」


 俺が言わなかったら自分で言っていたくせに。

 真っ黒な泥肉に覆われた竜母ナインの心臓。

 その前に立ちはだかる、影のように黒ずんだドラゴンたち。

 概算で10匹はいる竜たちは、しかし1体1体がレベル120を超える強敵だった。普段なら尻尾を巻いて逃げているし、逃げきれずに殺されていることだろう。


 しかし、今だけは、背を向ける理由がどこにもない。


「ふッ―――」


 鋭く息を吐き。

 直後――周りの風景を置き去りにした。


《魔剣再演》によるAGI3倍補正に、MAO最強の強化魔法である《地衣》。

 その合わせ技によって、俺のアバターは人類未到の速度に到達する。

 亜音速と言っても過言ではないそのスピードは、AGI狂いの俺をしても意識をついていかせるのがやっと。

 脳を焼き切らんばかりにコンセントレーションを高め、感覚を速度に追いつかせる。


 ゲームのAIというものは、およそ反応速度においては人間のそれを圧倒的に上回る。

 しかし、それでも。

 ドラゴンたちの目が動くより、俺が間合いを詰めるほうが早かった。


 緋色に染まった魔剣を喉元に深々と突き刺し、横に振り向いて引き裂く。

 フレードリク流の専用魔法は使わない。

《魔剣再演》と《聖杖再臨》は、専用魔法を使用するごとに効果時間を消費する方式だ。

 乱発すればすぐに終わるし、まったく使わなければ意外と長く保つ。

 まだ竜母の心臓に取り憑いた《呪王》を倒す方法も定かではないのだ。たかが露払いには通常攻撃で充分……!


 影絵のようなドラゴンが、黒い塵となって雲散した。

 この段に至ってようやく、他のドラゴンたちが俺の接近に気付く。

 腕を振り上げ、アギトを開き、それぞれ攻撃モーションに入るが、今の俺の目にはあまりに鈍かった。


 イメージはつむじ風。

 螺旋状の軌道を描きながら、ドラゴンたちの長い首を一つ一つ斬り落とす。

 断末魔のひとつもなく漆黒の体躯が弾け散り、さあっと空気に溶けて、道が開けた。


 泣き叫ぶ男の顔が浮かんだ竜母の心臓は、ドーム状空間の空中で不気味に波打っている。

 本来なら剣など届くはずもない距離。攻撃するには魔法に頼る他はない。

 だが、今の俺ならば――!


 ダンッ!! と俺が強烈に地面を蹴るのと、後方のチェリーの詠唱が響いたのは同時だった。


「《第四杖権・水寂》―――!!」


 水流が渦巻いて、竜母の心臓を取り巻く。

 対象の五感さえも奪い取る最強のデバフ魔法|《水寂》。

 しかしもちろん、ステータスを下げる効果も持っている――クロニクル・クエストのエリアボスでさえ、その効力からは逃れられない。


 宇宙を目指すロケットのように、俺は重力を振り切った。

 振り上げた切っ先をひたと竜母の心臓に据える。泣き叫ぶような模様の鼻先に、まっすぐにぶち込めるように……!!


『―― オ  オオ  オ ――』


 悲しげな、苦しげな、泣き声がした。

 亜音速で突っ込んだ魔剣フレードリクの切っ先は、ぐじゅりと黒い泥肉に食い込むが、


「厚い……!!」


 この泥みたいな黒い肉、思った以上に分厚い! 剣が中の心臓まで届かない……!!


「パパっ……それじゃ、ダメっ!!」


 泥肉に埋もれたメイアが、必死に首を伸ばして叫んだ。


「呪いのっ……呪いの循環を、絶ってっ!! そうすれば、きっと――」


 逃がすまいと動いた泥肉がメイアの口元を塞ぐ。くそっ!


『―― オオォオオ ――!!』


 泥肉の顔が叫び、不可視の衝撃波が俺を吹き飛ばした。

 俺は空中で体勢を立て直し、ズザザッと靴底を磨り減らしながら着地する。

 それから再び、宙にある心臓を見上げた。


「呪いの、循環を……絶つ?」


 なんだそれ。一体どうすればいい……!?


『先輩! 血管(・・)です!!』


《聖杖再臨》の効果によるテレパシーで、チェリーが叫んだ。

 振り向けば、チェリーは宙の心臓を指差している。

 宙の――いや。

 竜母の心臓は、壁や天井と丸太のような血管で繋がっている。宙に浮いているのではなく、固定されているのだ。


 巨大な心臓は、今も一定のリズムで拍動している。

 何のためか?

 当然、血液を送るためだ。

 心臓はポンプなのだから。血液を身体中に循環(・・)させるための――


「――そうか……!!」


 心臓に取り憑いた《呪王》が、血液のように竜母に呪いを巡らせているのだとすれば!


 ぼとぼとと、天井から黒い卵が落ちてくる。

 さっきよりサイズが小さい。だが、代わりに数が多かった。

 殻を破って這い出てくるのは、コウモリのような大きな翼を持ったワイバーンたち。

 そいつらが羽ばたいて宙に飛び、俺の前に壁を作る。まるで心臓に繋がる血管を守るように……!!


「上等だ……!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『上等だ……!!』


 恋狐亭前の広場の中心に、大きなホロモニターが設置されている。

 その中でケージが歯を剥いて呟き、次の瞬間、緋色の彗星となる。


 本来、その背中に追随するはずのVRカメラは、しかし、あまりの速度についていけていなかった。

 群れを成して舞い飛ぶワイバーンの只中を、緋色の残像が突っ切っていく。

 決して臆さず。

 決して弛まず。

 そのまっすぐな戦いぶりを、その配信の本来の主であるセツナは、複雑な感情で見守っていた。


「……ああ、ずるい……。ずるいよ、ケージ君……」


 このゲームの、この世界の命運を決する戦いを、彼以外にも無数の人々が、固唾を呑んで、あるいは興奮に胸を躍らせて見守っている。

 しかし、その中でも彼は、強い悔しさを胸に抱いていた。


 今の時代、ゲームは自分でプレイしなくても、動画で視聴すればいくらでも感動を体験できる。

 まさにMAOは『見る専』の多いゲームだ。この配信の視聴者だって、現役プレイヤーよりも非プレイヤーのほうが圧倒的に多いはずだ。


 そんな世界にあって。

 ゲーム実況者とは、『自分で見せる』ことを選択した人種である。


 黙っていても面白いプレイがいくらでも見られる世界で、それでも見せる側に回りたいと、得体の知れない衝動に突き動かされた人間。

 そんな人種が、こんなに面白い戦いを、ただ見ていることしかできない――こんなにも悔しいことは、きっと他にはなかった。


 セツナの胸を衝くそれは、山脈が自ら動くという未曾有の危機にあって、なおもこの場に残っている者たちにも、ある程度共通するものだった。


 本当に、見ていることしかできないのか。

 本当に、任せることしかできないのか。


 最後には結局、誰か一部の人間に託すことになる――そんなことは百も承知だったはずなのに、今更のようにもどかしさが胸を掻き乱す。



 ろねりあが、長い黒髪を一房、強く握り締めていた。


 双剣くらげが、いてもたってもいられないというように、足踏みを繰り返していた。


 ショーコが、小さな手のひらを胸の前に組み、強く唇を引き結んでいた。


 ポニータが、硬い鎧を自ら抱き、もどかしそうに時折引っ掻いていた。


 巡空まいるが、《完全暗唱術》を誤爆させ、火の玉を周囲に撒き散らしていた。


 火紹が、むっつりと口を閉じたまま、瞳の奥で炎をたぎらせていた。


 そしてミミが、あどけない唇をかすかに震わせて、二人の想い人の姿を目に焼き付けていた――



 願望とも欲望ともつかない、得体の知れない熱が、配信画面を前にしたプレイヤーたちの中で渦巻いていく。

 どうして自分はそこにいないのか。

 どうして自分はそこに行けないのか。


 画面の中に入れたら(・・・・・・・・・)


 それは分別のない子供のような――しかし、VRゲームという文化の根源とも言える願い。

 ……あるいは、だからこそ。

 この世界の神は、彼らの願いを聞き届けたのかもしれない。


『斬っ……たっ!!』


 ワイバーンの群れを見事切り抜け、ケージが血管の一本を切断した。

 赤いダメージエフェクトと漆黒の呪いが入り交じった飛沫が激しく散る。

 同時、心臓に浮かんだ顔の模様が凄絶に歪んだ。


『―― オ ォォ オ オ オオ ――!!』


 竜母の心臓を覆った黒い泥肉が、明らかにその嵩を減らす。

 口元まで飲まれていたメイアが胸の辺りまで這い出し、緑がかった金髪を振り上げる。

 下半身は未だ埋もれたまま。しかしその瞳には、決然とした輝きが宿っていた。


『……今っ、だあああっ――――!!!』


 彼女が絞り出すように叫んだかと思うと、その身体が黄金色の閃光を放った。

 光は呪いの泥肉を内側から漂白し、次いで血管を通って、壁や天井の中に浸透してゆく……!




 ――――ズッ、ウウン……!!!




 激しい揺れがあった。

 画面の中ではない。

 それを見ているプレイヤーたちの足元が、直接揺るがされたのだ。

 当惑の声が満ち、それぞれが辺りを見回し、そして誰かが叫ぶ。


「おい、あれっ……!!」


 光の柱だった。

 位置的には、おそらく高原の辺りだろう。彼方で巨大な光の柱が屹立し、漆黒に染まった空に穴を空けていた。

 見る間に、光の柱を支えるようにして、幾重もの光の円が柱に貫かれる格好で現れる。


 否、それはただの円ではない。

 紋章だった。

 円の中に複雑な図形を配した――


「あ……あれって……!!」

「なんだっけ、あの紋章……? どこかで見覚えが――」

「あれだよ、あれっ! ダ・モラドガイアのときの!」


 答えを出したのは誰だったか。

 その紋章は、最前線を戦ってきたプレイヤーにとっては、初見のものではなかった。

 記憶にも新しい、高原を舞台とした《呪転磨崖竜ダ・モラドガイア》との戦い。

 その戦いにおいて、ダ・モラドガイアの力を部分的に封印し、弱点を生み出したものこそ――


『見てるんでしょっ、みんな(・・・)あっ!!!』


 みんな、と。

 メイアが呼びかけたのが、ケージでもチェリーでもないことを、誰もが一瞬で悟った。


『わたしのっ……残った、力で! 《呪王》の呪いを一部、抑え込んだ……! だから!!』


 画面の中の少女が、しかし同じ世界に生きる仲間たちに、想いを込めて叫ぶ。


『みんなで、そこを、叩いてっ!! ――頼んだからねっ!!!』


 頼んだ、と。

 本来ありえない、画面の向こうからの声が、プレイヤーたちの中に響き渡った。


 ――そもそも、定義があった。

 大規模、多人数、同時参加型、オンラインRPG。

 そのジャンル名が示す通り、MMORPGには、()()()()()()()()()()()()()()()


 それを今、思い出す。

 この世界で生まれた、生身の肉体を持たない少女に言われて、ようやく。

 だからこそ、彼らは吼えた。

 ついさっき、画面の中で聞いた言葉と、まったく同じ台詞を。




「――上」


「――等」


「「「――だあああっ!!!」」」




 世界を越えて集い来た、数えきれないほどの勇者たち。

 彼らが今、それぞれの主人公(ロール)をプレイする。


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[一言] >  見る間に、光の柱を支えるようにして、幾重もの光の円が柱に貫かれる格好で現れる。 柱を支えるのに柱に貫かれる? イメージできない
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