第160話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:人類軍公開ブリーフィング
【MAO大規模クエスト 0時より人類軍公開ブリーフィング】
【MAOクロニクル:人類軍総司令官チェリー氏、0時より生配信】
【世界滅亡まで72時間! MAO情報随時更新中】
ブラウザでいくつかのゲームニュースサイトを流し見て俺は笑う。
別に俺たちのほうからプレスリリースを出してるわけじゃあないが、MAOで大きな動きがあると、いつも自然と周りが盛り上がってくれるのだ。
「またフォロワー増えるな、セツナの奴」
人類軍による初めての公開ブリーフィングは、セツナのチャンネルを使って行うことになっている。
もちろん、ニュースサイトの告知記事にもそのURLが載っているわけで、あいつのチャンネルは半分くらい、こういう経緯で成長してきた面があるのだ。
「……余裕ですね、先輩」
と、隣のチェリーが恨めしげな目を向けて言った。
「これから人前に出るっていうのに……先輩にも出番あるんですよ? わかってますよね?」
「ぬかせ。緊張しまくってるに決まってるだろ。これは現実逃避だ!」
俺たちが待機する家屋の中からも、外にひしめく大勢の人間の気配は察せられた。
告知通りの深夜0時。
人類軍公開ブリーフィングの会場となった空中都市中央広場には、MAO中から腕に覚えのあるプレイヤーが集結していた。
それを思い出すと、また呼吸が乱れてくる。
「もういやだ……かえりたい……」
「だっ、ダメですよ! 先輩だけ! 先輩が帰るんだったら私も帰りますからっ!」
「頑張れ総司令官。ここはしがない一兵卒の出番ではない」
「ダメですっ!」
チェリーが俺の右手をがしっと掴んだ。
「……ダメです。ダメですから……」
チェリーの手は冷たくて、かすかだが震えている。
「先輩が……先輩がいないと、私は……」
チェリーは俺の手を額まで持ち上げて、祈るようにぎゅっと力を込める。
……ったく、案外打たれ弱いんだよな、こいつは。
俺はもう片方の手でチェリーの冷たい手を覆うと、倣ったようにそれに額を当てた。
「……こんなの、俺たちのガラじゃないよな」
「……はい」
「人前に立って、大勢に頼られて……そんなのはさ、セツナみたいな奴のやることだ」
「はい」
俺たちはただ、自分たちが楽しければいい人間だ。
だからクランには入らない。作ることもない。どれだけ誘われても、俺たちは俺たちだけで勝手に遊ぶ。
本質的に、他人と足並みを合わせるということに向いていない。
だから、勝手に足並みを合わせてくれる誰かが必要だった。
「それでもさ」
「はい。それでも――」
続く言葉は、俺たちの心のうちでだけ紡がれた。
たとえガラじゃなくても、キャラじゃなくても、向いてなくても――
――それがゲームであるのなら、そのすべてが得意分野だ。
俺たちはしばらく、無言のまま瞼を閉じた。
危地に立たされたときのお決まりの呪文を、心だけで交換した。
そんな俺たちの儀式を、
「……あの~」
と、遠慮がちな声が強制終了させる。
「まいるたちもいるってこと、忘れてませんか~?」
ハッと振り返ると、同じ部屋に待機していた人類軍の将たちが、困ったように苦笑していた。
うげあっ……!?
俺とチェリーはパッと手を離して距離を取り、生暖かい視線から逃げるように目を泳がせる。
「……あ、あ~。そ、そろそろ時間ですね!」
「お、おう。準備しよう、準備!」
「今さら何を誤魔化そうとしてるんですかね~、この人たち……」
緊張は、いつの間にかどこかに吹っ飛んでいた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
チェリーを先頭にした人類軍の幹部たちが、観衆の真ん中を歩いていく。
その一番後ろについていきながら、俺は観衆の様子に目を配る。
半分くらいは野次馬に見えた。
しかし、さすがは人類圏外最前線に来られることはあり、誰もが上等な装備を着込んでいる。
彼ら無所属のハイレベルプレイヤーを戦力に引き込むこと。それがこの公開ブリーフィングの目的のひとつだ。
観衆の頭上には、いくつもの妖精型VRカメラが飛んでいる。
今頃、あれが撮った映像や画像がSNS上を飛び交っていることだろう。
できる限り情報を拡散し、ダ・アルマゲドンの攻略を祭り化することが、より確実にメイアを助けるための鍵だとチェリーは考えているようだった。
広場の中心にあるステージに、チェリーを始めとした人類軍が上がる。
俺やUO姫、巡空まいる、D・クメガワといった幹部たちがステージ奥に整列した。
それから、総司令官であるチェリーが中心に進み出て、観衆に向かって頭を下げた。
「夜更けにも拘わらずお集まりいただき、誠にありがとうございます――このたび人類軍総司令官を仰せつかりましたチェリーと申します」
観衆から溜め息が漏れる。
たおやかな挙措。淀みのない声。チェリーの日本舞踊にも似た優雅な立ち振る舞いに、観衆の目が釘付けになっていた。
元から天然でああいう振る舞いができる奴ではあるが、今回は俺たちを相手に少し練習したのだ。すべては万全たる攻略のために。
「……それでは、これより公開ブリーフィングを開始します。本ブリーフィングは三部構成にて進行します。第一部、呪転最終戦場ダ・アルマゲドンの状況と攻略方法について。第二部、攻略における大まかなスケジュールについて。第三部は、攻略を担うクランとプレイヤーの紹介です。……では、上をご覧ください」
チェリーの頭上にスライドのホログラムが現れた。
観衆の視線が上に向く。
「呪転最終戦場ダ・アルマゲドンは、草原、森、荒野、穏やかな丘陵地帯で構成された平野状のマップです。雑魚モンスターの平均レベルは約123。しかし、マップの広さに比して数は多くなく、無視して移動することもできなくはありません。現状、確認されているモンスターはこちらです」
様々なモンスターがリストアップされたスライドが表示され、観衆がざわざわと話し合ったり、スクショに撮影したりした。
「地形的には決して難易度の高いエリアではなく、ほぼ全域を馬で移動できることをすでに確認しております。ただし、城壁やトロッコの線路など、人工物を設置することはできません。正確には、置くことはできますが、近くのモンスターに即座に破壊されてしまいます」
観衆の幾許かが難しげな顔をする。
人工物を設置できない、ということは、トロッコで移動時間を短縮することも、簡易な砦を作って前線基地にすることも、前線キャンプを築くこともできないということだ。
「そして、具体的な攻略手段ですが――」
スライドが、ダ・アルマゲドンの地図に7つのボスマークと宮殿を加えたものに変わる。
「――まず、各地に計7体存在するレイドボスをすべて打倒し、エリア中央のカース・パレスの結界を解除する必要があります。それから、ラスト・ボスである《呪王》に攻め寄せ、これを撃破します」
観衆が少しざわついた。
7体のレイドボスの存在を知らない奴もいたのだろう。
「数多くの強敵に対して、私たちに許された時間はたったの72時間です。より効率的に攻略を進めるため、私たちはこの72時間を24時間ずつの三単位に分けて、このようなスケジュールで攻略を進行する予定です」
スライドが変わる。
「まず一日目。つまり現在ですが、情報収集と戦力の指揮系統への組み込み、そして戦闘システムの構築を最優先とします。戦闘システムにはNY式C4Iシステムを採用し、戦況観測AIツールを用いて単純化したデータを全プレイヤーで共有します。――然る後、明日、二〇〇〇時に本格的な攻略を開始します」
今までで一番観衆がざわついた。
たぶん自分の予定を思い出しているんだ。
明日の二十時、MAOにログインできるかどうか?
本当の戦争とは違うんだ。他に予定があればそっちを優先することになる。
リアルへの負担を強いないスケジュールの構築もチェリーの役目だった。
「攻略は3時間から4時間を予定しており、この間に7体のうち4体のレイドボスを打倒することが目標です。そして2日目、明後日の二〇〇〇時に残りの3体を打倒。ほぼ24時間を残した状態でカース・パレスを解放します」
《呪王》の攻略は最も苦戦が予想される。
だから最も時間を割かなければならない。当たり前の話だ。
しかし、そのためのしわ寄せは確実に存在する。
「ご覧の通り、かなりの強行軍となります。本来、レイドボスの攻略は、たった1体ですら1日がかりです。それを3体や4体、一気にこなさなければなりません――」
普通の攻略では、こんな無茶なスケジュールはありえない。
だが、今回に限っては、それも可能なのだ。
「しかし、この強行軍を可能とするため、実力の確かな攻略クランの皆さんが力を貸してくれることとなりました。彼らは人類軍の将となり、それぞれ1体ずつレイドボスを担当します。ご紹介しましょう――」
チェリーが横に移動し、壇上に並んだ俺たちを腕で示した。
「――《天魔大将軍イザカラ》担当、《聖ミミ騎士団》」
UO姫がアイドルみたいに手を振った。
「――《炎熱海皇帝ヴォルール》担当、《赤光の夜明け》」
巡空まいるが手品みたいに光球を弾けさせた。
「――《幻影天統領ガルファント》担当、《ウィキ・エディターズ》」
D・クメガワが帽子を脱いで一礼した。
「続いて、《冥界葬列公デス・ルシリス》担当、《ムラームデウス傭兵団》。《堕天魔霊長ケセラシファー》担当――」
クランが紹介されるたびに観衆が大きくどよめく。
壇上に居並んだのは、それほどのドリームチームなのだ。
UO姫やD・クメガワら、人脈の広い奴らが手を尽くした結果だった。たった5時間やそこらで、人類軍は真実、MAO最強の軍隊になったのだ。
観衆は実感しただろう。
これは、まさに総力戦。
MAOというゲーム。そのプレイヤー。何もかもを賭けた決戦なのだと。
「――さらに、遊撃隊を《メイラ王国平和派遣軍》が務め、後方指揮を《聖ミミ騎士団》、《ネオ・ランド・クラフターズ》の2クランが共同で務めます。
参戦希望の方は、基本的にこの方々の指揮下に入っていただきます。各クランの皆さんには任務内容に応じた傭兵募集を出してもらっていますので、それをお読みの上、担当窓口に参戦表明を出していただければ幸いです」
――さて、そろそろか。
俺に少しばかりの視線が注がれている感覚があった。
壇上に上がっているプレイヤーで紹介を受けていないのは、もう俺だけなのだ。
「そして――」
チェリーがちらりとアイコンタクトを送ってくる。
俺はすぐにうなずいた。
「――彼、ケージは、総司令部直属の遊撃兵として、すべてのボスを担当します。もし苦戦したとしても、彼が到着するまで持ちこたえてください」
観衆に怪訝そうな空気が漂った、そのときだった。
ステージを影が覆う。
観衆が頭上を見上げ、悲鳴を上げた。
月明かりを遮るように、1匹のワイバーンが飛んでいたのだ。
そいつは一直線に、ステージ上のチェリーに向かって滑空してくる。
観衆が泡を食って逃げようとした。
人混みがぐちゃぐちゃになる一方、チェリーは一歩たりとも逃げようとはしない。
だから、その代わりに。
俺が床を蹴って、背中から魔剣を鞘走らせる。
落ちてくるワイバーンに向かって、銀色の刃を斬り上げる。
ワイバーンの顎の辺りに刃が食い込み、続いてその軌跡を紅蓮の炎が追いかけた。
体技魔法《焔昇斬》――
――だけじゃ終わらない。
硬直をキャンセルして《電装剣》。
硬直をキャンセルして《水刃波》。
硬直をキャンセルして《風鳴撃》。
空中で四属性の体技魔法を連鎖させたあと、トドメの《龍焔業破》を放って、ダメージエフェクトまみれのワイバーンを爆破した。
俺は無事に着地すると、これ見よがしに血振りをしてから、背中の鞘に剣を戻す。
もちろん、チェリーには傷一つついていない。
ワイバーンは、一片たりとも残ってはいなかった。
沈黙が漂った。
唖然としたような沈黙だった。
「――彼、私、そして皆さんがいる限り、人類軍に敗北はありません」
その沈黙に差し込むように、チェリーが言う。
「皆さん、どうかこの世界を――このゲームを守るため、その力を貸してください!!」
叫ぶようなチェリーの声が呼び水となったように、割れんばかりの歓声が湧き起こった。
俺は剣を鞘に戻した姿勢で格好つけながら、歓声に紛れるようなひそひそ声を聞く。
「……彼氏自慢だぁ……」
「……彼氏自慢ですよね~……」
観衆に笑顔で手を振りながら、チェリーはぴくぴくと眉を動かしていた。
次回12月31日はFGO第二部で更新どころではないかもしれません。




