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懐かしのクラスメイトたち(2)「ラガーマン、達也」  作者: 石原裕


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第8話 南條麗子が焼香に訪れる

 一台のタクシーが近づいて来て、葬儀場の前で止り、中から一人の女性が降り立った。

こちらに顔を上げて、戸口に近づいて来た二十六、七歳の女性は眼を見張る美貌だった。

目鼻立ちのはっきりした、抜けるように色白の、凛とした容貌をしていた。

それは有名な文学賞を取って、今、人気急上昇中の小説家、南條麗子だった。

彼女は中に入って、受付で名刺と香典を差出した後、長い焼香者の列に加わった。終始俯き加減に目を伏せ、白いハンカチで何度も目頭を拭っていた。

斎場の誰もがその視線を彼女に貼り付けた。

「南條麗子が何故、達哉君の葬儀にやって来るの?」

大学の級友らしい若い女性が不審そうに呟いた。その思いは葬儀に参列した全ての人の共通の関心と疑問の対象だった。

 

 麗子は達哉の前から姿を消した後、暫くして「愛の果て」と言う小説を執筆し始めた。

それは大学生と歳上の女性を主人公にした愛の葛藤と苦悩を描いた斬新な小説で、新しいモラルの提起だとまで評された。

 麗子は若い頃から読書家だった。その書棚には、大江健三郎、高橋和巳、三島由紀夫、安部公房、丸谷才一、柴田翔、石原慎太郎、太宰治、等と言った凡そ今どきの若い女性が手に取ることの少ない作家たちの全集や単行本や評論集がずらりと並んでいた。

 嘗て達哉が、麗子の部屋で眼を丸くして驚きの表情で眺めたものだった。文学や小説には全く縁の無かったラグビー浸けの達哉でさえその名前を知っていた名立たる日本を代表する作家たちの書籍だった。

「自分を客観的に眺める、つまり、自分を相対化する視線を与えてくれるのが読書でしょう。こんなことを考えている人が居たのか、こんな愛があったのか、とか思う。或は、こんな辛い別れが有るのかと涙ぐんだりする。それは読む前には知らなかった世界を知るということでしょう、つまり、それを知らなかった自分を知るということよね。一冊の書物を読めば、その分、自分を見る新しい視線が自分の中に生まれる。自分の相対化とはそういうことだと思うの。あなたが勉強するのもその為よね」

「読書にしても勉強にしても、それは知識を広げるということが主な目的なんじゃないのか?」

「勿論、それもあるけれど、もっと大切なことは、自分を客観的に眺める為の新しい視線を獲得するという意味の方が大きいと思うの。人間は自分を色々な角度から見る為の複数の視線を得る為に勉強をし、読書をする訳でしょう。それを欠くと独り善がりの自分を抜け出すことが出来ないし、他者との関係性を上手く築くことも出来はしないわ」

「勉強や読書は、自分では持ちえない時間を持つということなのか?」

「そうね。読書や勉強は過去の多くの時間に出会うということなのね。過去の時間を所有する、それもまた自分だけでは持ち得なかった自分への視線を得ることになる訳だし、そんな風にして、それぞれの個人は世界と向き合う為の基盤を作って行くのだと思うの」

 

 順番が巡って来て焼香台の前に立った麗子は、眼に溢れるほどの涙を湛えて達哉の遺影にじい~っと見入った。左右の焼香者が何人か立ち代わっても彼女は動かなかった。

麗子の肩が小刻みに震え出した。必死に何かを堪えているようだった。

斎場の係員に促されて我に返ったように漸く焼香を終えた麗子は、遺族席に丁寧に一礼した後、表に待たせてあったタクシーに乗り込んで帰って行った。

 その姿を見送った高田謙一が後藤に訊ねた。

「あの人と達哉の関係をお前は知っているのか?」

「知らないよ。あいつがあんな人と繋がりが在ったなんて想像も出来ないよ」

ラグビー部員たちも友人たちも誰一人として二人の関係を知るものは居なかった。

沈痛な面持ちの焼香者の列が暫く続いた。


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