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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い

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第204話 VS.《呪王》 - Part9


《呪王》が構える黄金の大太刀が、静謐な空気を裂いて輝く。

 重苦しく広がる漆黒の翅が、ステンドグラスの光を抱いて呑み込む。


 頭上に伸びるはたった1本のHPゲージ。

 俺たちプレイヤーのものとさして変わりはしないだろうそれだけを懸け、《呪王》は今初めて、自ら戦場に立った。


 ……ステンドグラスの手前で、メイアが磔にされて眠っている。

 黄金の太刀を携えた《呪王》の姿は、……あたかも、それを守るかのようだった。


 だが、認めはしない。

 お前にどんな思いがあろうとも――どんな絶望があろうとも。

 メイアの、この世界の、続いていくはずの歴史(みらい)を、途絶えさせていいわけがないのだから。


 最後に生き残ったたった8人。

 俺たちはそれぞれの武器を構え、それぞれに《呪王》に正対する……。


 空気が、張り詰めた。


 ぴたりと肌に貼りつくような沈黙。それが、礼拝堂の天井から床まで満ち満ちて。

 開戦の一歩を、踏み出した。


「――――ぉおァああああッ!!!」


 真っ先に飛び出した俺は、一息に《呪王》との間合いを詰め、魔剣フレードリクを袈裟に振る。

 次の《呪王》の行動について、俺の脳裏には三つの選択肢が想定されていた。


 一つ、大太刀で受け止める。

 二つ、横か後ろに移動して躱す。

 三つ、弾き返して反撃してくる。


 そのいずれであっても、応手の準備があった。

 気合いこそ出してみたが、この一振りは牽制に過ぎない。

 必殺にはまだ早く、決着にはまだ遠い。

 そういった、いかにもゲーム的(・・・・)な思考が、俺の中にはあったのだ。


 ――だから、《呪王》はそれを、真っ向から打ち砕いた。


「…………あ?」


 俺の口から、疑問の声が零れる。

 俺が振り抜いた魔剣は、《呪王》の肩口をしかと捉えていた。

 だが……浅い。

 当然だ、牽制のために繰り出した、防がれること前提の攻撃だったのだから。

 しかしそれでも普段の俺ならば、攻撃のヒットを確認するなり、大きなダメージを見込める連撃(コンボ)に繋いでいたことだろう。

 それが、できないのは。


《呪王》が突き出した大太刀が、俺のお腹を深々と貫いていたからだ。


「言ったはずだ、命と誇りを懸けろと」


 ずるり、と。

 赤いダメージエフェクトを激しく散らしながら、黄金の大太刀が引き抜かれる。


「貴殿らにとってはどうか知らないが――私にとってこの戦いは、お遊び(・・・)などではない」


 改めて構えられた黄金の刃が、今度は俺の首を狙っていた。


「――命を懸けた戦いに、セオリーなどあるものと思ってくれるな」


 ひやりと、本物の冷感が背筋を撫でた。

 それは、死の気配だ。

 たとえ首をはね飛ばされたところで死ぬことはない仮想世界で、それでも感じた、死の気配だ。


 こいつは(・・・・)ここで生きている(・・・・・・・・)

 だから、お前もそうあれと――《呪王》が、殺気で告げている!


「先輩っ!!」

「ケージ君っ!!」


 稲妻と矢とが後ろから飛来して、器用に《呪王》だけを狙い撃った。

 気付いた《呪王》は攻撃を中断、後ろに跳んでそれらを躱す。

 そこでは終わらなかった。

《呪王》の回避を読んでいた火紹とポニータが、左右から《呪王》を挟撃する。

 メイスと片手剣の同時攻撃に対して、《呪王》は器用に剣戟のタイミングをズラし、完璧に凌いだ。


「生きてますかっ、先輩!?」


 跪いた俺の隣にチェリーが来て、ポーションの瓶を差し出してくれる。

 俺はそれを直接口で咥えながら、


「悪い、油断した……。あいつは……あいつは、ガチだぞ(・・・・)


「わかってますよ、そんなことは、最初から」


呑まれるなよ(・・・・・・)


「それもわかってます」


 俺たちの中に、本物の勇者なんていない。

 しかし《呪王》は本物の魔族だ。本物の王だ。本物の呪いの化身だ。

 よくよく考えてみろよ。

 そんな奴を相手に、平和な現代人がまともに戦えるはずがないだろ?


 ステータスでは拮抗しているかもしれない。

 テクニックでも互角かもしれない。

 だが、心は。

 その精神だけは、およそ敵うはずもない。


 だから、呑まれるな。

 本物の覚悟を固めた、本物の命を懸けた、あいつの心に引きずられるな。


 ゲーマーが勇者であれるのは、ゲームで遊んでいるときだけなのだから。


「…………ッ!?」

「うあっ……!?」


《呪王》と斬り結んでいた火紹とポニータが、勢い良く吹き飛ばされて礼拝堂の壁に叩きつけられた。

《呪王》が一呼吸入れるように俺たちに視線を走らせた瞬間、魔法が飛ぶ。

 巡空まいるのダンシング・マシンガンが、ショーコの異種様々なデバフ魔法が、そしてチェリーの猛烈な《ギガデンダー》が殺到する。


「――ハァッ!!」


《呪王》が気勢を上げたかと思うと、大太刀を覆う黄金の光が一瞬だけ弾け散り、鱗粉のようになってすべての魔法の軌道を逸らした。

 誰かが斬り結んでなきゃ魔法は通らねえってことかよ。なら……!!


 HPを回復させた俺は、再び《呪王》との間合いを詰める。

 今度は油断しない。《呪王》の強引な差し込みに注意しつつ、二、三度斬り結んでから二歩だけ間合いを取る。

 下がった俺を追おうと《呪王》が足を踏み出すと、その瞬間を目ざとくチェリーが突いた。《ギガデンダー》の稲妻。その先端が《呪王》の横っ腹に突き刺さると、その全身が瞬時、硬直する。


《呪王》ほどの敵になると、麻痺する時間はほんのわずかだ。

 おおよそ0.5秒ほどの硬直時間は、しかし俺にとっては充分すぎる。《風鳴撃》を叩き込み、システムアシストが終わるなり全力で後退した。

《呪王》は目だけで俺を追う。しかし足は踏み出さない。さっきの連携が効いている!


「――何を」


《呪王》の陰々滅々とした目が、俺を睨んでいた。

 質すように――糾すように。


「何を、笑っている……!!」


 横から火紹がメイスを振り下ろした。

《呪王》はそれをステップで躱し、左手から衝撃波を放って吹き飛ばす。

 反対からポニータが盾を構えて突進した。

《呪王》は素早くポニータの後ろに回り込み、黄金の大太刀でその背中を斬りつけた。


「貴様ら――何がおかしいッ!!」


《呪王》の頭上から魔法の雨が降り注いだ。ブオンと振るわれた黄金の太刀が虚空に半月の残像を刻み、魔法の雨を吹き散らす。


 そして、再び俺の出番が来た。

 ぐんと間合いを詰めた俺の一撃を、《呪王》は太刀で受け止める。ギリリと刃が火花を散らした。

 束の間の鍔迫り合い、間近にある《呪王》の瞳には疑問があった。


「ふざけているのか……! 事ここに至って、貴殿らは……!」


「ふざけてなんかねえよ。俺たちはみんな真剣だ」


「ならばなんだッ、その緩んだ口元は! 輝きに満ちた目は……!」


「楽しいから決まってんだろ?」


 ギィンッ、と剣が弾かれ合う。

 直後、繰り出した斬り上げ、逆袈裟斬り、フェイントを入れての突きも、《呪王》は見事にすべて打ち返した。


「俺たちの全力に、お前は全力で答えてくれる……! 打てば打つだけ、それ以上の力強さで響いてくれる! ゲームをやってて、これ以上に楽しいことが他にあるか!?」


「たの、し、いぃいい……!?」


 ぐにゃりと、《呪王》の鉄面皮が激しく歪んだ。


「ふざっ……けるなあっ!! この《呪王》との戦いが! 世界のすべてが呪われんとする瀬戸際の今が!! よりにもよって『楽しい』だとッ!?」


「ぐッ……!?」


 腹に衝撃が走ったかと思うと、俺は足を浮かせ、硬い床にしたたかに背中を打ちつけた。蹴り飛ばされたのだ。


「所詮は《渡来人》……異世界の客人か! 貴様たちは余所者だからそんなことを言えるのだな! この世界が滅んだところで、貴様らには痛くも痒くもないのだから!!」


「そんなわけないでしょう?」


 言葉と共に、《ファラゾーガ》の火球が飛んだ。それは黄金の太刀に両断され、礼拝堂の壁に大きな焦げ跡を残す。


「ま、誰も彼もがこのゲームオタク先輩と同じだとは思ってほしくないですけど――今の発言は聞き捨てなりませんね。

 痛くも痒くも、つらくも悲しくもありますよ。この世界がなくなったらきっと私は泣き喚いて、生きる気力がなくなるに違いありません。中には本当に自殺しちゃう人だっているでしょう。そのくらい、私たちにとってこの世界は大切なんです――この世界で生まれ育ったあなたたちにも負けないくらい、大切なんです」


 それでも、とチェリーは続けた。


「私も、楽しかったですよ? 《呪王》さん――あなたと鎬を削り合ったこの3日、楽しくて楽しくて仕方ありませんでした。ドキドキして夜も眠れなかったくらいです。――だからこそッ!!」


 カンッ! と《聖杖エンマ》の石突きが、音高く礼拝堂の床を叩く。


「私は許せない。どうしても許せないんですよ! この3日、私たちの傍にメイアちゃんがいなかったことが!!」


「……なに……?」


「メイアちゃんがいればもっと楽しかった。メイアちゃんがいれば、私たち以上に楽しんでくれた! このゲームが最高に面白いときに参加する権利を、あなたは彼女から奪った!! そしてこれからも奪おうとしている……!! それが、何よりも許せないっ!!」


 火の粉が、チェリーの周囲で渦を巻いた。

 彼女の頭上で、太陽のような火球が膨らむ。それは炎属性魔法でも最大級の威力を持つ――


「言ったでしょう、命と誇りを懸けようと。懸けているんですよ、私たちも」


 だって、とチェリーは杖を振り下ろした。


「――ゲームのない人生なんて、死んだも同然ですからね!!」


 炎属性奥義級魔法《メテオ・ファラゾーガ》の特大火球が、《呪王》の身体を一瞬で覆った。

 火球があまりに巨大すぎる。広大な礼拝堂からはみ出そうなそれは、黄金の太刀でも防ぎきれない……!


「――――わからない」


 爆発があり、轟音があり、祭壇が燃え盛った。

 しかし、それでも――紅蓮に棚引く炎の中には、依然として一人の男の影があった。


「私には、本当にわからない。私を愚弄しているのか。それとも貴殿らの頭がおかしいのか……? 本気で、本当にそんな理由で、私の500年来の願いを打ち砕き、命を奪い取らんとしているのか……?」


「お前の命なんて、別に欲しかねえよ」


 俺は答え、魔剣フレードリクを肩の上に構える。


「俺たちはゲーマーだが、敵キャラだからって面白半分で殺すような真似はしない。そんな奴は俺たちにとっても敵だ。……だから、お前がメイアから――この世界から手を引くなら、別にそんなことはしなくてもいいんだ」


「……私が、手を引くと、そう思うか?」


「思わないな。だから今、俺たちはこうしてるんだろ。――だけど、それはそれとして、だ」


 肩の上に構えた魔剣を、猛然と炎のエフェクトが取り巻いた。


「楽しまなきゃ損だろ? せっかく、こんなにやり応えのあるバトルなんだから!!」


 炎属性奥義級体技魔法《龍炎業破》。

 ドラゴンを模った炎に包まれて、俺は猛火の中に浮かぶ人影に突進する。

《呪王》のHPゲージは、もはや半分ほどが削れていた。

 勝てる。

 その身のこなし、剣の威力、どれも一級品だが、俺たちも慣れてきた。

 長年の経験が戦況を判断する。――勝てる!


「――――わかったぞ」


 魔剣の切っ先が。

 火の粉だけを突いた。


「私と貴殿らは……決して相容れないということが、わかった」


 俺はハッと頭上を見上げる。

 パキパキと弾けながら立ち上る火の粉の中に、《呪王》が浮遊していた。

 背中に広がるは漆黒の翅。

 俺は自分が思い込みをしていたことに気付く。《イザカラ》がそうだったから、《呪王》も空を飛びはしないのだと……!


「呪わせてやる。《呪王》の名にかけて――貴殿らに、私を呪わせてみせよう」


「な――」


 頭上から、《呪王》の姿が消えた。

 ふわりと風が頬を撫でる。違う、移動したんだ!

 どこに行った!? 《呪王》の残像を数瞬遅れで目で追いかけ、


「――――あうっ」


 甘ったるい声が、か細く呻くのが聞こえた。


「さて……一人」


 目が追いついたとき、すでにUO姫が力なく倒れ伏すところだった。

 その小さな背中に。

 黄金の大太刀が、ブスリと無造作に突き刺さる。


 あのUO姫が。

 なんだかんだと生き残り続けた甘ロリ姿が。


 遺言の一つもなく、人魂に変わった。


「――オォオオオッ!!!」


 巨人騎士が怒りの咆哮を上げる。

 巨躯の全身に魔法のエフェクト光を帯びながら、火紹は《呪王》に向けてメイスを振り上げた。


「そうだ――呪え」


 次の瞬間、《呪王》の姿は火紹の頭上にあった。

 さらに、次の瞬間。

 火紹の太い首には、深々と赤いダメージエフェクトが走っていた。


「さて……二人」


 2メートル半の亡骸が倒れるのも待たず、ブワッ!! と魔法の嵐が溢れ出る。


「このおっ!! いくら飛んだって、まいるの弾幕で……!!」


 太刀を覆う光が弾け、宙にきらきらと舞い散った。

 それを見るなり、巡空まいるの表情が失敗を悟ったそれに変わる。

 乱射された色とりどりの魔法が急激に軌道を変え、一部は巡空まいる自身に反射した。


「きゃあっ――!?」


 舞い上がる爆煙の中。

 巡空まいるの、その背後に。

 もうひとつの影が、現れる。


「さて……三人」


 静かな声と同時、踊り子装束に魔女帽子の影がくずおれた。


「これ以上やらせるかっ……!!」


 俺は床を蹴り、チェリーに向かって走る。

 まずはあいつを……!


「おや。こっちはいいのかな」


 ガションッ、と鎧が倒れる音がした。

 見れば、ポニータが人魂に変わり、ショーコの前に《呪王》が立っていた。


「本性が出るものだ、人というものは……追いつめられたときほどな」


 ショーコが長い前髪の向こうから、俺のほうを見る。


「ケージさ――――」


 大太刀が、小柄な少女を袈裟斬りにした。


「さて……五人」


 マズい。

《呪王》の近くにはろねりあがいる。

 プリースト系のあいつには自衛手段がない!


「《メガデンダー》!」


 チェリーが稲妻を飛ばし、《呪王》に襲いかからせた。

 しかし《呪王》は、まるで予期していたかのように直上に飛び、丸みを帯びた天井近くでピタリと滞空する。


「弱い、弱い――手加減のし時でもあるまいに、この私に中級魔法とは」


《呪王》は無感情な目でチェリーを見下ろす。

 チェリーは唇をきつく引き結んでいた。

 俺は気付く――その腰のホルダーに、マナポーションの瓶がひとつもない!


「魔力の尽きた魔法使い、恐るるに足らず」


 ビュンッと消えるように移動したかと思うと、《呪王》の姿はろねりあの傍に戻っていた。

 骨張った手が、蛇のように伸びる。

 ろねりあの細い首が掴まれ、そのまま宙に持ち上げられた。


「くっ……あっ……!」


「これで……六人か」


 足をばたつかせ、苦しげに顔を歪ませるろねりあを眺めて、《呪王》は何の感慨もなさそうに呟いた。


「ゲーマーなどと名乗ったな。改めて訊こう。これでも楽しいか(・・・・・・・・)


 助けに行くべく動き出そうとした俺の足を、その言葉が縫い止める。


「理不尽に蹂躙され、虐げられ、痛めつけられ、それでも笑えるか。……否、答えはすでに出ているな。現に貴殿の顔に笑みはなく……最も大切な者の傍から、一歩たりとも離れようとはしない」


「…………!!」

「…………!?」


 心臓が高く鳴った。

 それはきっと、すぐ隣にいるチェリーも一緒だった。


「先ほど語った、『皆で楽しみたい』という信条……それは偽りなきものなのだろう。しかし、咄嗟のときには出るものだ。本能が守るべきものに優先順位をつける。『皆』などと、よくも綺麗事を抜かしてくれたものだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それは。

 ……それは。


「答えろゲーマー。これでも楽しいか! 楽しいと言うのなら何も言うまい。数千数万の仲間たちを捨て置いて、貴様たち二人だけで存分に楽しめばいい!!」


 俺たちはクランに所属しない。

 基本的に、他のプレイヤーとはパーティを組まない。

 二人だけでいいと思っている。

 二人だけがいいと思っている。

 ……そこに、他の連中の居場所はあるか?

 UO姫は、セツナは、ろねりあは、双剣くらげは、ショーコは、ポニータは、巡空まいるは。

 そして――メイアは?


「それが呪いだ。貴殿らは呪われている。その呪いが、本来の信条を歪ませている。哀れだ……まったくもって哀れだ」


 静かな声が、しかし深々と背筋に突き刺さった。


「その呪いと共に――()()()()()()()()()()()


 答えるべきだった。

 違う、と反論すべきだった。

 しかし、口は何も答えない。

 なぜなら、それは、俺たちにとって。


 この世で最も、否定してはいけないことだったからだ。


 ――だから。


「…………楽しい……です、よ」


 答えは、俺たち以外からもたらされた。


「理不尽に蹂躙され、虐げられ、痛めつけられて……それでも、笑いますよ、わたしは……!」


 首を掴まれて宙吊りにされた、ろねりあが。

 にもかかわらず、うっすらと口元に笑みを広げて。


「たとえ、死んだとしても……! もう、自分たちでは、戦えないとしても……! 誰かが、きっと受け継いでくれる……! 遠いエンディングまで、連れていってくれる……! 何よりも――」


 ろねりあの、指が。

 震えながらも……スペルブックのページを、手繰っていた。


「――ケージさん、チェリーさん……! あなたたちみたいに楽しい人が、最後まで連れていってくれるなら! わたしは、負けたとしても……すごく、楽しいですっ!!」


 不意に、背中を押された気がした。

 誰がいるわけでもない。

 心霊現象でもない。

 単純に、見えている。

 ろねりあの傍に浮かんでいる配信ウインドウに、おびただしいコメントが押し寄せているのが見えている。


「さあ、見せてくださいっ、いつもみたいにっ……!! こっちが恥ずかしくなるくらい、イチャつきながら! ボスを倒して、ハッピーエンドに辿り着く――MAO最強のカップルの力をっ!!!」




 ――《メザレクティア》。




 ろねりあが唱えた瞬間、そのアバターが青白く燃え上がった。

 その炎は二つに分裂し、宙を飛んで、俺とチェリーの身体に降り注ぐ。

 熱くはなかった。

 ダメージもなかった。

 むしろ人肌の暖かさをもって全身を包み込み――減っていたHPとMPを、急速に回復させた。


 支援回復系奥義級魔法《メザレクティア》。

 自らの命と引き替えに、味方を完全回復させ、強力なバフ状態にする魔法……。


 俺は――魔剣フレードリクを握り締める。

 チェリーもまた、聖杖エンマを握り締める。


 そして、反論するのだ。

 いつものように。




「――だから」


「カップルじゃ」


「ないって」


「言ってるでしょう!!」




 青白いオーラが俺たちの身体を覆う。

 瞼の裏の簡易ステータスを見れば、そこにはすべてのステータスが大幅アップしたことを示すアイコンが点灯しているはずだ。

 だが今、見る必要はない。

 見るべきはただひとつ。

 ろねりあのいなくなった手の中を呆然と見つめる、《呪王》のみ。


「…………呪え」


 陰々と。

 滅々と。

《呪王》を名乗る男は、全世界に叫ぶ。


「呪え、呪え、呪え、呪え、呪え…………ッ!!!」


 漆黒の翅を広げ、空中に浮き上がり。

 形ばかり俺たちを見下して、未来のない望みを吼える。


「――――呪え――――ッ!!!!」


 振り上げられた大太刀が、いっそう眩い輝きを放った。

 その刃に、並々ならぬ攻撃力が宿っていることがわかる。触れる空気すら裂き、ビリビリと震動を辺りに撒き散らしているのだ。


 翼のない俺たちに、《呪王》と真っ向から斬り結ぶ手段はない。

 ――と、思うだろ?


「先輩」


「ああ」


 短いやり取りで、打ち合わせを済ませた。

 直後、俺は《縮地》のスイッチを入れる。

 バフの入ったAGIがさらに倍増し、俺に超人じみた跳躍力を与えた。


 ドウンッ!!! と音高く床を蹴り、俺は猛然と跳び上がる。

 目指すは《呪王》。一直線に、まるで立ち上る流星のように。


「……笑止……!!」


《呪王》は横に滑り、俺の突撃をあっさりと躱した。

 俺は壁に向かって突き進み、


「悪あがきを! 翼なきその身でどうやってッ、――――ッ!?」



 空気を蹴って、180度反転した。



 まるでスーパーボールみたいに跳ね返った俺に対し、反撃を加えようとしていた《呪王》は対応が間に合わない。

 斜めに、一閃。

 すれ違いざまに、深々と斬撃が入る。

 半分ほどのHPゲージが4割程度にまでガクンと減った。《呪王》はダメージエフェクトの燐光を撒き散らしながら錐揉み回転し、漆黒の翅を広げて体勢を立て直す。


「虚空を、蹴るだと……!? そのような力、一体いつ……!?」


《呪王》は礼拝堂を見回し、愕然と目を見開いた。

 目を留めたのは、地上にいるチェリーだ。

 チェリーがしきりに風属性下級魔法――《エアーギ》を放っていることに気付いたのだ。

 あちこちに撒き散らされたその魔法攻撃こそが、俺が空中跳躍に使っている足場だということに、気が付いたのだ。


「――――は」


 空中を鋭角に飛び回る俺の斬撃を凌ぎながら、《呪王》は、息を漏らす。

 否、それは――


「は、ははは、はははははははははは――――!!」


 笑いだった。

 そうさ、俺たちのこれを見た奴はみんなそういう反応をする。

 自分たちでもなんでできるのかわからない、変態的な連携。

 この世のものとは思えない神業を見たとき、人であろうと魔族であろうと、できることは笑うことしかない。


 ほら、どうだよ。

 俺たちと戦うのは、楽しくて仕方がないだろ―――!!


「認めよう!」


 横も縦も高さも、礼拝堂の空間を縦横無尽に使い尽くし、斬り結んでは飛び離れる。


「認めよう、貴殿らの在り方を!」


 轟然と押し寄せる大太刀を跳び躱し、頭上から首を狙う。


「しかし、貴殿らに染まりはすまい。それは貴殿らの在り方だ―――!!」


 そうだろう。俺たちの在り方は、プレイヤーだからこそのそれ。

 この世界にとっての客人だからこそのものだ。

 きっとお前には真似できない。命と誇りを、別の場所に置いているから。


 だけど、メイアは違う。

 あいつは俺たちと同じように育った。

 モンスターを倒し、クエストをこなし、レベルやスキルを育て。

 現実の日本を歩き、俺たちと椅子を並べて食事をした。


 だから、巻き込んでくれるなよ。

 お前と別の在り方を選べたあいつを、巻き込んでくれるなよ!


「―――ここで終われッ、《呪王》―――!!!」


 鋭さが、上がる。

 速さが、上がる。

 俺とチェリーの呼吸が、瞬時、ワンテンポ上昇する。


 わずかだった。

 たった一度だった。

 俺が空中を跳ねるタイミングが、チェリーが《エアーギ》で足場を作るタイミングが、いつもよりほんの0.1秒早かった。


 それが、趨勢を決めた。


「――――ぐッ、!?」


 魔剣フレードリクの切っ先が、《呪王》の鳩尾に深々と突き刺さる。

 その頭上に伸びたHPゲージが、1割にまで減る。

 煌びやかなダメージエフェクトが、《呪王》の口から痛々しく散った。


「ああッ……あぁああああああッ……!!」


 獣のような唸り声を上げる《呪王》を、俺は突き刺したままの剣を振り回して前方に投げ飛ばした。

 ステンドグラスに、男の背中が叩きつけられる。

 極彩色のガラスがけたたましく割れ砕け、花火の残滓のようにきらきらと散る。

 その空前のチャンスを――ただ二人生き残った俺たちが、見逃すはずもなかった。



「《龍炎(キャスト)》――――!」

「《メテオ》――――!」



 俺とチェリーのアバターを、それぞれ猛炎が取り巻く。

 俺の炎は竜を。

 チェリーの炎は太陽を模り。

 ナイン山脈を漆黒に閉ざした王を、強烈な光で照らし上げた。



「――――《業破(ファイブ)》!!」

「――――《ファラゾーガ》!!」



 業火に呑まれる、その刹那。

 冷え切っていた《呪王》の瞳が、暖かに輝いたように見えた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 耳元でファンファーレが鳴り響く。

 俺とチェリーのアバターを光の螺旋が取り囲み、パッと弾けて消えた。


 それは……レベルアップの演出。

 強敵を打ち倒し、膨大な経験値を得たことの証……。


 礼拝堂に満ちた粉塵エフェクトが、徐々に晴れていく。

 あれほどの激闘の後だというのに、壁や床には焦げ跡程度しか残っていない――しかしステンドグラスは割れ砕け、宙に磔になったメイアは闇の中に沈んでいた。


「……タイム、リミットは……」


 極限の集中から解き放たれた直後のくらくらとした意識で、俺はクロニクル・クエストの制限時間を確認する。


 残り、38分。


 …………間に、合った。

 間に合ったんだ。

 俺たちは――


「……メイア――!」

「メイアちゃん――!」


 俺とチェリーは、依然として磔になったままのメイアを見上げ――

 …………、…………、…………。


 依然として、磔になったままの?






「――――ぁ、ぁアぁあア」






 呻き声がした。

 ゾンビか何かのような。潰れたような呻き声が。

 粉塵に包まれた祭壇から――《呪王》がいるはずの場所から聞こえたのだ。


「……わタシ、は……ワタシ、は、ノロわれてナドっ……!! チガう……ちガウっ……!! ワタシ、じゃなイ……ワタシジャなイ……!! オマえタちの……っ!!!」


 粉塵の中で、何かが膨らみつつある。

 なんだ――あれは?

 泥のような。

 肉のような。

 真っ黒なものが、ぶくぶくと!

 煮え立つように膨らんでっ……!?


「ワタシガ――ノロワレテいると、イウのなラ!!」


 小山のようになった、真っ黒な泥肉が。


「オまえタチモいちド――ノロわれてミるガイイッ!!!」




 叫びと共に、バチャンと弾けた。




「――チェリー!」

「――先輩っ……!」


 お互いに手を掴み合うのが精一杯だった。

 押し寄せた真っ黒な泥肉の波濤に、俺たちは為す術もなく飲み込まれた……。


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