第32話 好きでしょ
7月21日。この日をもって、柚希は入院していた病院から退院し、自宅へ帰った。
俺は終業式の後、病院や彼女の自宅に押し掛けるなんていうぶしつけな真似はせずに、海辺まで写真を撮りに来ていた。
ここは夕日がきれいに撮れるスポットとして、地元民の間では少しだけ有名なのだが、時間帯としてはまだ少し早い。
夕日が見られる時間帯になるまでは、そこらへんに転がっている石や流木を撮っていることにした。
最近のスマホは、カメラ機能の進化が著しく、ポートレートモードを使って、光の当て方を工夫さえすれば、誰でもそれっぽい雰囲気の写真が撮れてしまうのだ。
太陽の位置や、撮る対象物との距離などを勘案しつつ、俺は無心で写真を撮る。
30分ほど、あれこれ試していると、さすがに飽きてきてしまった。
(来る時間ミスったな…もうちょい遅くても大丈夫だったか…)
人知れず内省しつつ、俺は何か時間をつぶせるものがないか探し始めた。
すると、砂の中に半分ほど埋まっている、丸っこい石を見つけた。
灰色一色のそれは、少しだけ光沢のあるその表面を、半分だけ空中に露出させていた。
俺はおもむろにそれを手に取り、自らの掌でそれを転がす。
水切りをするにはちょうどいいサイズと形だ。俺は足先を波打ち際へ向けて、歩き出した。
浜風が俺の頬を撫でる。
今日は結構気温が高いので、この風はありがたい。
適当に場所を決めて、俺は石を持った右腕を後ろに大きく振りかぶる。
そのまま流れるような動作でサイドハンド気味に海面へ向かって石を放った。
ピシャッ、ピシャッ、ピシャッ
3回ほど跳ねたのちにその石は沈んでしまったが、俺は気落ちすることもなく、むしろ少しだけ満足した心持ちだった。
石が飛んでいった方を眺めていると、なぜだか、波の音がより大きく感じられた。
ザバーン、ザバーンという規則的な音。
俺は海が好きだ。
明確な理由はないけれど、そこに海があるというだけで、落ち着くし、気持ちが楽になる。
海っていいなぁ、なんてことを思っていると、左の方から、サクサクと砂を踏みしめる音がした。
誰か来たのかなとそちらを見れば、見覚えのあるシルエットがあった。
「あれ、南條君?」
「えっともしかして、白本さん?」
「そうだよ~、奇遇だね、こんなとこで会うなんて」
「そうだね、びっくり。どうしたの?」
なんとそこにいたのは日菜だった。彼女はこの駅が最寄りではなかったと記憶しているし(おそらく一駅隣)、余計にこの場にいる理由がわからない。
「柚希の家、行ってきた」
「え…」
俺は彼女の口から放たれた言葉にあっけにとられてしまう。
「あれ、今日退院したんだよね、古賀さんって」
「うん、そうだよ」
「それで、白本さんは今日古賀さんの家を訪ねた、と」
「うん」
(いや、うんって…)
「ちょ、突然すぎませんかねぇ!?」
俺は我慢できずにツッコんでしまった。いくらなんでも退院当日に家に来られるとは、柚希自身も、古賀家としても予想外だろう。
「えーでも一応連絡はしてたし…」
「そうなんだ、まぁそれなら…」
「家の前いるから入れてーって」
「いやいやいやいやいやストーカーですかあなた!?」
(何だこの人、今までまともだと思ってたのに結構ぶっ飛んでる人だな!?)
どうも彼女は、柚希のこととなると夢中になってしまうところがあるようだ。
「幼馴染の特権ってやつか…」
「別に私と柚希って幼馴染って訳じゃないんだよ?」
「え、そうなの?」
「うん、中2の時クラスが一緒だったっていうだけ。小学校も違うしね」
「そうだったんだね、でもなんか俺には、二人がすごい仲良くて、互いのことを信頼しきってるっていうか…そんな風に見える。うまく言えないけど」
「…ちょっとうらやましい?」
「え!?」
いたずらな笑みを浮かべた日菜にそう言われ、俺は動揺してしまう。
「いや、うらやましいって…なんで…」
「だって南條君、柚希のこと好きでしょ」
「はぁ!?いや、な、なぜそれを!?」
「やっぱり~、結構わかりやすいよ南條君」
「うわまじか…」
「あんな健気にお見舞い行く姿見たらさ、そりゃ勘ぐっちゃうよね~」
「うぐっ…確かに…」
どうやら彼女の洞察力をもってすれば、俺の柚希への好意などお見通しのようだ。無論、俺が分かりやすすぎたというのもあるのだろうが…
「でもまぁ柚希は鈍感すぎて気づいてないっぽいしさ、私も応援するから、頑張って!」
「う、うん。ありがとう…」
日菜は俺をからかうことはなく、フンス!と少し荒くした鼻息とともに、俺を激励してくれた。
「でも嬉しいよ。あの子、高校入ってから自分に自信なくしちゃってたから、誰かに好きになってもらえて、安心したっていうか」
「そっか…まぁ、その”誰か”が俺でよかったのかっていうのは考えちゃうけど…」
「私は南條君でよかったと思ってるよ、誠実そうだし、勉強もできるんでしょ?なら安心して任せられる、気がしてます」
「なんか親目線だね」
「確かに」
17時を回りそうな海辺で、俺たちは笑い合った。
誰かに自分の恋を打ち明けたのは、初めてのことだった。
気恥ずかしさが勝るが、どこかすっきりした気持ちだ。
この気持ちを、忘れずにとっておこう。




