第161話 ケージとチェリーとミミが通話して駄弁るだけ
『……んっ……はっ……ケージ君……♥』
「……………………」
俺は現実世界の自分の部屋で、通話越しにUO姫の艶めかしい声を聞いていた。
『そっ……♥ そこ……♥ ケージ君のぉ、ちょっとごつっとした指が……♥ ミミの……ミミのっ……♥』
『――――やっっっっっっっっかましいっ!!!』
バリバリバリッ!! とトランセルの鳴き声みたいに割れた声が弾けて、俺はビックリしてヘッドセットを耳から離した。
『……あ~ん、もぉ。いいとこだったのにぃ……』
『だ、黙って聞いてれば何を垂れ流してるんですか、あなたはっ!』
『え~? チェリーちゃんには関係ないしぃ。ねー? ケージくん?』
「……知りません。複数人の通話だと喋れないタイプなので何も喋りません」
『せ・ん・ぱ・い? もしかして、今までもこの女とこんな通話してたんですか?』
「し、してないし……さっきID知ったくらいだし……」
あくまで通話はしていないのだ。通話は。
『はいは~い。チェリーちゃんはもう黙っててね? まだまだ序盤なんだから。これからVR寝取られを味わわせてあげる!』
『もし本当にそうなりそうだったらリア凸も辞しませんからね……!』
『つまんないなぁ。チェリーちゃんも混ざればいいのに』
『混ざっ……!?』
『ねー? ケージくん的にはそれが一番いいよね~? ミミとチェリーちゃん、まとめて食べちゃいたいよね~?』
「コメントに困ること言うんじゃねえよ!!」
はあ~、と深く溜め息をつく。
昼間、話の流れとはいえUO姫と通話の約束をしてしまったので、攻略の準備がもろもろ終わったタイミングで履行の運びとなったのだ。
のだが、どこからか話を聞きつけたチェリーまで混ざってご覧の有様である。
『んっ……しょ』
ごそごそとUO姫のほうから衣擦れの音が聞こえる。
「……何やってんの?」
『え~? 裸になっただけだよ?』
「何やってんの!?」
『ちょっと暖房効き過ぎちゃって~』
「下げろや! 温度を!」
『ぐでーん。仰向け~』
「うぐっ……!」
何度か見たUO姫のリアルが裸で仰向けになっているのを反射的に想像してしまう。
ものすごいメリハリのある肢体が誘うように輝き、あの凄まじい巨乳が重力に従って――
『にゅふふ♥ 撮って送ってあげよっか?』
「んぐぐ……!」
『ね、どこが見たい……? ケージくんはぁ、ミミのどの部分が見たいのかな~……?』
『だまらっしゃいこの痴女が!』
チェリーが叫んだかと思うと、今度はそっちからごそごそと衣擦れの音がした。
「うおい!? チェリー!?」
『べ……別に、私は普通の格好ですし。先輩がどういう想像をしようが自由ですけど! ……くしゅっ!』
可愛らしいくしゃみが聞こえ、思い出したのは恋狐亭で混浴したときのことだった。
アバターでしかない上、肝心なところは規制で隠れていたものの、小柄で華奢な裸体は人形めいた芸術的――いやいや落ち着け落ち着け!
『ううぅ……! 負けるかあーっ! ウェブカメラ準備完了! 生配信スタート!』
『あっ! ちょっ!』
UO姫がビデオ通話に切り替わった。
まず大写しになったのは、地味めな眼鏡をかけたリアルUO姫だ。
ちょっと照れた表情の下に、白い肩と鎖骨が見えている。
こっ……こいつ……マジで着てない!?
UO姫は赤い唇を艶めかしく微笑ませると、ゆっ――――くりと、カメラのアングルを下のほうへ……。
『みっ、見ちゃダメです! ダメですからね、先輩!!』
わかっている。
わかっているのだが目が離せない。
ウォークライだ! ウォークライでヘイトを稼がれているのだ!
二つの曲線が形作る深い谷間が、まず見えた。
カメラはその奥を覗き込むようにぐぐっと迫る。
高画質なビデオ通話は、青い血管が乳房に薄く浮いているのさえ精細に映した。
そして、満を持して、カメラはさらに下へ。
深い谷間のさらに先……今度はその頂上へ――
「……………………」
『……………………』
俺とチェリーは沈黙した。
カメラが写したのは、白いニットのセーターだった。
『なーんちゃって♥ ホントに裸になってるわけないじゃ~ん♪』
カメラを顔に戻し、けらけらと笑うUO姫feat.オフショルダー。
……や、やられたああ……!!
『……そ、そうですよね。わかってましたよ? そんな初歩的な釣りに引っかかるわけないじゃないですか』
チェリーが誤魔化すように言いながら何か物音を発する。ごそごそ。
『へえ~? じゃ、チェリーちゃんも裸じゃないんだ~?』
UO姫がなぜか嬉しそうだった。
『とっ、当然ですよ! 男の人と通話しながら裸になるなんて変態じゃないですか!』
『それじゃ、チェリーちゃんもカメラつけて♥』
『……………………』
ごそごそ。
『……ちょ、ちょっと待ってください。いまカメラが……』
『だ~め♥ 今すぐ♪』
『うう~……!』
『カーメーラ! カーメーラ!』
「……そのくらいにしとけって」
チェリーがちょっと泣きそうになっているのを察して、俺はやんわりと釘を刺した。
『そんなこと言って~。ケージくんもズボン脱いでるでしょ?』
「脱ぐか!」
『チラリ』
「ぶッ!」
カメラの中のUO姫がニットセーターの胸元を指で少し下げた。
『ふふふ♥ どお?』
「ど、どおって、何が……」
『お風呂上がりだからノーブラだよ?』
「んぐっ……!?」
言われてみると、大胆に露わになった胸元には、ブラジャーの気配がない!
それに、セーターに少しだけ何か浮いているような……。
『ふふ、ふふふふふ……♥ ケージ君の視線感じちゃう……♥ エロ配信する子の気持ち、ちょっとわかっちゃったかも。もうちょっとサービスしちゃおっかな~?』
『――ちょっと……! 席外してる間に何してるんですか!』
ごそごそし終わったチェリーが咎めたそのときだった!
『ぽよ~ん♥』
「…………!?」
『…………っ!?』
UO姫の画面の中で起こった衝撃的な現象を一言で表すのならば、そう、そこはゲーマーらしくこう語る他にない。
ばよえ~ん!
『おやおや~? Hカップがそんなに珍しいのかにゃ~? リアルガチ美少女のチェリーちゃんともあろうものが!』
勝ち誇った声で言いながら、ファイヤー! アイスストーム! ダイアキュート! と次々に連鎖を重ねるUO姫。
もう俺は大量のお邪魔ぷよで身動きが取れない。
『そ~れ! もう一声っ――あっ!』
お前はデッドオアアライブのキャラかと言いたくなるような大揺れを見せたそのとき、当のお胸がカメラにぶち当たり、ガタガタッと床に落ちた。
レンズが上を向いたのか、白い天井と椅子に座ったUO姫が見える。
『わっちゃー。やっちゃった~……』
UO姫がこちらを見下ろし、椅子から立って、
「ばッ……!」
『ちょっ、ちょちょちょストップストップストップ! 見えてます! 見えちゃってますよ!』
『へ? 何が……?』
『パンツです! っていうかなんてもの履いてるんですかあなた!』
『えっ? ……ひゃっ!?』
屈もうとしていたUO姫が、セーターの裾を押さえながらぺたんと床に座り込んだ。
『あ……あうっ……うう~……っ!?』
言葉にならない悲鳴が通話越しに聞こえてくる。
画面には入っていないが、どんな顔をしているか目に浮かぶようだ。
チェリーが呆れたように言う。
『……調子に乗るからそういうことになるんですよ』
『だ……だってぇ……』
『っていうかなんですかそのパンツ』
『掘り下げないでよそれっ! いいでしょ!? たまにはわたしだってエロい気分になるもん!』
『年中そういう気分でしょう、あなたは……』
平気で胸をゆさゆさ揺らして見せていた奴が羞恥心に悶絶するほどのパンツだったのだ。
あんなの初めて見た……。
『け、ケージ君っ! これだけは信じて! 本当に見せるつもりはなかったの! ケージ君と通話しながらこんな下着履いてる自分に興奮したかっただけなの!』
「なお悪いだろそれ……」
『う、うああっ……!? ど、ドン引きされてる……っ!』
「いや、ドン引きはいつもしてるから大丈夫だ」
むしろ引かないときがない。
『よくもまあ、こんな大変なときにそこまで色ボケられるものですね。尊敬しちゃいますよ』
『「お前が言うな」感がカンストなんだけど!? チェリーちゃんにだけは色ボケって言われたくない!』
『なんですかそれ! それじゃあ私がTPOをわきまえずにイチャついてるみたいじゃないですか!』
『一言一句その通り! 一応気を遣うミミたちの身にもなってほしいよ! あ、これケージ君にも言ってるからね!』
「えっ!?」
身に覚えがない……。
『最近はメイアちゃんがいたから鳴りを潜めてたけど、いなくなった途端に爆発し始めたよね。ミミがどれだけ爆弾を投げ込みたくなったか』
「え……えー?」
『そ、そんなにですか……?』
『言っとくけど、これ、まいるちゃんとかも結構言ってるからね! 喜んでるのレナちゃんだけだから! ミミの前でアレかますのは結構な勢いでデリカシーないからね!! 自覚ないんだろうけど!!』
パンツを見られた勢いなのか、UO姫はいつになくヒートアップする。
『何かにつけ二人の世界に入りすぎなの! そんなんじゃ人心が離れていくんだから! 普段はそれでもよかっただろうけど、今のチェリーちゃんは総司令官なんだから気をつけてっ!!』
『は……はい……すみません……』
『ケージ君も! あんまりチェリーちゃんとイチャイチャしてたら、公開ブリーフィングのデモンストレーションがただの彼氏自慢だったのがバレちゃうからね!』
『いやいやいや、彼氏自慢じゃありませんからっ!』
「そ、そもそも別にイチャついてねえし……」
『それ! それです! 私たちは普通に喋ってるだけで……』
『普通に喋ってるのがイチャついてるように見えるんじゃあーっ!! いてこますぞこらぁーっ!!』
床に落ちたままのカメラを覗き込んで大爆発するUO姫。
そのままはあはあと息をついて、
『……あのねえ……ミミたちみたいな人種の一般的価値観を言うとね……チェリーちゃん、たまにケージ君に、肩をこつんっと軽くぶつけるでしょ?』
『え? あー……やってる、かも?』
『あれ、完全に恋人ムーブだから。少なくともミミたちにはそう見えてるから』
『えっ!?』
『ケージ君、たまにチェリーちゃんに軽くチョップするでしょ』
「……まあ、突っ込み的な……」
『「こらっ」「いったーい。えへへ」って!? 付き合ってんじゃん完全に! ぶっ飛ばすよ!?』
「ヒエッ……」
カメラ越しに負のオーラを感じる。
『……まったく……メイアちゃんには、早く戻ってきてもらわないとね』
UO姫はふてくされたように言う。
『娘がいるときだけは、多少は体面を繕うみたいだし、このバカップルは』
「……そうだな。できれば俺も、一刻も早く連れ戻したいよ。だってさ――」
パソコンで開いている、また別のチャットを見やる。
そこにはダ・アルマゲドン攻略に関する報告がひっきりなしに流れていた。
「今、MAOが一番面白いときなんだぜ。あいつだけ仲間外れなんて寂しいだろ」
『まったくです。ぶーぶー言われちゃいます』
『……結局ゲーマーなんだからなぁ……』
UO姫はぽつりと言った。
『だからズルいの、あなたたちは』
『――それじゃ、VRエロチャット編に突入しちゃおーっ!!』
『し・ま・せ・んっ!』
『うるさーいっ!! ミミがパンツ見られたんだからチェリーちゃんはおっぱい見られろ!!』
そんな感じで、ゲーマーの夜は更ける。




