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2-11 過去の技術

 身体強化魔法、それがユリが成長するために最も必要なものである。

 

「それじゃあ、さっそく身体強化魔法を使用してくれ」

「はい」


 ユリは俺から少し離れて魔法の詠唱を唱える。


「フィジカルブースト」


 ユリは身体強化魔法を発動させた。


 ごく普通に、当たり前に魔法を発動させた。

 そう、当たり前に。


 違和感。

 いや、これは違和感ではない。

 この世界ではこれが普通なのだ。


「アルトさん?」


 ユリは俺の顔を覗き込むように声をかけてきた。

 少し沈黙の時間が長かったようだ。


「ユリ、不思議に思ったことは無いか?」

「えーと、何をですか?」

「身体強化魔法には詠唱がないことだ」

「あっ、」


 ユリは全く想定していないことを聞かれ驚きの声を上げた。


「身体強化魔法、おそらくこの世界で最も広まっている魔法の一つだろう」

「はい、身体強化魔法は多くの人が使用できる魔法です。魔法使いだけでなく、剣士も使う魔法ですから」

「そうだ、身体強化魔法は最も単純な魔法だからな」

「単純?」


 ユリは俺の言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。


「魔法にはそれぞれ習得の難易度がある。例えば『インフェルノ』は、非常に扱いが難しい魔法だ。詠唱ができても、発動できない者は多くいる。だが、身体強化魔法は『フィジカルブースト』と唱えればほとんどの人が発動できる魔法だ」

「確かに、そうですね」


 ユリは俺が言った内容をゆっくりと飲み込んでいる。


「先ほども言ったが、身体強化魔法には詠唱がない。詠唱とはそもそも、魔法の発動を円滑にするものだ。詠唱を行うことで魔法に必要な魔力の運用を自然に行うことができる」

「そうですね」

「だが、例外もある。それが身体強化魔法、そしてエンチャント魔法だ」


 正確にはエンチャント魔法には詠唱はあるが、俺は覚えておらずユリは詠唱無しで使用している。

 身体強化と同じくくりにしてもよいだろう。


「エンチャント魔法は置いておいて、身体強化魔法に詠唱が無いのには理由がある」

「理由ですか?」

「あぁ、身体強化魔法は元々は単なる魔力操作だ。それを俺が魔法として確立させた」


 そう、身体強化魔法は元々は魔法ではなかった。

 

「ユリ、氷をここに出せるか?」

「は、はい。どれくらいの大きさがいいですか?」

「適当でいいが、軽く壊れないようにしてくれ」

「わかりました」


 ユリは俺に言われた通り目の前に氷の塊を作り出した。

 指示通り簡単には壊れないような大きさである。


「この氷だが、もちろん俺の素の身体能力では壊すことはできない」


 俺は拳を目の前の氷に軽くあてる。

 もちろんひびの一つも入らない。

 これは俺の身体能力どうこうではなく、人間の限界である。

 たとえ全盛期の身体能力でも同じ結果が待っているだけである。


「だが、魔力を使うなら別だ」


 俺は体の全身に魔力を流す。

 これは身体強化魔法ではない。

 単に魔力を纏っているだけである。


 そして俺はこの状態を維持しながら、先ほどと同じ動きで氷に拳を当てた。


「ひびが……」


 氷には軽くひびが入ったが砕けるまでには至らない。


「今のは全身に魔力を纏った状態だ」

「なるほど、そんなことができるのですね」

「まぁ、正直役には立たないから身に着ける必要はないな」


 あくまでこの技術は過去の物。

 言い換えてしまえば劣った技術である。

 無意識で行っているものもいるだろうが、身体強化を上げるなら別の方法を使えばいい。


「フィジカルブースト」


 俺は身体強化魔法を発動し、氷に拳を当てる。


「「パン!!」


 とたんに氷は勢い良く弾けた。

 ひびが入っていたこともあり、想定より勢いよく氷が砕けた。


「身体強化魔法を使用すればこのように身体能力を引き上げることができる」

「た、確かにそうですが……これは、私が知る身体強化とは異なるように感じます」

「使用した魔法は同じだ。だが、魔法に対しての理解度が異なる。例えばユリが使う魔法も初めて使用した時と今では威力や精度が異なるはずだ」

「そうですね」


 魔法はイメージだ。

 使用することで魔法に対してのイメージも固まり、威力や精度が上昇するのだ。


「ユリには俺と同じくらいの精度で身体強化魔法が使用できるようになってもらう」

「私にできるのでしょうか」

「そこは俺に任せてくれ」


 俺は胸を張りながら堂々と答える。


「それじゃあ、さっそくとりかかるか」

「はい!!」


 俺はユリの元気の良い返事を聞き、訓練を開始した。



---



 身体強化魔法を鍛えるには様々な方法があるだろう。

 もしかしたら、この千年で画期的な方法が確立された可能性もある。

 いや、それはないか。


 俺はこれまで出会った冒険者などの実力者を頭に思い浮かべる。

 その誰もが、決して身体強化が優れているという印象は受けなかった。

 おそらく、あの時代から身体強化魔法自体はそこまで進歩しなかったのだろう。


「えっと、本当にこの方法を?」

「あぁ、これが最善の方法だ」

「わ、わかりました!!」


 俺は戸惑うユリを横目に彼女の肩に手を触れる。

 一瞬彼女の体が跳ねたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「それじゃあ全身に魔力を纏ってくれ」

「は、はい!!」


 ユリは俺の指示に従い、魔力で全身を包んで……


「ん、難しいですね」

「最初からうまくはいかないさ」


 彼女の魔力は全身を包む前に分散してしまった。


 俺が彼女に求めたのは、原始的な身体強化の方法だ。

 身体強化魔法が生まれる前に一般的だった方法、これは劣った技術だと言ったが意味のない技術ではない。


「もう一度だ」

「はい!!」


 ユリは再び魔力の流れに集中する。


「その調子だ」


 俺はユリの体を包んでいく魔力に集中する。


 俺が今ユリに行っている方法はかつて俺が身体強化魔法を多くの人に伝えた方法だ。

 今は身体強化魔法が普遍的なものになっている。

 だからこそ弊害も生まれている。

 身体強化魔法の精度を上げるには、魔法の本質を理解することが大切である。


「その調子、その調子」


 俺はユリの魔力を掴んで固定する。

 ユリだけなら分散してしまう魔力を固定し、彼女の体に間隔を覚えさせる。


「あっ、」


 再びユリの魔力が分散してしまった。


「さて、今日中に身に着けられるかな?」

「頑張ります!!」


 俺は再び彼女の魔力に集中する。

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