第202話 VS.《呪王》 - Part7
セツナの配信を引き継いだ俺、チェリー、そして巡空まいるは、ついに塔の屋上に辿り着いた。
冷たい風が、ひゅうひゅうと静かに吹き渡っている。
チェリーが桜色の髪を軽く抑えて、視線を頭上に向けた。
そこには、1体の堕天使がいた。
巨大な漆黒の翼を広げ、純白に輝くメタリックな装甲を持つ、巨大ロボットのような堕天使だ。
背中を丸め、胎児のような姿勢になっているからわかりづらいが、身長8メートルはあろうかという巨躯である。
今は何かを待つかのように、ただ空中に漂っている……。
「――あ! 皆さん!」
巡空まいるの声で屋上に目を戻すと、東西南北それぞれに開いた入口から、他のメンバーが上がってくるところだった。
人数は、……減っていた。
それぞれ4人パーティを組んで塔に入ったはずだった。しかし、屋上まで辿り着けたのは、いずれのパーティも3人以下……。
「もおーっ! なんでいきなりパターン変えてきちゃうかなあーっ!」
憤懣やるかたない様子のUO姫には、巨人騎士の火紹が付き従っているが、同じくついていったはずの残り二人の騎士の姿が見えない。
「くらげ……君はあたしたちの心の中で生きているよ……」
「いや、リスポーンに戻されただけですから!」
「……だから前に出すぎだって言ったのに……」
ろねりあ率いるJK4人組の変化は一目瞭然だった。一番うるさくて目立っていたビキニアーマーのツインテ女・双剣くらげがいなくなっているのだ。
「皆さーんっ! 大丈夫――じゃ、なさそうですね……」
「不甲斐なくてすみません、巡空さん……」
「死亡だけは避けようと考えたのですが、逃げ遅れてしまいました……」
《赤光の夜明け》のパーティは半減。《聖ミミ騎士団》の生き残りと合わせて、主要攻略クランのメンバーはたった5人にまで減ってしまった。
計10人。
あまりに心許ない人数で空を見上げる。
メタリックな純白の装甲に包まれた堕天使が、丸めていた体躯をゆっくりと伸ばした。
そのお腹に抱えられるようにして隠れていた男が、俺たちを睥睨する。
《呪王》。
冷たい瞳の男は、白く輝くバリアに包まれていた。
俺たちは身構え、チェリーたちはスペルブックを開いた。
直後、メタリックな堕天使――ケセラシファーの胸部装甲が、パカリと外側に開いた。
内部に見えるのは一人分のシート。
まさか……コクピットか!?
《呪王》が中に乗り込むと、ハッチがすぐに閉じる。
そして。
ブウウン、という振動音と共に、ケセラシファーの頭上に黄金の輪が現れた。
「来ますよ……!」
ケセラシファーが動く。
ゴオ、と風を唸らせ、螺旋状に旋回しながら、俺たちのいる塔の屋上と同じ高さまで降りてくる。
屋上の縁の外側に静止した頃には、その周囲にいくつもの飛行砲台――《ケセラシファー・バッテリー》が侍っていた。
両手に1本ずつ、5メートルほどもあるビームソードが現れる。
一対の瞳が、敵意を示すように赤い輝きを放つ。
《堕天魔霊長ケセラシファー》。
霊長を名乗りながら機械仕掛けのそいつは、真なる世界の支配者は誰なのかを主張するように、2本のビームソードを交差するように振るった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「十字斬撃ですっ!!」
ビームソードの軌跡が空間に焼きついたかのように、×字にクロスした光の斬撃が俺たちに迫る。
大きく横に逃れ、あるいは股下を潜るようにして、俺たち10人は1人の例外もなくそれをやり過ごした。
「「「《オール・キャスト》!!」」」
支援魔法の輝きが全員を覆う。瞼の裏の簡易ステータス画面に幾つものバフアイコンが一気に点灯した。
俺は魔剣フレードリクを握り締め、向上した身体能力でもってケセラシファーへの間合いを詰める。
ケセラシファーの純白の装甲は、屋上の縁のさらに外側、すなわち空中にある。
だが、剣が届かない距離じゃない。
縁ギリギリまで踏み込み、リアルアクションでの通常攻撃を立て続けに二撃見舞った。
血飛沫めいたダメージエフェクトが散るが――手応えが硬い!
「《バッテリー》の動きに気をつけてください!」
チェリーの声が耳に届いた瞬間、俺は床を蹴った。
ヴィイイン!! と空間そのものが震動するような音が耳朶を叩く。
同時、目の前でいくつもの光条が交差した。
ケセラシファーの周囲に侍る天使の翼を有した飛行砲台――《ケセラシファー・バッテリー》が集中砲火を放ったのだ。
それらは空中で幾何学的な陣形を形作りながら、カッと銃口を輝かせる。
聞いた話によれば、バッテリーのビーム攻撃は描いた陣形によって性質を変化させる――なら、この陣形は!?
ビームが野放図に撒き散らされた。
さっきの集中砲火とは真逆。言うなれば拡散砲火だ。
眩い光条の弾幕が、俺を包み込むように広がる……!
「《マギシルド》!」
半透明のシールドが眼前に現れ、光条の弾幕を何発か受け止めた。
振り返るまでもなく、背中にチェリーの声が届く。
「拡散型のビームは威力が低いです! 《マギシルド》で充分に防げます!!」
オーケー。つまり、敵を殴るのに集中しろってことだな!
「オオォオオッ!!」
雄々しい咆哮が聞こえたかと思うと、赤い鎧を纏った巨人が猛然とケセラシファーに突っ込んだ。
2メートル半もある火紹と比べても巨大なメイスが、激烈に純白の装甲を打ちつける。
真っ赤な光芒が激しく散った。
効いている。効いているはずだが、火紹のメイスも大きく弾き返される……!
攻撃力が足りないのか? こんなにバフがかかってるのに!?
紛れもなくMAO最強のSTRを持つ火紹の一撃さえ跳ね返すなんて……!
「ちょやーっ!!」
毒気の抜かれる甘ったるい掛け声と共に、オモチャみたいな矢がケセラシファーの胸部に突き刺さる。
ぽうんっ、というファンシーな効果音とは裏腹に、溢れ出したのは闇色の煙だった。それは瞬く間にケセラシファーの全身を覆う。
「おやおや~? 闇属性が弱点かな、堕天使クン?」
UO姫が勝ち誇るように言うや、すぐさま動きを見せたウィザードがいた。
JK4人組(今は3人組)の魔法使い、ショーコだ。
魔法面のアタッカー役を担うことが多いウィザード職にあって、プリーストめいた搦め手が得意という変わったスタイルを持つ彼女は、杖を掲げながら高らかに詠唱する。
「《ダーストン》……!!」
杖の先から闇色の雷が迸り、ケセラシファーに命中した。
だが、ダメージエフェクトはほとんど出ない。代わりに現れたのは、ケセラシファーを淡く包む青の光――デバフエフェクト!
「ぼ、防御力を下げました……! す、すぐに解けちゃいますけど……」
「GぃッJぇええっ!!」
俺は力強くショーコを讃えながら、ケセラシファーに接近して魔剣を叩き込んだ。
通る。通る……! 食い込むようなこの手応え! さっきよりずっと強くダメージが通っている……!!
「ちょっと先輩! どうしてショーコさんはそんな簡単に褒めるんですか! 私のことは全然褒めないくせに!!」
「そうだそうだー!! 釣ったミミにエサを与えろーっ!!」
うるさいなお前ら! 魔法だの矢だのバンバン撃ち込みながら言うことか!!
デバフに付け込んでケセラシファーの装甲を叩きまくっていると、ヴン、と空気が震えた。
ケセラシファーが、目の前から消えた。
残像だけをその場に残し、まるでレールの上を走るかのように塔の縁に沿ってスライド――一気に反対側へ!
そっち側には、ショーコを含めた後衛がいる。
「ッ――退がって!!」
「えっ――」
ショーコや《赤光の夜明け》のウィザードたちが振り向いたときには、すでにケセラシファーは右手のビームソードを振り上げていた。
マズい、闇属性のデバフが使えるショーコを失うわけには……!!
ヴウン!! と容赦なくビームソードが振り下ろされる。
それは大きさに比べてあまりに素早く、見てからではとても避けられたものではなかった。
だから。
「――ぐ。ぐ、ぐ、ぐっ……!!」
一枚の盾が、光の剣を受け止める。
ポニーテールの女騎士だった。
JK4人組の中で最も背が高く、飄々として掴み所のない女騎士――ポニータが割って入り、ショーコを守ったのだった。
「くらげの分は働くよ……! 仇、討たせてもらおうじゃんか!」
「いくらでも受け止めてください、ポニータさん……! わたしがいくらでも回復します!」
ポニータのアバターからはひっきりなしに赤いダメージエフェクトが散っている。それでも膝が折れないのは、黒髪ロングのプリースト・ろねりあによるバフと回復があるからだ。
タンクが攻撃を受け止め、そのHPを回復役が管理する。
古より続く、MMORPGの基本戦術……!!
ケセラシファーは右手の剣を引くと、左手のビームソードを横ざまに構えた。
続けざまに振るわれた薙ぎ払いの一撃を、またしてもポニータが盾で受け止める。ショーコには掠りもさせていない!
「いつまでもボコらせてたまるものですかーっ!! 見せましょう皆さん! 《赤光の夜明け》の美しきDPSっ!!」
魔法の輝きが炸裂した。
そうとしか言いようがない。バチンッと花火のように炸裂した輝きが、次の瞬間ひとつに溶け合い、オーロラめいた幻想的なマーブル模様になって、ケセラシファーに殺到していく。
《赤光の夜明け》生き残り、MAO最上級のウィザード3人による、トリプル・ダンシング・マシンガンだった。
もはやマシンガンというより津波に近いような魔法の渦が、ケセラシファーの装甲を削りながらその動きを束縛する。
その隙に傷付いたポニータやショーコらが下がり、入れ替わりに上がるのが俺と火紹の前衛部隊だ。
「背中! 借りるぞ、火紹っ!!」
「…………!!」
一言で、火紹は意を汲んでくれた。ケセラシファーの目の前まで近付くと、2メートル半の巨体を少し屈ませる。
俺はその背中を足場にして跳んだ。
おそらくは膨大なステータス・ポイントをAGIに注ぎ込んだ俺にしかできない芸当だろう。8メートルもの身長を持つケセラシファーの胸部まで跳び上がり、
「引き籠もってんじゃねえぞ、《呪王》……!!」
かすかに見えるハッチの継ぎ目を狙って、魔剣フレードリクを突き入れた。
ショーコのデバフ、そして巡空たちの魔法によって傷付いた装甲は、切っ先を10センチほども食い込ませる。
「触れた……!!」
感触があった。コクピット内にいる《呪王》の、バリアに触れた感覚……!
バシュッ!! と圧縮された空気が解放されるような音がした。
ケセラシファーの背中側から、黒い影が勢い良く飛び出す。
空高く打ち上げられたのは、純白のバリアに守られた《呪王》だった。
緊急脱出機能か何かか!? 何でもいい。ヤツを外に引きずり出せたのなら――
《呪王》が落ちてくるのに備え、着地して剣を構えた、そのときだった。
操縦者を失ったはずのケセラシファー・バッテリーが独りでに動いた。
いくつもの飛行砲台が素早く集中砲火の陣形を描く。
その銃口が向くのは、俺たちの誰でもなく……!
「けっ……ケセラシファー卿……!!」
《呪王》が呻いた直後、その純白のバリアが無数のビームでハリネズミになった。
「な、なんだ……!?」
「仲間割れですか……!?」
いや、そもそも仲間なのか。《呪王》と他の十二剣将は。
レイドボスとして立ちはだかった十二剣将たちは、その全員が知性めいたものを見せなかった。例外はただひとつ、今際の際のイザカラのみ。
もし呪竜たちと同じように、十二剣将たちもまた《呪王》の呪いによって支配されているのだとしたら――逆襲なのか、これは。本物が倒されてなお、ケセラシファーの意思のようなものが《呪王》に反旗を翻しているのか。
集中砲火を受けた《呪王》は、純白のバリアをバキバキにして遥か地上へと落下していく。
この形態はこれで終わりか――?
一瞬過ぎった思考は、しかしすぐに打ち消された。
「我らが魔神は――貴殿の主は、夜空の中天に消えたのだ……!!」
ケセラシファーの肩に。
漆黒の輝きを放つ翅を持つ男が這い上ってくる。
「ならば! もはや呪う他にないであろう!! 仕えるべき主が、縋るべき神がいないのなら、もはや!!」
《呪王》が右手をケセラシファーの横っ面に叩きつける。
そこを中心に、メタリックな純白の装甲がどす黒く染まっていった。
――呪転だ。
呪転している!
「天に見放され、主さえ失った悲しき御遣いよ。ゆえに私が与えてやろう!! 貴殿が戦うべきものを!! 貴殿が振りまくべき呪いを!! ――さあ、目出度き終末は近付いているぞ!!」
黒く染まった胸部のハッチが開く。
その中に《呪王》が飛び込むと、ケセラシファーの姿に変化が生じた。
頭上にひとつきりだった黄金の輪が、増える。
背中に、まるで後光のように、巨大な光の輪がひとつ、ふたつ、二重円になって、さらには高速回転を始めた。
ケセラシファー・バッテリーが、ケセラシファー本体を囲うようにして陣形を取る。
そして銃口からビームを放ち、互いを星座のように光の線で繋いだ。
次いで、膜を張る。
ビームの網目を埋めるように――真っ白な膜を。
それはバリアだった。
《呪王》が纏っていたバリアを、黒く染まったケセラシファーが纏ったのだ。
純白のバリアに覆われた漆黒の機械天使は、両腕を十字架めいて左右へと広げて、ふわりと上空に浮き上がる。
塔の直上で静止すると、今度は俺たちの足元に変化が起こった。
複雑な紋様の光がドーナツ状に現れ、そして、俺たちを乗せて宙へとせり上がり始めたのだ。
光の床は、ケセラシファーと同じ高さで停止する。
それは、さっきとは真逆のポジショニングだった。
ケセラシファーを中心とした輪状の足場に、俺たちが立っている――
黒く呪転したケセラシファーが、右手のビームソードを高く頭上に掲げた。
その刀身を、幾重もの光のリングが取り巻く。
キィン、キィン、キィン―――!!
氷を弾くような高音がどこからともなく聞こえ、
「――いけませんっ! 防御――」
チェリーの指示は、降り注いだ闇の柱に飲まれて消えた。




