↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
208/262

第207話 呪われし想い - Part3


『――竜母様、竜母様。変わらない恵みに感謝します』


 厳かな祝詞のような。

 それでいて、親しい友人への挨拶のような。

 硬さと柔らかさが相半ばした少女の声が、自分(・・)の耳を穏やかに満たす。


 竜母ナインを内部から蝕んだ《呪王》は、その意思を乗っ取ることで、封印を監視するエルフたちを――竜巫女を欺くようになった。

 それに気付きもせず、長命ゆえの緩やかな時間を生きるエルフたちは、何年も何十年も変わることなき信仰を保ち、使命を全うし続けた。


 そうだ。

 来る日も、来る日も、飽きもせず。

 勤勉に、敬虔に――竜巫女の任を帯びたエルフの少女は、『竜母様』の元へと通い続けたのだ……。


『――あなたは、なぜそうも毎日、笑っているのです』


 それを見守っていたのは、ただ一人、竜母のふりをした《呪王》だけだった。


『変わり映えのしない毎日に、見え透いた将来に、倦むことはないのですか?』


 しかし時折、演技が剥がれることがある。

 竜母の声を借りて、《呪王》本人の言葉が零れることが。

 エルフの少女はそれを疑いもせず、きょとんと首を傾げて答えた。


『なぜ倦むことがありましょうか、竜母様。こうして毎日、あなた様とお話しすることができるのに』


 ――私には、わからなかった。


 耳の奥で、《呪王》の心の声がした。


 ――私にとって、世界はずっと地獄だった。ずっと悪夢だった。変わらない明日など、望んだことがなかった。終わるのなら早く終わってくれと……そう、呪ったことしか。


 ――何が楽しいと言う。何が嬉しいと言う。


 ――竜巫女などと無意味な役目を押しつけられ、何も為すことなく子を産んで死ぬ、そんな一生の、何が。


 彼女は求めたはずだ、と《呪王》の心は呟いた。

 何かを望むことさえできなかった彼女は、今日とは違う明日を求めたはずだ、と。


『――竜母様、竜母様。変わらない恵みに感謝します』


 なのに、少女は変わらない。

 100年間。

 長命なエルフにとっても長い時間。少女が女性に変わるのに充分な時間を経てもなお、彼女の表情からは笑みが消えなかった。


 ……いつしか、《呪王》は重ねて見ていた。

 明日をも知れぬ身ゆえに、今このときを笑って過ごしていた彼女と。

 明日をも知りきった身ゆえに、いついつまでも笑って過ごす彼女を。


 それは。


 ――馬鹿な。


 ――馬鹿な。馬鹿な。馬鹿な。


 100年間。

 長い時間だった。

 一人の女性に情が移るのにも。

 心に刻まれた傷が癒えるのにも。

 あまりに、充分すぎる時間だった。


 しかし、《呪王》は認められない。


 ――あの絶望が。呪いが! たかが100年で風化し、薄まるなどということは……!!


 有り得てはならないことだった。

 今生でたった一度と決めたこの気持ちが、たかが時間の積み重ねなどに上書きされる。そんなことは、決して有り得てはならないことだった。


 彼女のことを忘れ。

 空いたスペースに、別の何者かを収まらせるなど。

 そのような――おぞましいこと。


 壊れゆく自分を、必死の思いで支え続ける。

 あの日の悲しみを、何度も何度も思い返して。

 そして……それとは別の部分で。

《呪王》は、毎日語らうその少女に、願うのだ。


 穏やかな、変わらない笑みを浮かべ続ける彼女に。

 昨日よりも素晴らしい今日を、今日よりも愛おしい明日を、知ってほしいと――


 その願いは、果たして、叶うこととなる。


『――竜母様、竜母様! どうか聞いてください!』


 その日の彼女の笑顔は、いつもの、穏やかなそれではなく。

 今にも跳び上がらんばかりの、眩いまでの輝きに満ちていて。


 彼女は。

 慈愛に満ちた手つきで。

 自分のお腹を、さすったのだった。


『わたし(・・・)、子供ができたんです(・・・・・・・・・)』


 昨日より素晴らしい今日を、彼女は知った。

 自分の出る幕など、元よりありはしなかった。


 それに気付いた瞬間、胸を突き刺した痛みこそが、すべての引き金だったのだ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 影絵のような神殿が霧消した後には、長く続く一本道だけが残っていた。

 ああ……なんとなく、わかる。

 この先に、いる。


「……先輩」


 チェリーからの呼びかけに、俺はうなずきをもって答えた。

《呪王》にとってのメイアは、決して、ただの竜巫女なんかじゃない。

 メイアを攫うとき、ヤツは『祝言でも挙げようか』だなどと嘯きやがったが、あれは自分でも認めきれない未練の残骸だ。


 自らのアイデンティティを破壊した、忌まわしい思い人が。

 他の男との間に作った、娘。


 その、恐ろしく生々しく、恐ろしく複雑な感情は、恋愛経験のひとつもない俺には計り知れない。

 愛しいのか。憎たらしいのか。

 そのどちらでもないのか。そのどちらでもあるのか。


 そして、そのすべてを、今。

 生け贄に捧げるという形で、無に帰そうとしているのだ―――


「……何が呪いだ」


 繰り返すが、《呪王》の感情は俺には計り知れない。

 しかし、これだけは言える。

 それは、呪いなんかじゃない。

 お前は、呪われてなんかいない。


 呪われた想いなんて、この世のどこにもありはしないんだ。

 お前はきっと、お前の言う通り。

 ――間違ってなんか、いなかった。


 それを思い出させてやるには、どうすればいい?

 方法なんて、ひとつしかないだろう。

 見せるしかないんだ。

 お前に『呪われている』と断じられた俺たちが、見せつけて証明するしかないんだ。


 残り時間、23分。


 ついにようやく、最終幕に辿り着いた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ――ドクン――ドクン――

 暗い一本道を進めば進むほど、不気味な脈動は大きくなった。

 空気がどろりと粘性を帯びていく。

 息苦しく感じるほどの、異様な存在感。

 それが壁のように押し寄せて、押し返されるようにすら思え始めた頃。


 俺たちは、最奥に到達した。


 巨大な空間の真ん中に、ひとつの臓器(・・)がある。

 ――ドクン――ドクン――

 一定のリズムで伸縮を繰り返すそれは、そう――心臓だった。


 丸太のような血管で壁や天井と繋がった心臓には、真っ黒な泥肉がびっしりとへばりついている。

 ときおり、うぞうぞと蠢く泥肉の中に、緑がかった金髪の少女が埋もれていた。


「メイア!」

「メイアちゃん!」


 俺たちが呼びかけると、メイアの顔がぴくりと動く。

 意識があるのか!?

 メイアは泥肉の中でようよう顔を持ち上げると、俺たちの姿を見た。


「……パパ……ママ……気を、つけて……!」


 か細い声が絞り出された、そのとき。

 ――ドクン――ドクン――ドグンッ!!

 巨大な心臓が、異常に強い鼓動を打った。


「……もう……竜巫女(わたし)の、力は―――」


 直後、足元が強く揺れた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ズッ、ウウウン――――!!

 木造の壁や天井がめきめきと軋みを上げ、恋狐亭のロビーは騒然となった。


「なにっ、なにっ!? 地震!?」


「そんな程度じゃ……! みんなっ! とにかく外へ!!」


 セツナの指示で、プレイヤーたちは雪崩を打って出入り口に殺到する。

 押し合い圧し合い、やっとの思いで外に出ると、彼らはおよそ信じがたい――現実世界であれば決して目にしえない光景を、目にすることとなった。


「……うっそー……」


「こっ、こんなのアリなのぉ!?」


 崖上に建った恋狐亭の位置からは、かつて《呪転磨崖竜ダ・モラドガイア》および《呪転太陽竜ダ・フレドメイア》との戦場になった、広大な高原を望むことができる。

 そこに、幾筋もの地割れが刻まれ。

 ごりごりと地肌同士を擦り合わせるように、蠢いている(・・・・・)。


 よりわかりやすいのは、遠目に見える山々の連なりだった。

 ナイン山脈を形成する山々の稜線が、不規則に動いている。

 決して、地震の震動などではなかった。

 それは、そう、まるで巨大な恐竜のたてがみが揺れるかのような――


「山脈が(・・・)……動いてる(・・・・)」


 ズゥン……ウンッ、ウ、ウウン―――!!

 足元が動く。

 揺れるのではなく、動く。

 自らの骨肉でもって。

 自らの意思をもって。


「あっ……!! 上……!!」


 トドメとばかりに、決定的な現象が起こった。

 星々煌めく夜の空に、真っ青に輝く棒(・・・・・・・)が、大きく大きく横切ったのだ。


 プレイヤーの誰もが、見慣れたものだった。

 どんな初心者であれ、必ず見たことのあるものだった。

 それは、空の果てから果てまで届くほどの。

 恐ろしく長く、恐ろしく多い――――




 ――――超巨大な、HPゲージだった。




 超然と、その名が現れる。

 この場所が、誰の支配下にあるかを知らしめるように。

 終末の名前が、天に刻まれる。


《呪転竜母ダ・ナイン Lv200》。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「竜母ナインが……動き出した!?」


「そんな……! 時間はまだ20分ありますよ!?」


 ぐらんぐらんと不規則に揺れる足元に気を配りながら、俺は黒い泥肉に覆われた心臓を見上げる。

 その中に囚われたメイアは、苦しげにしながらも意識を保っている。

 だから、まだ封印は効いているはずだ……! 呪転した竜母ナインが本格的にムラームデウス島の破壊を始めるまでは、まだ猶予があるはず!


「……その前に――」


「――やるしか、ありませんね」


 俺たちの目の前に、弱点がある。

 呪いに蝕まれつつある、竜母ナインの心臓が。

 これを破壊すれば――あるいは解放すれば。

 竜母ナインの活動は、強制的に停止せざるを得ない。


『―――  オ  ォォ オ  オ ―――!!』


 洞窟を吹き抜ける風のような、空虚な声がした。

 竜母の心臓に張りついた泥肉が、うぞうぞと動いて不気味な模様を作る。

 それはまるで、泣き叫ぶ男の顔。

 自分も感情さえも呪わなくてはならなくなった、哀れな男の成れの果て。


「……パパ、ママ……!!」


 依然、泥肉の中に囚われたまま、メイアが必死に叫んだ。


「少しで、いい……! 《呪王》を、抑えて! そうしたら、わたしが……!!」


 否やを言おうはずもない。

 できた娘の我が侭だ。

 たまには聞いてやるのが――親の甲斐性ってもんだろう。


「先輩。終わりました(・・・・・・)」


「ああ。それじゃ、開幕から全力だ!」


 チェリーが《聖杖エンマ》を掲げ、流れるような祝詞を紡ぐ。

 俺は《魔剣フレードリク》を構え、蠢く泥肉を見上げる。


 泥肉は血管を伝い、壁や天井を覆い始めた。

 波打ち、泡立ち、たまに人間の顔のような模様を形作り、ぼとりぼとりと、泥団子のような球体をいくつも地面に落とす。


 それは、卵だった。

 見る間に亀裂が入り、内部の暗闇でギラリと眼光が輝く。

 文字通りの竜の母。

 真っ黒に呪転したドラゴンどもが、次々と殻を破って生まれ出でる……!!


 しかし俺は、チェリーは、竜母ナインの心臓にへばりついて泣き叫ぶ男の顔を、依然として見据え続けた。


 マギックエイジ・オンラインのサービスが始まって、どれほどになるか。

 俺たちを含む多くのプレイヤーが、それぞれの物語を、それぞれの歴史を紡ぎ、世界を発展させ、己を鍛え上げてきた。


 そのすべてを、お前の呪いが潰すのが早いか。

 そのすべてが、お前の呪いを祓うのが早いか。




 さあ――一緒に遊ぼうぜ。




「――――《魔剣再演(リ=フレードリク)》――――!!」

「――――《聖杖再臨(リ=エンマ)》――――!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。