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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い
207/262

第206話 呪われし想い - Part2


「あ~~~んもおおお~~~~~!! 何も喋れずに死んじゃったあ~~~~~~っ!!!」


 ナインサウス・エリア、恋狐亭ロビーにて。

 フリルだらけの甘ロリを着た少女ミミが、甘ったるい声で叫びながら地団駄を踏んでいた。


「死ぬときは感動的な遺言を遺していくつもりだったのにい!! 初っ端がミミ狙いっておかしくない!? ショートケーキのイチゴは最後に残すもんだよねっ!!」


「その通りですミミ様!」

「《呪王》めは風情がわかっておりません!」

「よもやミミ様を差し置いて、斯様な木っ端配信者をトリに回すとは!!」


「うお~~~い! ウチのろねりあに喧嘩売ったかコラぁーっ!!」


 ミミを取り巻く白銀の騎士たちに、ビキニアーマーのツインテ少女・双剣くらげが剣を振り上げて飛びかかろうとする。

 それを背の高い少女騎士・ポニータが羽交い締めにし、黒髪ロングの女僧侶・ろねりあが苦笑した。

 その姿を見て取って、ミミが慌てたようにぱたぱたとろねりあに駆け寄る。


「あっあっ、ごめんね、ろねりあさん? 馬鹿にするつもりはなかったの……。最後の台詞、ミミはとってもよかったと思うよっ! ちょっと泣いちゃったもん!」


「はあ……それはどうも……」


「くぅ~っ! この白々しさ! ムカつくぅ~っ! 《呪王》戦じゃ大して活躍しなかったくせにさあ!」


「ぅぐっ」


 双剣くらげの発言に、ミミの小さな肩がびくりと震えた。


「っていうかUO姫さんさあ、いつもチェリーちゃんと張り合ってる割には、活躍度が釣り合ってなくない? むしろお付きの火紹くんのが目立ってるっていうか」


「ぅぐぐっ」


「あれあれ? なんだったっけ? 『MAOで一番可愛いアバターの持ち主』なんだっけ、アルティメット・オタサー・プリンセスさん? その割にはぁ、今回の《クロニクル》、挿絵にも描いてもらえないんじゃないですかあぁ~~~~~!?!?」


「ぅがああーっ!!!」


「うぎゃーっ!! オタサーの姫が本性を現した!!」


 双剣くらげの煽りに耐えかねたミミが、牙を剥いてビキニアーマーの少女に飛びかかる。

 MAOメインストーリーの公式ノベライズである《クロニクル》には、実在プレイヤーの活躍もまた描かれる。

 クロニクルに登場できること自体、MAOプレイヤーの中では大きな名誉とされるが、とりわけ限られた口絵や挿絵にアバターが描かれることは全プレイヤーの憧れなのだ。


 しかし。

 今、この恋狐亭のロビーにいる面子は、自分にはもうその機会は訪れないと知っている。


 カース・パレスからの刺客たるモンスターはもはや1体も存在せず、戦闘音のひとつもしない平和な温泉旅館。

 ダ・アルマゲドンでの戦いに身を投じ、そして死亡したプレイヤーの多くが、この恋狐亭にリスポーンしていた。

 そしてログアウトすることもなく、談話スペース横の壁に映写された、ある配信画面を見守っているのだ。


 同じ光景は、MAOの全土で生まれている。

 現実世界からの視聴も含めれば、延べ視聴者数は10万人にも上るだろう。

 現実とは異なる、もうひとつの世界の行く末を。

 それを背負った、ただ二人の少年と少女を。

 今は誰もが、ただ見守ることしかできないのだ。


「……残り、33分」


 この配信の本来の主である鎧マントの少年・セツナは小さく呟いた。

 MAOのアバターは汗をかかない。しかし、彼は自分の背中がじんわりと湿るかのように感じていた。

 本当に間に合うのか。

 その答えを、今はまだ誰も知らない。この世界の神であるはずの運営会社|《Nano.》でさえ。


 これは台本のない物語。

 現在進行形で紡がれる歴史なのだから。


『――先輩』


 澄み切った、しかし警戒の籠もったチェリーの声が、配信から響いてくる。


『また部屋です』


 配信画面には、黒いもやでできた、影絵のような部屋が映っていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 綺麗な寝顔だと、最初はそう思った。

 しかし、その唇に寝息はなく。

 その肌には、本来生者にあるべき血色がない。


 そして何より、()の視界は涙によって大きく歪んでいた。


『……すまない……すまない……』


 自分(・・)の口から、同じ言葉が何度も漏れる。

 残留思念――五感再現ムービーの最中だった。

 俺の意識は、愛する女性の亡骸を前に悲嘆に暮れる、ある男の内にあった。


 ……半ば予想していたことではあった。

 やがて《呪王》となるこの精霊の男は、恋仲であったエルフの女性を、ついに救うことができなかった。

 医者としてあらゆる手を尽くし、それでも減りゆく命を留めることはできず。

 もはやどのような医術であっても届き得ない場所へと、恋人を連れ去られたのだ……。


『……すまない……すまない……』


 男の口からはひたすらに、自らを責める声が続いている。

 それに、……ちょうど、重なるような形だった。


【――、――、――】


 耳元で、何かがざわめいている。

 虫の羽音のような、ノイズめいた、声。


【――、――、――ナイ】


 それは時を追うごとに、明確な言葉へと変わってゆく。


【――、――ハ、――ってイナイ】


『くっ……ぅう……!』


 その声に抵抗するかのように、男は苦鳴を上げながら前髪を掴んだ。

 なんだ、この声は。

 意思らしきものは感じない。

 なのに、これはよくないものだと、直感的にわかるものがあった。


【――くハ、マ――って、イナイ】


『黙れッ!!!』


 怒鳴り声と同時に、耳元のざわめきは遠ざかった。

 男は呻き声を上げて、荒く息をつく。

 俺に見えるのは、膝の上で震える拳だけだ。

 怒りを堪えるようなそれが、しかし俺には、決壊寸前の堰のように見えた。


『――ああ、よかった!』


 そのときだった。

 部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。

 視界が背後を振り返る。

 入ってきたのは、背中に光でできた翅を伸ばした男だった。

 顔は影のようになってよく見えないが、おそらくは精霊なのだろう。

 男は気遣わしげな声音(・・・・・・・・)で、こちらに近付いてくる。


『ようやく解かれた(・・・・)のだな。心配していたぞ!』


『……は……?』


『覚えていないのか? その女が現れて以来、お前と来たら奇行の連続! 患者の診察は放棄するわ、霊薬とやらを探しに彷徨するわ、大変だったんだぞ! 何らかの攻撃ではないかと話し合っていたところだったんだが、やはりその女が原因だったか。もう安心だ、呪術の類は術者が死ねば解けるものだからな!』


 心の底から、喜ばしそうな様子で。

 その男は、寝台横の椅子に座ったこちらの腕を取って立たせようとする。


『さあ、快気祝いだ! 皆が待っているぞ、■■■!』


 引っ張られるままに立ち上がり。

 歪んだ視界で、男を呆然と見る。


『……君には……』


『ん?』


『……君には……この涙が……見えないのか?』


『ナミダ?』


 視界の真ん中で、男は首を傾げ――

 それから何かに気付いて、神妙そうに目を俯けた。


『これはすまなかった。いささか無神経だったな』


『…………ああ、いや……』


『疲れているのだな! まずは充分な睡眠を取れ! 欠伸で涙を零すなどお前らしくもない!』


 男は快活に笑った。

 視界は、愕然と男を見据えた。

 同時。

 耳元のざわめきが復活する。




【――ぼく ハ マチガって イナイ――】


【――おかシイ ノハ やつラノ ホうダ――】




 その囁きが。

 おそらく、男の背中を押した。

 どこまでも深い奈落へと続く、崖の底へと。


『……そうか。やはり僕は……呪われていたのだな』


『そうだ! 俺は嬉しいぞ、古い友人のお前が無事正気に――――がッ!?』


 腕が素早く伸び、男の首を掴み取った。

 万力のような力で指を食い込ませながら、腕が男の身体を持ち上げていく。


『ぐッ……なッ……!』


『わかっているよ。僕たち精霊は生殖を必要としない。だから恋をしないし、理解もできない。まったく単純な理屈だよ』


『やめッ……なにをッ……まさか、まだッ……!』


『そうさ、まだ僕は呪われているよ。術者が死ねば解けるだって? むしろ逆だ。この呪いは、きっと彼女が死ぬことで完成した』


 掴み上げられた男の背にある翅は、当初は緑がかった光で構成されていた。

 それが、今……根元から、徐々に、漆黒の光に置き換わりつつある……。


『よせッ……よせえええッ……!! 俺のッ、俺の中にそんなモノっ……!!』


『わからないんだろう、僕の気持ちが。この涙が何のために流れたか、少しも理解できないんだろう? だったら、これはいい機会だ。()が教えてやろう。何、簡単なことだ――』


 藻掻く男の顔に、もう一本の腕が差し向けられる。


『――君も一度、呪われてみればいい』


 そして視界が、真っ黒な呪いに覆われた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 二つ目の影絵のような部屋を抜け、俺とチェリーは脈動する道を奥へと走る。

 脳裏には、まださっきの残留思念がこびりついていた。


「……精霊は、生殖を必要としない」


 隣のチェリーがぽつりと呟く。


「だから恋をしないのが普通で……あのエルフの女性を愛した《呪王》は、精霊の中ではバグのような存在だった」


「……何とも言えないな」


 俺は呻くように答える。


「想像もつかない。感情そのものをバグ扱いされるってのが、どういう気持ちなのか……」


「そうですか?」


 ちらりと、チェリーがこちらを見た。


「私はなんとなく、わかりますけどね。何度言っても人には理解してもらえない――自分でもよくわからない、そういう気持ちって……ありますから」


「……そうかも、な」


 俺とチェリーは、恋愛関係にはない。

 カップルなんかじゃ決してない。

 それを余人に説明したところで、理解してもらえたためしはない。


 ラベルの貼れない感情なんて、タチの悪いバグみたいなものだ。

 説明できない。理解もされない。

 だからひたすら、自分たちの中に抱えておくしかない。

 曖昧なそれが崩れ去ってしまわないように、相手と同じ気持ちを通わせながら。


 ……だから、もし。

 気持ちを通わせる相手が、この世にいなくなったら。

 一体どうやって、自分の気持ちを支えてやればいいんだろう?


「――あ。先輩! 上!」


「ん?」


 言われて天井を見上げると、そこに影絵が踊っていた。

 揺れる焚き火が落とした影のように、忙しなく動き続けるそれは、おそらく影絵のアニメーション。

 大量の異形と、人の形をした影とが、喰らい合うように激突する……。


「……かくして精霊の男は魔族へと堕ち、自らの名前さえも呪い、封印した」


 チェリーが小さく付け加えたナレーションをまるで聞いていたかのようなタイミングで、耳元で声がした。

 悲しげな。

 しかし、どこまでも冷たい。




『――僕の名前を呼ぶのは、永遠に君だけでいい――』




 だから、男は《呪王》となった。

 誰にも理解されなかった男は、ゆえに自らを、そういうモノとして再定義したのだ。

 誰にもわかってもらなくて構わない。

 ただ、自分と彼女だけがわかっていればいい、と。


 そして《呪王》はかつての同胞たちと戦い……敗れ去った。

《魔神》軍の残党と共に竜母ナインによって封印され、500年もの歳月が――


 大きな空間に出た。


 俺たちは立ち止まり、空間を見渡す。

 黒いもやによる影絵が、神殿のような光景を形成していた。

 最奥に祭壇のようなものがあり、その手前には――


「……女の子?」


 そうだ、一人の女の子が、手を組んで跪いているのだった。

 祭壇に祈りを捧げるその姿は、シスター――あるいは、巫女のよう。


「……巫女」


「もしかして、メイアちゃんの……?」


 メイアの実の母親である、先代の竜巫女。

 100年に渡って竜母ナインと対話し、ダ・アルマゲドンの封印を管理していた……。


「なんで《呪王》の残留思念にメイアの母親が……?」


「――あ、そうか……」


 チェリーが密やかに息をつき、口元に手を当てた。


「メイアちゃんが言っていたでしょう、先輩――100年間、竜巫女が対話していたのは……」


「そうか! 竜母ナインは最初から呪転していた――100年間、竜母ナインだと思われていたのは、それを操る……」


 跪く少女の前の祭壇に、人魂アイコンが灯った。

 俺とチェリーは、そっとそれに近付き、三つ目の残留思念を再生した――


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