第190話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:メイア配信【3】
理性を失ったUO姫をチェリーと二人で引きずりながら、天空都市中央にある大広場にやってくる。
天空都市は全体的に軍事基地化が進んでいるが、この中央広場だけは古式ゆかしい石畳の円形広場となっている。
元はボロボロの廃墟だったはずだが、どこにそんなリソースがあったのか、一部有志がそれらしく補修したのだ。
人類圏内の街の広場が大体そうであるように、この広場にもホログラム・モニターによるパブリック・ビューイング機能が与えられている。
広場の中心に展開された200インチほどもありそうな巨大な四面モニター。
それを取り囲むようにして、大勢のプレイヤーが集結していた。
「すみませーん! 通してください!」
セツナが言うと、人垣が道を開けてくれる。
それを抜けて最前まで出て、俺たちはモニターを見上げた。
『え? パパとママ来た?』
可愛らしい声がすると、暗い画面の中で影が動いた。
メイア……。
『いえーい。パパ、ママ、見てるー?』
画面にVサインの影がドアップになった。
緊張感ねえなオイ。
「これでも、画面の明度を目一杯上げてあるんだ」
セツナが言った。
「メイアちゃんの顔もかろうじて見えるよ。でも……」
「ええ……。やっぱり、違う顔ですね」
前回の配信で、俺たちはメイアの姿が本来のメイアのそれとはまったく違うことに気が付いた。
チェリーの推測によれば、違うキャラのアバターにメイアの意識が入ってしまったのではないか、という話だったが……。
『相変わらず真っ暗でよくわかんないよー。みんな、ここ、どこなの?』
メイアは暗闇の中を歩いていた。
どこかの建物の中のように見える。石材で組まれた壁や天井がかすかに見て取れた。
「メイアが出そうな場所――ダ・アルマゲドン各地の古塔に見張りを置いておくって話だったよな? あれ、どうなったんだ?」
「今ちょうど報告が集まっているところですね」
チェリーがチャットアプリのウインドウを開きながら言った。
「今のところ、メイアちゃん発見の報はありません。まあ誰かが見つけたなら、配信画面に映るはずですが……」
「あ。思いついたんだが、メイアのアバターが実は別人だったみたいにさ、また何か騙されてるんじゃねえの? 実は俺たちとメイアとで時間がズレてるとか」
「実はこの配信が録画だったってことですか? 私たちとリアルタイムでやり取りしてるじゃないですか。物理的に無理ですよ」
「うーん。それもそうか……」
《受け流し》の知覚加速や《緋剣》の時間停止みたいに、まるで時間を操るかのような技もMAOにはある。
あるが、あれはあくまでプレイヤーの時間感覚を一時的に速めているに過ぎない。
交通事故の瞬間はスローモーションに感じられるとよく言うが、あれを人為的に起こすものだと考えればいい。
決して本当に時間を操っているわけではないのだ。
「んじゃ、なんで見つからないんだ……? 例の古塔とは別の場所にいるってことか?」
「そう考えるしか……」
「――んんー?」
そのとき、怪訝そうな声を上げたのは、意外な奴だった。
UO姫だ。
ようやく理性を取り戻したのか、ロリータな顔つきを難しそうにして、モニターを見上げている。
「んー、どうだろ、よく見えないなあ……。ケージ君、抱っこして?」
「あなたね……! そういうことをしてる場合じゃないんですよ!」
「いや、これ真面目! 真面目な話だよ、ほんとに!」
ほんとかぁ……?
普段が普段だけに信用ゼロだったが、そこまで言うならと、俺はUO姫の背後からその細い腰に腕を回した。
「ひゃっ……❤」
瞬間、UO姫が色っぽい声をこぼしたので、俺は硬直する。
チェリーがじとーっとした視線を送った。
「……真面目なんですよね?」
「ま、まじめまじめ」
俺は気を取り直して、UO姫をぬいぐるみのようにひょいっと持ち上げた。
小柄で軽い上に、腰の上に引っかかるところがあるから、異様に持ち上げやすい。
……感触はないけど、お腹に回した前腕にのしかかるこの重みは……。
「け、ケージ君……あんまり、匂いとか嗅がないでね……? は、恥ずかしい……」
「真面目!」
「これも乙女的に真面目な話だよぉ! うわーん! 誰もミミを信じてくれない!」
日頃の行いを省みろバカ!!
せっかく気にしてなかったのに、言われたせいで余計に甘い匂いを意識してしまう。
声音と言動の割には清楚な――って、だからそういうことをやっている場合じゃない。
「ケージ君、もうちょっと上」
言われて、腕に力を込めてさらに高く持ち上げる。
「んにっ……❤ ……う、うん。おーけー。だいじょうぶ。まじめ」
もういいから早くしてください。
自分で持ち上げたUO姫の背中に顔を押しつける形になりながら、明鏡止水の心持ちで待つ。
「んー……あっ、あの柱……。よく見ると床の絨毯も……。やっぱりだ……」
「も……もういいか?」
「ひぁんっ! も、もぉ、ケージ君、喋らないでよぉ! 息がくすぐった――」
「いつまでイチャついとるかぁーっ!」
ついにチェリーが爆発し、聖杖エンマでUO姫の顔面をぶん殴った。
PK禁止エリアだからダメージはないが、衝撃で俺ごと地面にぶっ倒れた。
「びっ、びっくりしたぁ! 何するのチェリーちゃん! 危うく衆人環視の中でケージ君にラッキースケベされるところだったでしょ!」
「されるかぁ! もし倒れたどさくさに紛れて先輩がそのだらしない乳を揉んだりしようもんなら、二人とも生きて帰しませんよ!」
だからゲーム内で胸触っても感触ないって何度言ったらわかるの!?
チェリーに半ば脅されるような形で、俺たちは立ち上がる。
セツナやろねりあ含めた周りの人間が、触らぬチェリーに祟りなしとばかりに距離を取っていた。
「で? 何かわかったんですか?」
チェリーが目を据わらせて、聖杖エンマで自分の肩を叩く。
レア度10のユニークウエポンを金属バットみたいに扱うな。
「ぇあーっとねー……今、メイアちゃんがいる場所のことなんだけど、ミミ、心当たりがあって」
「え?」
「わかるのか? あそこがどこなのか」
「うん。っていうかケージ君も行ったことあるし。だからミミも行ったんだし」
俺も行ったことが……?
だからUO姫も行った?
「……あ、そうか。地下か!」
「そ。ケージ君が閉じ込められてた、ダ・アルマゲドンの地下空間」
俺は改めてモニターを見上げる。
かすかに見える柱の装飾や床に敷かれた絨毯には、確かに特徴がある。
俺は暗闇でじっとしてただけだからピンと来ないが……俺を探してあの地下空間を歩いたUO姫には、見覚えがあったんだろう。
「まあ、ミミたちが探索した地下空間は崩落しちゃったけどね。でも、各地の古塔から入れる場所のどこかだとは思うよ? 結構手間かけて地面を掘らないといけないけど……」
「すぐに探してもらいましょう! セツナさん! ろねりあさん!」
「もう連絡飛ばした!」
「こっちもです!」
辺りがにわかに慌ただしくなる。
モニターを見守っていたプレイヤーの中からも、「俺も探しに行く!」「俺も俺も!」と声が上がり、ダ・アルマゲドンに繋がるポータルのほうへ何人か走っていった。
間に合うか……? 配信が終わる前にメイアを見つけられればいいが……。
「……それにしても……」
モニターの中、メイアが歩く真っ暗な空間を見やり、俺は唸る。
「この地下空間はなんなんだ? なんでダ・アルマゲドンの地下にこんなもんが……」
「それは……」
チェリーが何か言いかけたときだった。
モニターの中のメイアが声を上げた。
『あれっ? 空気が変わったよ? ……広い場所に出たかも』
よく見れば、画面両脇に見えていた壁が途切れている。
広い空間だ……。
『……ちょっと気をつけて行くね』
一応、暗闇の中からは、モンスターなどの気配はしなかった。
しかし……。
「……ミミたちのときも罠やエンカウントはなかったから、大丈夫だと思う」
俺やチェリーの表情から心境を読み取ったのか、UO姫が勇気づけるように言った。
正直、居場所がわかった以上、メイアにはじっとしていてほしい。
だが、この広い部屋には、何か手掛かりの匂いがした。
メイアもそれを感じ取っているのだろう――充分に警戒した足取りで、闇の奥を目指す。
と。
広い空間に、10歩ほど踏み込んだときだ。
――ボッ、と。
前方に、青い光が灯った。
「「「――――っ!?」」」
俺たちが息を呑む中、青い光は二つ、三つ、四つ――と数を増やしていく。
まるで導くように空間の奥へと連なり、闇を払っていく。
四角い、黒い箱のようなものが、奥のほうに見えた。
と、思った瞬間、青い光は今度、縦方向に連なり始める。
ドミノのように連鎖して点灯する青い光は、空間最奥の壁に四角形を描いた。
そうして、再び床まで戻ると、今度は手前側に帰ってくる――
すべての光が灯り終えたとき、メイアの前には、まるでヴァージンロードのような長い道が現れていた。
その辿り着く先には、数段高くなった祭壇が――その上に乗せられた長方形の箱は、棺、だろうか?
そして、その奥。
青い光に縁取られ、安置された棺を見守るように据えつけられた、大きなそれ。
肖像画だった。
柔らかに微笑む女性の肖像画が、空間最奥の壁にでかでかと飾られていたのだった。
「あの……絵って……」
俺は唾を飲み込んだ。
その肖像画に描かれている女性に、見覚えがあったからだ。
俺はチェリーを見る。
彼女はうなずいた。
UO姫を見る。
彼女もうなずいた。
セツナを見て、ろねりあを見て、他の連中を見て。
誰もが、うなずきをもって同意を示した。
肖像画の女性は、緑がかった金髪に、赤みがかった瞳を持っていた。
それは、今のメイアの姿と、瓜二つだった。
「……やっぱり……」
隣でチェリーが、得心したように呟く。
「ダ・アルマゲドンは……タージ・マハルみたいなものだったんですね……」
タージ・マハル。
そういえば、昨日もチェリーはそう言った。
「タージ・マハルって……インドのお城だっけ? タマネギみたいな屋根の……あれだ、アラジンに出てくるやつ」
「合ってますけど、間違ってます。……タージ・マハルはですね、お城じゃないんです」
「えっ、そうなの? ミミ、お城だと思ってたけど」
「お墓なんですよ」
チェリーの目は、肖像画の前に安置された棺に向けられていた。
「タージ・マハルは、インドの皇帝が奥さんのために作ったお墓なんです」
……墓。
古墳やピラミッドみたいなものか。
昔の王様は権威を示すためにやたらデカい墓を作ったと聞く――
《呪王》も同じようにしたってことか?
ダ・アルマゲドン全体が墓だとしたなら、地下にこれほどの巨大な構造体が埋まっているのにもうなずける。
一種の、土葬ってわけだ……。
いや、待て。
チェリーは今、『インドの皇帝が奥さんのために作った墓』だって言ったか?
……だとしたら。
あの棺は。
そして、あの肖像画は――
「…………遺影…………」
誰ともなく呟いた。
あの肖像画に描かれた女性こそ、この巨大な墓の主。
そして。
それとそっくりな人間が、まさにその内部を彷徨っている。
これも昨日、チェリーが言った。
メイアが入っているアバターの正体、その一例として。
お化けのNPC。
『―――そっか……』
巨大な肖像画――いや、遺影を見上げていたメイアが、ぽつりと納得したように声をこぼした。
それから、くるりとカメラに振り返る。
緑がかった金髪が、青い光の中でしなやかに翻った。
ぼんやりと照らされた姿は、やはり、その背後に映る肖像画と瓜二つ。
『みんな……きっと、《呪王》を倒してあげてね』
しかし、優しさに満ちたその笑顔は、確かにメイアのものだった。
『わたしも、できる限りで、頑張るから』
一瞬、映像が乱れたのかと思った。
だが、すぐに違うと気付く。
メイアの姿、アバターそのものに、ノイズが走ったのだ。
メイアは明るい笑顔のまま。
まるで遊びの約束でもするかのように。
俺たちに――俺たち全員に告げる。
『じゃあ、明日ね――――待ってるよ』
ぷつりと、唐突に配信が終了した。
何も映らなくなったモニターを取り囲んだまま、俺たちの間に沈黙が漂った。
「……あんなにも大きく、立派な霊廟を作って」
チェリーが誰かに問いかけるように呟く。
「その上に、自分の宮殿を建てて。……そして……」
「……《神子》との決戦の地にした」
ダ・アルマゲドンは元々、《神子》に与した精霊やエルフ族の連合軍と、《魔神》を筆頭とする魔族軍との最終決戦の地。
もし、《呪王》を名乗るあの男が、あえてこの場所を決戦の地に選んだのだとしたら。
……それは。
その真意は――
「……すぐに、わかるだろ」
俺が呟くと、チェリーもうなずいた。
「ええ、そうですね――明日、あの宮殿に行けば」
カース・パレス。
何ヶ月もかかったナイン山脈エリア――そのラスト・ダンジョン。
その攻略が、ついに始まった。




