表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い
190/262

第189話 幸せが急に来たので


「ふふふー♪」


「……………………」


「えへへー♪」


「……………………」


「せーんぱい?」


「……なんだ?」


「呼んでみただけでーす♪」


「……………………」


 …………何こいつ!?

 第二次結界攻略戦を無事終えて、天空都市に帰ってきた後。

 なぜかチェリーは終始この調子だった。

 ニコニコというか、ニヤニヤというか、とにかく緩んだ顔で隣を歩き、たまにチラッと俺の顔を覗き見ては「……ふふっ」と嬉しそうに笑う。


 ……なんでだろう。

 背中と言わず頭と言わず、全身が痒くなってくる。

 いつもはそんなことないのに、チェリーの一挙手一投足が気になって気になって仕方がない。


 俺の脳裏にチラつくのは、さっきの戦闘中に聞いたチェリーの発言だった。


『護衛なんかに頼ってるようじゃ、先輩の隣には立てませんから!』


 俺の隣……って。

 結局あれはどういう意味だったのか、チェリーはさっぱり話す気がないようだった。

 ……まあ、今更っちゃ今更な話だけどさ。


「あ、先輩。ちょっと屈んでくれます?」


「ん?」


 ほぼ反射的に、言われた通り腰を低くした。

 次の瞬間。

 チェリーがじっと俺の目を見て、すっと背伸びをした。

 ほんの数センチ。

 だが、俺にとってはその何百倍にも感じられる距離が、一気に近付く。


「ちょっ……!」


 フィギュアのように整った顔が視界を埋め、花のような甘い香りがふわりと包んでくる。

 MAOのプログラムが再現した仮想感覚だとわかってはいても、俺は自動的に息を詰まらせた。

 つれて。

 近付くチェリーを受け入れるように瞼を閉じ――



「髪が乱れてますよ?」



 ――かけたそのとき、チェリーの指がちょいちょいと俺の前髪を整えた。


 …………髪、ですか。

 そうですか。

 ふうーん。

 知ってたけどね?


 未だ匂いや体温を感じるほどの距離にいるチェリーが、意地悪くにやりと笑う。


「もしかして、キスしてもらえると思いました?」


「……ぐっ」


「やれやれ。まったく先輩ったら……がっつきすぎですよ?」


「うぐぐぐぐぐぐ……!!」


 この女……! いつか泣かす!


 胸の中で強い決意を固めたそのとき。

 チェリーが、とんっとさらに一歩踏み込んできた。

 このくだりは終了だと油断していた俺は、まさかのさらなる接近に硬直する。

 チェリーの桜色の髪が首元をくすぐり……爽やかな甘さを帯びた声が、耳元で囁く。


「(そういうのは、リアルでがいいです)」


「……!?」


 俺が息を呑んだ瞬間、チェリーはすっと距離を離して、手を背中の後ろで組んだ。

 いつもよりほんのりと色づいたように見える顔を、俺をからかうときのそれにして、上目遣いに言う。


「さて、ここで問題です」


「……は?」


「このクエストが終わったら、次は何のイベントが始まるでしょう? ヒントは3月!」


 3月……そうか、まだ3月なんだよな。

 思えば、UO姫と派手にモメたバレンタインイベントからまだ1ヶ月しか―――あ。


「ホワイト―――」




「け・え・じ・くんっ♪」




 俺が口にしかけた答えを、あたかも遮るかのように。

 さっきのチェリーの声に、さらにシロップを1リットルくらいぶっかけたような甘い声が、俺のうなじを撫でた。

 なぜか、ぞくぞくという怖気が走る。

 俺とチェリーは刹那、凍ったように硬直し――

 恐る恐る、古いロボットのような挙動でそちらに振り向いた。


「こーんばーんわー♪ 不肖ながら、復活して参りましたー♥」


 蕩けるように可愛らしい笑顔を浮かべるそいつは、MAO最萌のアバターを持つと言われる女、UO姫だった。

 こいつは今回の戦いで、持ち場を放り出してまで攫われた俺を助け、その代償として死亡し、その上復活アイテムさえ使えない水底に沈んだ。

 デスペナルティを払って復活し、今ようやく、この天空都市まで戻ってきたというわけらしい。


 俺とチェリーに、だくだくと謎の汗が流れる。

 今の一幕……見られてたか?

 感動ものの献身で助けてくれた女のことを完全に忘却して、他の女とキスがどうとか喋っていたシーンを?


 き……気まずい!


 俺とチェリーの心境は、おそらく一致した。

 これまでにもUO姫に割を食わせる結果になったことは多々あったが、今回は最大級だった。


 いや、だって、これが漫画とかなら、ヒロインはUO姫じゃん。

 強敵を倒した後に感動の再会を果たして、涙混じりに抱き合うべきシーンじゃん。

 なのに俺、チェリーと軽くラブコメっちゃったんだけど。

 UO姫のこと、さっきは正直、完全に忘れてたんだけど!


 その上……これだ。


「へへへー♪(ニコニコ)」


 いつものパターンなら、嫉妬でどろどろに濁った目で睨めつけられているはずだ。

 ところがUO姫は、終始ニコニコとした笑顔のまま、俺たちを見つめていた。

 その様子が逆に恐怖感を抱かせ、俺たちはさっと目を逸らす。


「けっえーじくんっ♪ ……こっち見てくれるかな?」


「はいっ」


 俺史上トップクラスにはきはきと答えて、地獄のようなニコニコ笑顔のUO姫に向き直る。


「ミミ、今回、頑張ったよね?」


「……はい」


「ケージ君のために、何もかもほっぽり出したよね?」


「……はい……」


「今回は、ご褒美があっても、いいよねぇ?」


 そう言って、UO姫は笑顔を微動だにさせないまま、両腕を広げた。

 ……まるで俺に、抱擁をせがむように。


 俺は伺いを立てるように、ちらりと隣のチェリーを一瞥する。

 彼女はもにょもにょと複雑そうに唇を引き結びつつも、


「ま、まあ……確かに今回は、その女も根性見せましたし……いいんじゃ、ないですか?」


「なんでチェリーちゃんが許可出すの? 彼女面うっざ」


「はあ!?」


 UO姫はニコニコ笑顔のままだった。女子こっわ……。

 改めて両腕を広げるUO姫。


「とにかくケージ君、ぎゅぎゅーっとどうぞ♥」


「……俺からじゃないとダメ?」


「だーめ♥ どれだけ待っても、ミミは一歩も動かないからね? あ、でも、できたら早めにしてほしいなあ。結構疲れるから、この抱き枕カバーポーズ」


「抱き枕カバーポーズ!? ますます行きづらいんだが!?」


「あ、裏面のほうがよかった? しょうがないにゃあ……」


「よせやめろCEROに引っかかる! わかったから! やるから!」


「きゃーっ♥ ケージ君にやられちゃう♥」


「お前、そういうとこだぞ、そういうとこ!」


 真面目に取り合いづらいわ!

 俺は溜め息のフリをして呼吸を整える。

 くそ。自分から女子を抱き締めたことなんてほとんどないんだからな!


 俺はUO姫に近付いた。

 俺とこいつのアバターの身長差は、ざっと30センチはある。

 UO姫は顔を持ち上げて、正面に迫った俺の顔を見上げた。

 そして、


「んっ……」


「目を閉じるな」


「あいたっ」


 渾身のキス顔を軽いチョップで打ち消した。

 ……さっきの自分のことを思い出して余計いたたまれねえよ。


 あーもう、改まれば改まるほど損だ。

 さくっとハグしてさくっと終わらせよう。

 とはいえ、接触部位には気をつけないと……。


「あ、そうだ。ケージ君のことは普段からセクハラ例外設定に入れてるからだいじょーぶだよ?」


「……え」


「ケージ君は、ミミのカラダなら、どこを触ったって怒られないんだよ……?」


 小振りな唇を妖艶に吊り上げながら、自分の指先でつつーっと、首、鎖骨、そして胸と、曲線的な身体のラインをなぞっていくUO姫。

 自然とその軌跡を目で追っている自分に気付き、俺は慌てて視線を引き剥がす。


「ふふっ。設定するときね、すっごくドキドキしちゃった。『触られてもいいよ』ってシステムに宣言するのって、あんなに恥ずかしいんだね……?」


「あーあー聞こえなーい!」


 こいつの言動には催眠効果がある! 自分の声と耳栓でデバフを無効化だ!

 俺の完璧なデバフケアを見て、UO姫は少し不満そうに唇を尖らせた。


「ケージ君さぁ。ミミもこういうこと言うの、実は結構恥ずかしいんだから、どうせならちゃんと聞いてよ」


「恥ずかしいならやるんじゃねえよ!」


「最近、恥ずかしいのがちょっとクセになっちゃって……。えへへ♥」


「『えへへ♥』じゃねえんだよ! しれっと性癖を暴露すんな!!」


「こんなこと教えるの、ケージ君だけだよ?」


「だろうな! 誰彼構わず吹聴してたらお前はここにいられなかっただろうな!!」


 俺はいつまでこいつに振り回されればいいんだ……。

 UO姫にはなんだかんだで、いつも手のひらで踊らされてる感がある。

 俺の手でこいつの仮面を剥がせたことがないっていうか……。

 ……一度くらいは、マウントを取ってみたいもんだな。


「もぉー、ケージ君、焦らしすぎだよぉ。いつになったらぎゅーって―――」


「今だ」


 まさしく、今だ、と思った。

 UO姫の意識が、会話のほうに向いた一瞬。

 格ゲーでキャラのわずかな硬直を突くときのように、俺はその瞬間、素早くUO姫の手首を握って力任せに引き寄せた。


「ふぇっ……」


 抜けたような声を漏らし、UO姫はぽすりと俺の胸の中に収まる。

 そして。

 お望み通り、俺は全力でぎゅうううーっと、その小柄な身体を抱き締めた。


「!?!?!?――~~!?~~っ♥!♥!♥!♥!♥!♥!♥!♥!!♥♥♥っ♥♥♥!」


 びくんっとUO姫の身体が驚いたように跳ねるが、それすら押さえ込むように腕に力を込める。

 これだけ密着したんだ、何か囁き攻撃でもかましてくるかと思いきや、UO姫はぴくぴくと震えるばかりだった。これは効いてる!


 人形みたいな小さな、そしてふわふわと柔らかい身体を抱き締めながら、そういえばちゃんとお礼を言ってなかったな、と思いつく。

 実際、こいつは今回、かなり頑張ってくれた。

 結果的にはそのおかげで第二次結界攻略戦は成功に終わり――メイアの救出にも大きく近付いたのだ。

 言うべきことは、言えるときに言っておくべきだろう。


「(……ありがとな。お前のおかげだ)」


「ひあっ……♥♥~~~っ!!♥♥♥♥!!」


 囁いた瞬間、UO姫の身体がびくびくっと強く痙攣した後、くたっと力を失った。

 ……あれ?

 俺が怪訝に思って身を離すと――


「はへ……♥ はひ……♥ ふぁ、あ……♥♥ へぇあ……♥♥」


「お、おおいどうした!? なんだ、その緩みすぎた顔!」


 UO姫は酒でも飲んだように赤らんだ顔で、瞳をとろんと潤ませて、まるでフルマラソン走りきった後のように荒い息を繰り返していた。

 もしかして、強く抱き締めすぎた? いやアバターに呼吸困難とかないよな!?


 助けを求めて背後のチェリーを振り返ると、彼女も彼女で、耳まで真っ赤にした顔を両手で覆っていた。


「……せ、先輩……それ、どこで覚えたんですか……?」


「は? 覚えたって何が?」


「て、天性……。天性のテクであんな顔に……。う、うわぁあ……ぜ、絶対身が保たない……」


 自分の身体をかき抱き、何やらぷるぷると震え出すチェリー。

 いや、説明してくれる!? お前の位置からは何が見えてたわけ!?


「ふ、ふへへ……♥ ケージしゃまぁ……♥ わたしは、ケージしゃまの、めしゅいぬでしゅぅ……♥♥」


「なんかCEROが上がりそうなこと言い出した! 戻ってこい! おおーい!!」


 UO姫の肩を掴んでがくがく揺さぶる俺。

 腰砕けになったまま妙に艶めかしい声を漏らすUO姫。

「ひゃああーっ」と悲鳴のような歓声のような声をこぼして顔を覆うチェリー。


 そんな本日最大の難易度を誇る場面に、その二人は駆けつけてきた。


「ケージ君! よかった、帰って――」

「チェリーさん! ご無事で――」


 爽やかイケメンのセツナと黒髪ロング優等生のろねりあの実況者コンビである。

 二人は俺たちの惨状を見るや口と足を同時に止め――


「「――し、失礼しました」」


 気まずそうにきびすを返した。


「おいバカ! 俺を見捨てるなあああっ!!」




 俺の必死の懇願によって立ち去るのを思いとどまってくれたセツナとろねりあは、アホなやり取りに意識を奪われていた俺たちの目を一発で覚ます、ある情報を伝えてきた。


「ついさっき始まったんだ――メイアちゃんの配信が」


 呪転最終戦場ダ・アルマゲドンの攻略は、ついに3日日――最終目に入った。

 夜になるごとに繰り返されていたメイアの配信も、おそらくはこれで最後。

 明日、《呪王》を倒し、メイアを――MAOの世界を救うために。

 この機会を逃すことは――


「ぇへへ……♥ ケージしゃまぁ……もういっかい、ぎゅっとしてぇ……♥」


「「空気を読め」」


 ……とにかく、俺たちは配信が見られるという大広場に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ケージの魔剣の能力と比べても、エンマの能力がチート過ぎるのではないかと思った。 全部最強でもうなんか清々しいほどにチートで、バランスがとれていないと思う。弱体化希望
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ